News in Focus

原子レベルの分解能を達成したクライオ電子顕微鏡技術

タンパク質であるアポフェリチンのクライオ電子顕微鏡法によるマップ。 Credit: PAUL EMSLEY/MRC LABORATORY OF MOLECULAR BIOLOGY

分子をイメージングする革新的技術として知られるクライオ(極低温)電子顕微鏡法(以下、クライオEM)で、今までで最も鮮明なタンパク質分子画像が得られた。ついに、タンパク質の個々の原子を識別できたのだ。クライオEMで原子分解能が達成されたことで、X線結晶構造解析など、他のイメージング技術では簡単に調べることのできないタンパク質の機能を、これまでにない詳細さで理解できるようになると考えられる。

「クライオEMはタンパク質の3D構造をマッピングする有力なツールとしての地位を確立した」と研究者らに言わしめた画期的な成果は、2つの研究室がそれぞれbioRxiv プレプリント(査読前の論文原稿)サーバーに2020年5月22日に投稿したものだ。

「実際、これ以上分解できません」と、これらの研究のうちの1つ1を率いたマックス・プランク生物物理化学研究所(ドイツ・ゲッティンゲン)の生化学者で電子顕微鏡学者のHolger Starkは言う。もう一方の研究2を率いたのはMRC分子生物学研究所(英国ケンブリッジ)の構造生物学者Sjors ScheresとRadu Aricescuである。

「真の『原子分解能』は本当に画期的です」と、トロント大学(カナダ)の構造生物学者John Rubinsteinは言う。多くのタンパク質は、その柔軟性などの問題のため、今後も原子分解能で解像することが難しいだろう。しかしRubinsteinは、「これらのプレプリントは、障壁となっている別の問題に対処できるなら、原子分解能に到達できることを示しています」と付け加える。

限界を突破する

クライオEM技術自体は1970年代に登場したが、その分解能は最近10年間で急速に進歩した(2014年8月号「極低温電子顕微鏡が可能にする、膜タンパク質の構造解析」、2017年12月号「ノーベル化学賞は分子イメージングの先駆者に」および2020年4月号「2020年注目の技術」参照)。急速凍結された試料に電子線を照射して、結果として得られる画像を記録することにより、試料の形状を決定する。試料に当たって散乱した電子を検出する技術や画像解析ソフトウェアの進歩は2013年ごろから始まり、「分解能革命」を促した。これによって、これまでのクライオEMよりも鮮明で、また、X線結晶構造解析で得られるのとほぼ同程度のタンパク質構造が得られるようになった。X線結晶構造解析は、結晶化したタンパク質にX線を照射して、得られたX線回折パターンからタンパク質構造を推定する手法で、1910年代に登場した(2014年4月号「微小世界の謎を解く―結晶構造解析100年の歩み―」参照)。

この後のハードウェアやソフトウェアの進歩が、クライオEM構造の分解能のさらなる向上につながった。しかし、原子分解能の構造を得るためには、依然としてX線結晶構造解析に大きく依存しなければならなかった。研究者らは、1つのタンパク質を結晶化するのに数カ月から数年費やすこともあったし、医学的に重要な多くのタンパク質が結晶構造解析に使用可能な結晶を形成しないという問題もあった。対照的に、クライオEMで必要なのは、精製したタンパク質溶液のみだ。

原子分解能のマップは、タンパク質の個々の原子の位置を明確に識別するのに十分な正確さを持っていて、約1.2オングストローム(Å;1Å=10-10m)の分解能である。これらの構造は、酵素が機能する仕組みを理解したり、酵素の活性を阻害できる薬剤を特定したりするのに特に有用である(「原子をイメージングする」参照)。

原子をイメージングする
クライオ電子顕微鏡法として知られるイメージング技術はついに、タンパク質の構造の特徴を約1.2Åという原子レベルで解像できるようになった。 Credit: SOURCE: ELECTRON MICROSCOPY DATA BANK

今回、両チームは、アポフェリチンと呼ばれる鉄貯蔵タンパク質を用いた。アポフェリチンは岩のように安定なため、クライオEMの実験台になっている。アポフェリチンの構造の分解能のこれまでの記録3は1.54Åであった。

両チームはそれぞれ技術的な改善を重ねることで、アポフェリチンのより鮮明な画像を得た。Starkのチームは、電子線が試料に当たるまで一定速度で進むことを確保する機器を補助的に用いて、結果として得られる画像の分解能を高め、1.25Å分解能の構造を得た。一方のScheresとAricescuらのチームは、異なる技術で一定の速度で進む電子線を照射している。このチームはまた、タンパク質試料から一部の電子が離れた後に発生するノイズを低減する技術に加え、より高感度の電子検出カメラの恩恵も受けている。「私たちの1.2Å分解能の構造は極めて完全でした。タンパク質とその周囲の水分子の両方において個々の水素原子を識別できたのですから」とScheres。

はっきりと見る

ScheresとAricescuは、GABAA受容体と呼ばれるタンパク質の単純な形状に対しても彼らが編み出した技術的改善の効果が見られるかを検討した。このタンパク質はニューロンの膜に位置し、全身麻酔薬や不安を軽減する薬など、多くの薬剤の標的となっている。2019年、Aricescuの研究チームはクライオEMを用いてGABAA受容体を2.5Åの分解能でマッピングした4。今回の技術により1.7Åの分解能を達成し、GABAA受容体のいくつかの重要な部分においては、さらに優れた分解能を実現した。「目の曇りが晴れるようでした。この分解能では、0.5Å上がるごとにぼんやりした世界全体の雲が晴れるのです」とAricescuは言う。

この構造から、GABAA受容体のこれまで解像できなかった部分、例えばヒスタミンと呼ばれる化合物が位置するポケット内の水分子などの詳細が明らかになった。「これは、構造ベースの薬剤設計に役立つ宝の山です」とAricescu は言う。薬剤がどのように水分子に置き換わるかが分かるので、副作用の少ない薬剤につながる可能性があるからだ。

Scheresは、GABAAはアポフェリチンほど安定ではないので、原子分解能のマップを得ることは難しいかもしれないと考えている。膨大な量のデータを収集する必要があると考えられるからだ。彼は「不可能だとは思いませんが、実現が大変難しいと思います」と言う。しかし、特に試料の調整法については、他の改善点から期待が持てるかもしれない。タンパク質溶液は金製の小さなグリッドで凍結されるが、例えば、これらのグリッドに変更を加えることで、GABAAもアポフェリチンと同様に保持できる5

「実に驚異的なレベルの性能を実証したことに、皆、度肝を抜かれ、心を躍らせています」と、東京大学のクライオEM専門家Radostin Danevは言う。しかし彼も、揺らぎの大きいタンパク質については試料の調整が課題だと考えている。

「クライオEMは今回の飛躍的な進歩で、構造研究の大部分において主力ツールとしての地位を確立すると考えられます」とScheresは言う。しかしStarkは、X線結晶構造解析は今後も使用され続けると考えている。タンパク質の結晶化は難しい作業だが、結晶化できれば、数千の候補薬剤に結合したタンパク質の構造を短時間で効率的に解ける。一方、極めて高分解能のクライオEMによる解像が可能なだけのデータを得るには、数時間から数日かかる場合がある。

「それぞれの技術に長所と短所があります。クライオEMの今回の技術革新がX線解析を絶滅させるきっかけになるだろうという論文や総説が多く発表されていますが、私は、それはないだろうと思っています」とStarkは言う。

翻訳:三谷祐貴子

Nature ダイジェスト Vol. 17 No. 9

DOI: 10.1038/ndigest.2020.200902

原文

‘It opens up a whole new universe’: Revolutionary microscopy technique sees individual atoms for first time
  • Nature (2020-06-03) | DOI: 10.1038/d41586-020-01658-1
  • Ewen Callaway

参考文献

  1. Yip, K. M. et al. Preprint at bioRxiv https://doi.org/10.1101/2020.05.21.106740 (2020).
  2. Nakane, T. et al. Preprint at bioRxiv https://doi.org/10.1101/2020.05.22.110189 (2020).
  3. Kato, T. et al. Microsc. Microanal. 25(S2), 998–999 (2019).
  4. Uchański, T. et al. Preprint at bioRxiv http://www.biorxiv.org/content/10.1101/812230v1 (2020).
  5. Naydenova, K., Peet, M.J. & Russo, C. J. Proc. Natl Acad. Sci. USA 116, 11718–11724 (2019).