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英国のEU離脱で科学研究に影響する4つの問題

Nature ダイジェスト Vol. 18 No. 1 | doi : 10.1038/ndigest.2021.210111

原文:Nature (2020-10-29) | doi: 10.1038/d41586-020-02920-2 | Brexit’s back: the five issues that will shape science

Holly Else & Elizabeth Gibney

英国はEUを離脱し、その移行期間の終わりが近づいているが、共同研究や研究資金など、研究者にとって重要な問題の多くは未定のままだ。

ベルギー・ブリュッセルで開かれた欧州議会が2020年1月29日、英国のEU離脱を定めた協定案を可決し、その翌日、同市に住む英国民が同市の広場でEU旗と英国旗を掲げた。 | 拡大する

SEAN GALLUP/GETTY

英国は2020年1月31日に欧州連合(EU)を離脱した。その後は移行期間でほとんど何も変わらなかったが、同年12月31日で移行期間は終わり、規則や制度は大きく変わる。

英国とEUは今なお、今後の関係を定める貿易協定を結ぶ努力を続けているが、交渉は立ち往生している。英国の科学者たちは特に、EU離脱が共同研究と研究資金に及ぼす影響を恐れている。最大の問題は、英国がEUの巨額の研究資金助成計画に参加できるかどうかが不明確なことだ。参加の可否は、英国の科学の今後にとって極めて重要と見られている。

Nature は、英国の科学研究に影響を与えるだろう重要な問題点を整理した(編集部註:この記事はNature 2020年10月29日号に掲載された)。

出入国管理:専門家向けのビザを用意

入国管理制度(移民制度)の変更については、かなりの進展があり、科学者のための特別な手段が用意された。EUに約1440万人いる科学者と技術者は、2021年1月1日以降に英国で働きたいと望めば、熟練労働者のための点数制の新制度を使ってビザを申請できる。EU市民の申請は、EU以外からの申請と同じ扱いで検討される。これは、EU市民は英国に自由に出入国できたときに比べて大きな変化だ。特別な能力を持つ科学者たちは、「グローバルタレント」ビザを申請でき、これは熟練労働者のルートよりも短時間で永続的な移住許可を得られる。

フランシス・クリック研究所(ロンドン)の所長である遺伝学者Paul Nurseは「私たちが最も近い隣人から離れていこうとしているときに、『私たちは門戸を開いています』といくら訴えても、そういうふうには見えないものです。今の課題は、科学者を英国に引きつけることです」と話す。

もう1つの障害は費用だ。科学支援団体「科学・工学キャンペーン」(CaSE;ロンドン)の政策部門で働くJames Toozeは、英国の入国管理制度は、世界で最も費用がかかるものの1つだと指摘する。彼は、「パートナーと2人の子どもと共に英国に来る科学者の場合、5年ビザ取得のための一家の初期費用は1万7000ポンド(約240万円)を上回ります」と話す。

一方、EU各国へ移住したいと考える英国の科学者のために特別な制度が用意されるかは、英国とEUの交渉の結果次第だ。協定が結べなかった場合は、科学者たちは個々の国の移住ルールに従う必要がある。

研究資金:EU助成計画への英国研究者の参加は未定

英国の科学者たちが最も願っていることは、2021年1月1日に始まる、EUの巨額の研究資金助成計画「ホライズン・ヨーロッパ」に何らかの形で参加することだ。英国の政治家たちは繰り返し、英国はこの7年間で総額800億ユーロ(約10兆円)の計画に「準会員」として加わりたいと表明してきた。準会員になれば、英国の研究者はEUの研究者と同じように参加することが可能になるだろう。しかし、これはおおよそ2020年10月末までに包括的な協定をEUと結べるかどうかにかかっている。

2020年3月、英国ベッドフォードのバイオ企業研究所を訪れたボリス・ジョンソン英首相。ジョンソン首相は、EU離脱後の移行期間の延長を拒んだ。 | 拡大する

Jack Hill - WPA Pool / Getty Images

生物医学研究支援団体ウェルカムトラスト(ロンドン)の英国・EU政策部門責任者Beth Thompsonは、「英国はホライズン・ヨーロッパに参加したいと真剣に願っています」と話す。

交渉を難しくしているのは費用の問題だ。英国は歴史的に、ホライズン・ヨーロッパの前身の研究資金助成計画から、拠出するよりも多くの助成金を得てきた。英国は、ホライズン・ヨーロッパに参加するためとはいえ、あまりに多額の拠出金を支払いたくはない。EUは、EUに有利になる財政上の調整を提案している。これは、英国はホライズン・ヨーロッパに一括払いで拠出金を支払い、もしも英国の科学者たちが英国が支払ったよりも多くの資金を得た場合、EUは払い戻しを受けるというものだ。しかし、もしも英国が支払ったよりも英国の科学者たちが得た額が少なかったとしても、英国には払い戻しの権利は与えられない。

英国のEU離脱を決めた国民投票(2016年)の後、現在のEUの研究資金助成計画、ホライズン2020から英国の研究者が受け取る年間の研究資金は減少している(「英国への研究資金の減少」を参照)。エラスムス大学(オランダ・ロッテルダム)の企業経済学者Jochen Pierkによると、その大きな理由は英国企業への研究資金が減少したことだったという。一部のケースでは、企業が研究プロジェクトを申請する際、リスクを避けるため、英国にある事業体ではなく、EUにある事業体を使って申請することを選んだためだった。

英国への研究資金の減少
EUの研究資金助成計画ホライズン2020における、英国が得る研究資金の割合は、2016年に英国のEU離脱を決める国民投票が行われて以来、下がり続けている。 | 拡大する

SOURCE: B. OSSWALD & J. PIERK. PREPRINT AT HTTPS://SSRN.COM/ABSTRACT=3703590 (2020)

Thompson自身は、英国はホライズン・ヨーロッパに対して少額から中程度の額の正味の財政的貢献をするべきだ、と考えている。英国医学アカデミーの会長Robert Lechlerは、「ホライズン・ヨーロッパに加わることが最良の選択肢です」と同意する。

Lechlerは、協定を結べなかった場合の緊急時対応策の策定に参加している。協定がないままの離脱の場合は、欧州研究協議会(ERC)などの有名なEUの研究資金助成団体の代わりになる「ディスカバリーファンド」を設立することを英国政府は計画している。この資金がまともな代替物と見なされるには自立性がカギだと見られている。大学支援団体「ユニバーシティーズUK」(ロンドン)の国際部門の欧州政策責任者であるPeter Masonは、「ERCが科学審議会を持ち、独立しているのと同じように、ディスカバリーファンドは政府から真に独立である必要があります」と話す。

英国の研究所の研究者たちは、その努力が実れば、ホライズン2020の資金を今後も受け取ることができるだろう。計画は公式には2020年末で終わるが、一部の助成金は2021年1月1日以降も支払われるだろう。

規則・データ・臨床試験:同等の基準が求められている

もしも英国とEUが、包括的な協定の一部として、医薬品と臨床試験に関する互いの基準を受け入れるという相互承認協定を結べなければ、臨床試験は深刻な混乱に直面するかもしれない。相互承認協定がなければ、英国からEUに毎年持ち込まれる多数の医薬品と臨床試験薬は、追加の品質と安全性のチェックを受けなければならないだろう。がん研究支援団体「キャンサーリサーチUK」(ロンドン)の政策策定部門責任者Emlyn Samuelは、そうなったら患者の治療と臨床試験が混乱するような遅れが生じるかもしれない、と指摘する。もしも相互承認協定の一部として具体的な対策がなされなければ、英国主導の臨床試験が欧州の複数の国にまたがる場合、EU内で法的代理人となる個人や組織を雇う必要がある。「多くの大学や団体は、混乱を避けるために既にこれを行っていて多額の費用が発生しています」とSamuelは話す。

協定が結ばれなければ、研究者間のデータ交換も難しくなるだろう。特に臨床試験は、患者データを機関の間で常に送り合っているので大きな影響を受ける。英国のデータ保護規則が十分かどうか、英国はEUの判断を待っている段階だ。十分と見なされれば、英国の研究機関は2021年1月1日以降もEUの国から個人データを自由に受け取ることができる。十分と見なされなければ、英国の研究者と協力しているEU研究者は、英国へデータを送ることも考慮した条項を個人データ取得に伴う契約に加えなければならない。「これは負担になり、英国の研究者と共に研究を行うことは難しくなります」とThompsonは話す。

研究施設:英国の研究施設は離脱に対応

英国のEU離脱による混乱から守ろうと科学者が努力しているものの中には、気象関連の施設や原子核研究施設がある。英国のレディングに本部を置く、欧州中期予報センターは、欧州各国が個別に加盟する国際組織だが、地球観測計画「コペルニクス」の一部など、注目を集めるEUの科学プロジェクトの運営も行っている。この組織は、英国のEU離脱に伴う協定の条件により、英国の本部から業務を行うことが禁止された場合にもEUでの活動を続けることができるよう、新たな施設をEU域内に設立しようとしている。EU各国はこの新施設を誘致しようとしていて2020年12月に決まる見込みだ。

もう1つの重要な懸念材料は、資金繰りだ。英国の多くの研究施設は、ホライズン・ヨーロッパから研究資金を得られなければ資金が不足する可能性がある。2017年に行われた調査では、英国の135の研究施設の84%がEUの研究資金源から資金を得ていると報告した。

英国立イオンビームセンターのセンター長Roger Webbは、「英国政府は、こうした研究施設がEUからの資金を失った場合、それを補う保証をしていません」と話す。同センターは、研究や製造で使われる小型の粒子加速器を運転している。センターの利用者の4分の1は、ホライズン2020から研究資金を得たプロジェクトの研究者たちだ。「しかし、研究資金を失うことよりも心配なのは、欧州の研究者とのやりとりや彼らがもたらしてくれる知識が減ってしまうことです」とWebbは話す。

英国オックスフォード近郊の欧州トーラス共同研究施設(JET)も、主にEUの研究資金源から資金を得ている。JETの先行きは英国のEU離脱で不透明になったが、2020年10月、しばらくは存続できることになった。JETは世界最大の核融合実験、ITERのための試験施設であり、英国のEU離脱に伴う協定の有無にかかわらず、2021年10月まで資金を保証するという欧州委員会との合意にこぎ着けた。JETを抱える英国原子力公社の代表Ian Chapmanは、「JETの2024年までの運営を保証する合意を欧州委員会と交わせると私は確信しています」と話す。

(翻訳:新庄直樹)

編集部註:英国とEUは2020年12月24日、自由貿易協定に合意し、貿易の関税ゼロを維持することなどが決まった。英国のホライズン・ヨーロッパへの参加は、財政上の貢献を条件に可能とされた

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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