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COVID-19ワクチン:何がまだ分かっていないのか

Nature ダイジェスト Vol. 18 No. 1 | doi : 10.1038/ndigest.2021.210118

原文:Nature (2020-10-20) | doi: 10.1038/d41586-020-02944-8 | COVID-19 vaccines: time to talk about the uncertainties

Kanta Subbarao

どのワクチンを誰に、いつ、どのくらいの頻度で接種するかを決定する計画を直ちに立てるべきだ。

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KANTA SUBBARAO

私は研究医として働いているので、臨床的、科学的、公衆衛生的な判断を、データに基づいて下すことには慣れている。例えば、毎年のインフルエンザワクチンの構成についてアドバイスすることも私の仕事の1つだ。しかし、今回の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックでは、誰もがそうであったように、不明なことが多い中で対応を決断することを強いられてきた。そして、間もなく提供が始まるであろうCOVID-19ワクチンについても、不確定事項がたくさんある。

ワクチンは、一般集団において安全性と有効性が証明された上で承認される。だが、承認されたワクチンでも、分かっていないことはたくさん残っている。例えば、あるワクチンの有効性が他のワクチンよりも高いかどうか、重症化のリスクが高い人々にも有効かどうか、ワクチンでウイルスの伝播や重症化を防ぐことができるかどうか、免疫はどのくらい持続するのか、信条や不信感、あるいは誤った情報によって予防接種をためらったり拒絶したりする人々がどのくらい出てくるのか、などだ。

そうした不確定事項があったとしても、公衆衛生当局はどのワクチンを誰に、いつ、どのくらいの頻度で接種するかを決定しなければならない。また、人々は予防接種を受けるかどうかを決断しなければならない。そして、人々は、有効なワクチンの予防接種を受けたからといって、発症したり他人に感染させたりするのを完全に防げるわけではないことを理解しておく必要がある。当局ができる最善のことは、分かっていることとまだ明らかでないことを明確にし、国民を巻き込んだ議論を行い、国民からの意見に真摯に向き合い、情報を隠さず公開して信頼を築くことである。

成功に導くにはいくつかの要件を満たす必要があることが分かっている。まず、人々がワクチン接種を受ける意思を持っていなければならない。集団免疫を達成するためには、ワクチン接種率を60%以上に、おそらくは70%以上にまで上げる必要がある。また、ワクチン接種の計画を立てるに当たっては、社会的な現実を考慮しなければならない。今回のパンデミックで露呈したひどい不平等や、過去に行われてきた差別的行為を考えれば、マイノリティー集団に属する人々の多くが政府を完全には信頼していないであろうことは想像に難くない。当局がソーシャルメディアのようなターゲットを絞った媒体を使って発信するメッセージは、彼らの疑念を晴らすようなものでなければならない。さらに、ワクチンに関するニュースを流す際には、マスク、手洗い、ソーシャルディスタンスの確保といった予防策の重要性も同時に強調することを忘れてはならない。これらの戦略はいずれも、新しい情報が蓄積していく中で国民の信頼を保つことができるかどうかにかかっている。

麻疹ワクチン、ジフテリアワクチン、破傷風ワクチン、ポリオワクチン、百日咳ワクチンをはじめ、ほとんどのワクチンは、主に子どもが接種の対象となっている。インフルエンザワクチンでさえ、全ての人が接種しているわけではない。一方、COVID-19ワクチンは、世界中の大多数の人々にできるだけ早く接種してもらう必要がある。かつてないほどのレベルの努力と技術革新によって、いくつかのワクチン候補が既に治験段階に進んでいる。核酸ワクチン、ウイルスベクターワクチン、不活化ウイルスワクチン、タンパク質サブユニットワクチンなどだ(2020年6月号「コロナウイルスワクチンの開発レース」、2021年1月号「SARS-CoV-2ワクチンの開発競争を注視する」参照)。うまくいけば、いくつかのワクチンの安全性と有効性が間もなく証明されるだろう。70億人以上もの人々に接種するのに十分な量のワクチンを確保するためには、多くの種類のワクチン開発が成功することが重要になってくる。

多くの国では、インフルエンザパンデミック対策計画が策定されており、これは集団予防接種の指針となる。保健当局は2009年に起きたインフルエンザパンデミックでの経験を振り返り、どのワクチンが使えるようになるかが判明する前に、ワクチン接種計画のあらゆる詳細を検討しなければならない。接種回数、接種スケジュール、保存条件、供給ルートはワクチンごとに異なるので、公衆衛生当局によるワクチンの手配は複雑な仕事になるはずだ。

多くの難しい判断が必要になるだろう。ワクチンは別のワクチンとの比較ではなくプラセボとの比較に基づいて承認される。従って、承認直後の時点では、感染予防効果や免疫誘導能をワクチン間で比較できるようなデータは存在しない。医療従事者や救急隊員は、感染リスクが最も高く、安全な社会の維持に必要不可欠な存在であるため、ワクチン接種の優先度が最も高いグループと広く考えられている。その次に優先度が高いのは、重症化や死亡のリスクが高い高齢者や基礎疾患のある人々だろう。だが、初期の治験では、ワクチンがこれらの人々にどの程度有効かを知ることはできない。一般に、ワクチンが最も有効なのは健康な若年成人であり、高齢者の有効性は低い。高齢者にインフルエンザや帯状疱疹などのワクチンを接種する際には、投与量を増やしたり、免疫誘導能を高めるためのアジュバント(免疫賦活剤)を添加したりといったことが行われている。また、マイノリティー集団に属する人たちに対する有効性は、治験で十分に評価できない可能性がある。さらに、治験ではワクチンがウイルスの伝播を抑えるかどうかは評価されていない。従って、ワクチン接種さえしていれば、健康な若年成人は感染防止策を取らなくても職場に復帰できる、とは断言できない。この点が非常に重要だ。

COVID-19ワクチンの危険性と有益性に関する議論では、ワクチンを最優先に接種するのは誰か、それはなぜかも含め、国民を巻き込んだ議論にする必要がある。いくつかの専門家グループがこれらの問題について議論し、執筆してきた。国民には、専門家たちの結論の論理的根拠を評価し、意見を述べる機会が与えられなければならない。そのための1つの方法が、国民から選出された「市民陪審員」が問題を検討して意見を述べるやり方だ。実際、オーストラリアでは、重症急性呼吸器症候群(SARS)とH5N1インフルエンザでの経験に基づいてパンデミック対策計画を策定する際に、これを実施した(A. J. Braunack-Mayer et al. BMC Publ. Health 10, 501; 2010)。

希望を失わないことが大切だ。良い知らせもある。記録的な短期間でいくつかのワクチン候補の治験が始まっており、有望なデータが得られている。これらのワクチンがどの程度有効で、どのように使用するのが最善なのか、私たちは今後も学び続けていくことになるだろう。新しい情報が意思決定に反映されていく中で、私たちは何が分かっていて何が分かっていないのかを明確にし、透明性を担保した上でそうした情報を共有することを優先する必要がある。

(翻訳:藤山与一)

Kanta Subbaraoは、インフルエンザのリファレンスおよび研究に関するWHO協力センター(オーストラリア・メルボルン)のセンター長。

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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