Feature

縮小する科学者の世界

研究は、もっと環境に優しく、もっと平等になる可能性がある。

拡大する

ILLUSTRATIONS BY THE PROJECT TWINS

Nature ダイジェスト Vol. 17 No. 8 | doi : 10.1038/ndigest.2020.200823

原文:Nature (2020-06-11) | doi: 10.1038/d41586-020-01523-1 | Scientists’ worlds will shrink in the wake of the pandemic

Smriti Mellapaty

トロント大学(カナダ)の統計学者Nancy Reidは、サバティカル休暇でオーストラリアを訪れていた。予定滞在期間は3カ月で、その間、現地の数学者たちと共同研究に打ち込む予定だった。オーストラリアでの暮らしがようやく落ち着いてきた3月中旬、カナダのトルドー首相は、海外にいる全てのカナダ人に対して帰国を呼び掛けた。数日後、Reidは滞在予定を切り上げてトロント行きの飛行機に搭乗した。「私たちはすっかり意気消沈していました」とReidは言う。

シドニー大学シドニー数理研究所が出資するプログラムでオーストラリアを訪れていたReidと他の9人の研究者は、国境が閉ざされ始めた時点で帰国した。同研究所への訪問を予定していた50人の研究者のうち、30人が訪問を延期または中止した。サバティカル休暇をとる機会は6年に1回程度しかないReidは、「遠くに行けるようになるのは、しばらく先になるかもしれません」と嘆く。

科学者たちは今回のパンデミックで、移動制限によって研究の進め方にどのような影響が出るのか、という問題に取り組まざるを得なくなった。一部の科学者は、人脈作りの必要がない一流の科学者や既存のチームが有利になり、それ以外の科学者は共同研究者を失って進歩から取り残されてしまうのではないか、フィールドワークは贅沢な研究方法になってしまうのではないかと危惧している。しかし、その逆もあるかもしれない。バーチャルに仕事ができるようになり、海外に行く余裕がなかった研究者が以前より多くのコネクションを作れるようになるなら、移動制限は科学を平等にする役に立つかもしれない。多くの研究者が、移動制限のある世界で自分のプロジェクトがどうなるのか、新たに想像することを迫られている。

有利になる人、不利になる人

パンデミックは既に、一部の共同研究を終焉に追いやった可能性がある。科学と政策について研究しているオハイオ州立大学(米国コロンバス)のCaroline Wagnerは、2019年12月以前の2年間に出版されたコロナウイルス関連の論文を、2020年1月〜4月に投稿された同じテーマの査読済み論文およびプレプリントと比較した。

コロナ禍の旅行制限をきっかけに、今後、科学者が飛行機を利用する回数は減少する可能性がある。 | 拡大する

ALEXANDRE SCHNEIDER/GETTY

その結果、新型コロナウイルスのアウトブレイク以降、研究チームの規模(論文著者の人数によって測られる)がわずかに小さくなり、研究に関与する国の数も少なくなっていることが分かった。また、中国の研究者とその他の科学主要国の研究者との共著論文は増えているが、発展途上国の研究者の参加は減っており、研究者が強いコネクションのある相手と共同研究をするようになったことを示唆しているとWagnerは言う。彼女は5月8日に、この研究のプレプリントを社会科学系リポジトリSSRNに投稿した(C. V. Fry et al. preprint at http://doi.org/10.2139/ssrn.3595455; 2020)。

Wagnerは、国際共同研究は研究を豊かにし、創造性を高めることができるが、研究体制の確立には時間がかかると指摘する。「新たな人材を迎え入れるのに必要な取引コストを思うと、危機の時代には『時間をかける価値はない』と判断されてしまうのです」。

彼女は、コロナウイルス科学の分野で発展途上国の科学者と行っている既存の共同研究が失速しているなら、他の分野でも新たな共同研究はほとんど止まってしまうかもしれないと予想する。人間関係の多くは当事者が直接顔を合わせることで動き出すからだ。「短時間でも並んで仕事をすることが必要で、それができなくなれば、国際的な共同研究は激減するでしょう」とWagnerは言う。スペイン国立研究評議会(CSIC)とバレンシア科学技術大学(UPV)の共同研究センターであるINGENIO[CSIC-UPV]の社会学者Richard Woolleyは、このような人間関係を築く機会がなかった駆け出しの研究者は大打撃を受けるだろうと危惧している。

アデレード大学(オーストラリア)の生殖生物学者Keith Jonesは、オーストラリアのように地理的に隔絶した国であっても、国際色豊かな科学研究の場では、やはり影響が出てしまうと言う。オーストラリア政府のデータによると、同国に6万5000人以上いる博士課程学生と修士課程学生の約35%が海外からの留学生であるという。また、オーストラリア科学アカデミーが2020年5月8日に発表した報告書(go.nature.com/2u2dznj参照)は、約9000人の留学生が、パンデミックによる資金制約や渡航制限のため、年内にオーストラリアでの研究を再開することができなくなると予想している。

インディアナ大学ブルーミントン校(米国)の情報科学者Cassidy Sugimotoは、このような変化の影響は長期化する可能性があると指摘する。「研究者の道に入ってすぐに共同研究をするようになった人の場合、方向転換には長い時間がかかります」。

少なくとも短期的には、移動が制限された世界に合わせて研究課題やプロジェクトの変更を余儀なくされる研究者も出てくるだろう。全米科学財団(NSF)のプログラムディレクターであるSugimotoは、移動せずに研究を行う方法を考えなければならないと言う。「人類学者が現地に行けなくなったらどうなるのでしょうか? 私たちは彼らに研究資金を提供するでしょうか?」

パスツールセンター(カメルーン・ヤウンデ)のウイルス学者であるSebastien Kenmoeは、サハラ以南のアフリカにおける熱病の研究チームを率いている。彼は今回、中央アフリカ共和国への旅を中止にせざるを得なくなり、その代わりに、コロナウイルスを含む伝染病のアウトブレイクを遠隔でモニターする方法を開発している。

とはいえ、海外渡航に代わる手段がない研究分野もある。ウィットウォーターズランド大学(南アフリカ・ヨハネスブルク)の古生物学者Jonah Choiniereは、パンデミックが始まってから、英国、米国、ジンバブエなどへの数回の研究旅行の予定をキャンセルせざるを得なかった。国外の化石を利用できなくなった彼は、国内の大学や博物館からのデータ収集に一層力を入れるつもりだ。けれどもそれで全ての問題が解決するわけではない。「私の場合、海外に行かなければ十分な研究はできません。私の研究の土台は海外にあるのです」と彼は言う。

多くの研究者は、長期的には、フィールドワークのための旅行が影響を受けることはないだろうと考えている。しかしChoiniereは、出入国の制限措置がいつか解除されるとしても、2年後の自分の生産性に影響を及ぼすだろうと言う。本来ならその頃には、キャンセルした研究旅行で集めたデータの処理が終わるはずだった。そしてSugimotoは、機関が研究者の昇進を検討する際には、海外渡航に依存する分野の研究者がパンデミックの影響をより強く受けていることを考慮しなければならないと言う。

環境に優しい科学

一方でChoiniereは、移動制限は研究にある種の平等をもたらすかもしれないとも考えている。「Zoom会議やバーチャル学術集会のような安価で非排他的なプラットフォームは、全ての研究者に平等に機会を与え、速やかな共同研究という形で実を結ぶかもしれません」。

6月上旬、Choiniereの博士課程学生の1人がマッソスポンディルス(Massospondylus)という恐竜に関する自身の研究のオンライン講義を行ったところ、アルゼンチン在住の参加者からChoiniereの元に連絡があった。その参加者は、ロックダウン中の共同研究プロジェクトと、ロックダウン後の研究のアイデアを提案してくれたという。

研究者は、その場にいない人ともデータを共有する方法を検討すべきだとSugimotoは言う。そうすれば、家族のケアや自身の障害のために移動が困難な研究者がリソースにアクセスしやすくなるだろう。そうした方法は、パンデミック中でもパンデミック後でも有用だろう。研究者が飛行機を利用する回数が減れば、研究はもっと環境に優しくなる。パンデミック前には2週間に1回のペースで飛行機に乗っていたというWoolleyは、飛行機を使えなくなった研究者は、研究旅行について考え直すかもしれないと言う。彼は、研究コミュニティーは以前から、科学のための旅行が気候に及ぼす影響について不満を抱いていたと指摘する。「そんな中、COVID-19が健康への実存的な脅威をもたらしたのです」。

旅行には知識の生産のためにどうしても必要なものもあるが、多くはそれに当たらないと彼は言う。「科学者は責任ある科学の遂行のため、温室効果ガスの排出削減に全力を尽くすと同時に、パンデミックの拡大に貢献しないように配慮しなければなりません」。

パンデミック後の研究者は、以前より多くのことを考えた上で旅行に臨むようになるかもしれない。それは悪いことではないとReidは言う。「以前のようにのんきに旅行することはできなくなるでしょう」。

(翻訳:三枝小夜子)

Smriti Mellapatyは、オーストラリア・シドニー在住のNature のシニアレポーター。

キーワード

Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

プライバシーマーク制度