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デザイナー繊維食で腸内微生物を変化させる

エンドウマメ繊維などを摂取することで、セルロースを分解・利用する腸内細菌を増やせることが分かった。 Credit: Education Images/Universal Images Group/Getty

ヒトの腸に普通に生息している微生物、すなわち「共生微生物」がヒトの健康に影響を与え得ることを示す証拠が蓄積されつつある。プレバイオティクスと呼ばれる、栄養サプリメントによる有益な共生微生物の増強は、科学的、医学的な研究が活発な領域だ。しかし、望ましい効果を発揮する食物を利用しようとしても簡単にはいかない。腸内の微生物群集(マイクロバイオームとしても知られる)が極めて複雑であること、そして食物への応答がさまざまな遺伝的・非遺伝的要因によって調節されていることがその理由だ。このほど、Nature 2021年7月1日号の91ページに掲載された論文で、ワシントン大学医学系大学院(米国ミズーリ州セントルイス)のOmar Delannoy-Brunoら1は食物繊維に着目し、食物とマイクロバイオームとの相互作用についての体系的な理解を阻んでいた根幹的な空白を埋めている。この顕著な生理学的特長を有する食物繊維という物質群は、主として共生微生物によって代謝されている。今回の論文は、マイクロバイオームを標的とする食品の開発に関する、同研究チームの既報論文2-6の続報だ。

過体重者に対する食物繊維補充の効果を明らかにするために、Delannoy-Brunoらは無菌マウスを使った。このマウスは、無菌環境で飼育されている動物で、通常存在するいかなる種類の常在微生物も持っていない。研究チームは、肥満と認められた女性9人のマイクロバイオームをそれぞれ、9群の無菌マウスの腸に別々に導入した。その後マウスには、低繊維・高脂肪食を与え続け、定期的に繊維を補充した(図1)。マウスのマイクロバイオームは各回の繊維補充の前、補充中、および補充後に解析し、遺伝子量(特定の遺伝子の存在レベル)を評価した。研究チームの以前の研究から、ある種の腸内細菌(バクテロイデス属[Bacteroides]の細菌で、肥満者では正常者ほど広く認められない)の増殖を促進する繊維が特定されており5、それに基づき、今回Delannoy-Brunoらは、逐次マウスに与える繊維を3種類選んだ。それぞれの補充サイクルの後には「洗い出し」期を設けて腸からその繊維が一掃されるようにしてあり、それぞれの繊維の影響が種類ごとに見分けられる。

図1 食物繊維に対する応答の評価
エビデンスに基づいて腸内微生物を標的とする食物介入は、ヒトの健康を増進する方法となる可能性がある。
a Delannoy-Brunoら1は、生得の腸内微生物を持たない無菌マウスを分析した。まず、無菌マウスの腸内に肥満者の微生物が導入された。次に、肥満に関連するタイプの食物に加え、所定の繊維サプリメント(エンドウマメ繊維、オレンジ繊維、および大麦ふすま)が与えられた。研究チームは、糞便試料中の微生物DNAを解析することにより、特定種類の食物繊維の摂取に関連する遺伝子を追った。繊維補充期間を経るごとに、当該繊維の分解に関連する遺伝子の存在量が増加していた。それは、特定繊維の存在が、それを分解する遺伝子を持つ細菌種に競争優位性を与えたためと考えられる。
b 研究チームはヒトの臨床試験でも同種の実験を行った。それにより、マウスでのエンドウマメ繊維摂取の結果が裏付けられた。複数種類の繊維(イヌリンを含む)を組み合わせた食物−サプリメント摂取方式では、繊維の分解に関連する遺伝子の存在数が大幅に増加した。

ヒトのマイクロバイオームを移植したマウスでは、繊維の補充に応答して腸内微生物の構成に顕著な変化が認められた。繊維と微生物との相互作用を見いだして、マイクロバイオームプロファイルの正常な変動から生じるデータ中の無用の「ノイズ」を排除するために、研究チームは高次特異値分解と呼ばれる次元削減の手法を利用した。これにより、ある特定の繊維に微生物集団を暴露すると、その繊維の代謝に必要なタンパク質をコードする遺伝子の存在量が増加することが明らかになった。例えば、セルロースを含むエンドウマメ繊維やオレンジ繊維を摂取すると、セルロースを加水分解する酵素β-グルコシダーゼの遺伝子が多く出現した。これは、セルロースをエネルギー源として利用することができる細菌が増殖したためと考えられる。興味深いことに、ヒトのマイクロバイオームを移植したマウスでは、バクテロイデス属などを含む多様な細菌分類群が増加したことによって、繊維応答性遺伝子の類似した特性が非常に多く見られるようになった。、マウスの腸内を優占するに至った細菌分類群は、それぞれの繊維の存在に対する応答で競争優位性を共有していた。このことは、食物介入に対する各個体の応答パターンにおいて、存在する種という意味での特定群集構成の変化ではなく、微生物遺伝子の存在量の変化が共通の特徴であることを示している。

次に研究チームは、こうした知見がヒトの生物学にもあてはまるのかどうかを調べた。研究では、過体重または肥満の参加者12人について、エンドウマメ繊維の食物を補充する前、補充中、および補充後のマイクロバイオームを調べた。個人間の食物の相違によって生じるマイクロバイオームの変動の影響を最小化するため、参加者たちは同じ高飽和脂肪・低繊維の食物(マウスが与えられたタイプの食物と同等のもの)によって構成される食事を提供された。すると、繊維の補充に対する微生物遺伝子の応答は、ヒトでもマウスで見られたものと基本的に類似していた。

続いて研究チームは、サプリメントとして複数種類の繊維を摂取した場合のマイクロバイオームの変化が、エンドウマメ繊維だけを摂取した場合に見られた変化よりも大きくなるのかどうかも調べた。この試験では、14人の集団に対して、まず2種類、次いで4種類の繊維を組み合わせて補充した食物が提供された。その結果、摂取する繊維の種類が多くなると、繊維の代謝に関与する微生物遺伝子の存在数が大きく増加することが示された。さらに参加者の血液検体の分析から、繊維応答性酵素の変化は、特定の代謝・免疫機能と関連するタンパク質の血漿レベルの変化と密接に相関することが明らかになった。

プレシジョンニュートリション(precision nutrition;個別化栄養)という新しい概念は、ヒトの食物応答が食品成分に特異的であり、その成分を個人に合わせて仕立てれば食物応答が最適化される可能性があると説く。そうした応答は定量化が可能であり、食品成分(タンパク質、炭水化物、脂質など)の特徴や個人の生理学的形質、腸内マイクロバイオームの構成や機能など、さまざまな変数によって変動する。実際、腸内マイクロバイオームは、食品に対する生理学的応答や、そうした応答で関連性のある個人差の重要な調節因子であることが示唆されている7,8。食物に関する現在の米国のガイドラインは、健康な成人では1000カロリーを食べるごとに14g以上の繊維を摂取することを推奨している9が、繊維の種類や摂取グラム数に関して個別化の規定はない。Delannoy-Brunoらの知見は、繊維の種類やマイクロバイオームの繊維分解上の特性に基づいた個人の繊維摂取の最適化に向けて道を開く枠組みを提供している。

この研究の結果は、腸内マイクロバイオームの大きな可塑性と、プレバイオティクスによる操作の可能性を強調している。日常的に繊維摂取量が少ない人の繊維分解能力は必ずしも不可逆的に低くなっているわけではなく、繊維の組み合わせを選んで繊維摂取量を増加させることによって回復する可能性がある10-13。さらに、Delannoy-Brunoらによる知見は、食物応答が主として、比較的少数のマイクロバイオーム遺伝子(食物介入後に優勢となるもの)のレベルによって決まっている可能性があることを示し、食物とマイクロバイオームとの相互作用を遺伝子のレベルで研究することの重要性を強調している。こうした異なる機能的能力には個人のさまざまな微生物群集が寄与しており、種の構成ではなくマイクロバイオームの機能(遺伝子)が、個人ごとに異なる食品への生理学的応答と相関している可能性が指摘された。

場合によっては、ヒトのマイクロバイオームを導入した無菌マウスの代謝や免疫系の特徴が、無菌マウスをヒトの代わりとなる実験モデルとして利用することの妥当性に影響することも考えられる14,15。それでもやはり、Delannoy-Brunoらが分析したマウスの結果は、繊維分解特性がヒトのものに酷似している。このことは、ヒトのマイクロバイオームを導入した無菌マウスが、食物とマイクロバイオームとの相互作用の要因や、それが宿主哺乳類に与える影響を調べるのに適切なツールとなる可能性があることを示唆している。

そうした研究は、微生物を提供するヒトと微生物移植を受けるマウスの両方で、食物介入に応答した微生物遺伝子の経時的変化を特定できるコンピューター解析ツールの開発によって、大きな恩恵を受けると考えられる。今回の研究では、そうしたツールの一種である高次特異値分解が利用された。この解析法により、標本サイズの小ささをものともせず、食物繊維の補充に対するマイクロバイオーム遺伝子の重要な応答を見いだすことができた。さらに、マイクロバイオームゲノムレベルの遺伝子機能データベースの拡張や、タンパク質レベルの特徴の取り込みにより、そうした解析パイプラインの進歩は、宿主の生理機能に対する食物−マイクロバイオームの関係が及ぼしている影響をさらに解明するのに役立つと考えられる。

Delannoy-Brunoらの知見より、ヒトの食物応答に対して微生物が寄与するメカニズムについて、理解が大きく進んだ。それは、異なる食品成分、マイクロバイオームの調節、そしてその後のヒトの健康に関して生じる結果の間にある因果関係を評価する、長期のランダム化臨床試験につながると考えられる。実際、先ごろこの研究チームは、データ主導によるマイクロバイオームを標的とする食物介入が、栄養不良児の成長促進に有用であることを明らかにした2。Delannoy-Brunoらがもたらした進歩により、マイクロバイオームの厳密な操作とエビデンスに基づく食物科学との一体化は、実現に近づいた。

翻訳:小林盛方

Nature ダイジェスト Vol. 18 No. 10

DOI: 10.1038/ndigest.2021.211047

原文

Designer fibre meals sway human gut microbes
  • Nature (2021-07-01) | DOI: 10.1038/d41586-021-01601-y
  • Avner Leshem & Eran Elinav
  • Avner Leshem & Eran Elinavは、ともにワイツマン科学研究所(イスラエル・レホボト)に所属、Avner Leshemはテルアビブ・ソウラスキー医療センター(イスラエル)、Eran Elinavはドイツがん研究センター(ハイデルベルク)にも所属。

参考文献

  1. Delannoy-Bruno, O. et al. Nature 595, 91–95 (2021).
  2. Chen, R. Y. et al. N. Engl. J. Med. 384, 1517–1528 (2021).
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  7. Zeevi, D. et al. Cell 163, 1079–1094 (2015).
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  15. Lundberg, R., Toft, M. F., August, B., Hansen, A. K. & Hansen, C. H. F. Gut Microbes 7, 68–74 (2016).