定説破るがん遺伝子の「複数変異」から新たな発がん機構
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–– がん遺伝子で生じる変異について、新たな発見ですね。
片岡氏:これまでに、変異が入るとがん化を促進するがん遺伝子やがん抑制遺伝子がたくさん見つかっています。車で例えると、がん遺伝子はアクセル異常、がん抑制遺伝子はブレーキ異常に当たり、共に不具合が生じます。このうち、がん遺伝子は「ほぼ決まった部位に、変異がただ1つ生じる」と考えられてきたのですが、今回の研究で私たちは、一部のがん遺伝子では、変異が2つ入る「複数変異」が生じやすいことを見いだしました。しかも2つ目の変異は、対をなす遺伝子のうち、1つ目の変異が生じた方の遺伝子に起こることも突き止めました。
–– なぜ、複数変異に着目されたのですか?
片岡氏:私はもともと血液内科医です。東京大学医学部附属病院で診療をしながら動物モデルによる白血病の研究をしていたのですが、より患者さんに近い分野で研究をしたいと考え、京都大学大学院医学研究科 腫瘍生物学講座の小川誠司先生の研究室に入りました。そこで与えられたテーマが、成人T細胞白血病リンパ腫(ATL)の遺伝子解析でした。
この研究が原点となり、ATLでT細胞受容体やNF-κBの伝達経路を担う遺伝子に多くの変異が集積していること1、ATLやそれ以外のさまざまながんで免疫チェックポイント(PD-L1)遺伝子に構造的な異常が生じていること2などを突き止めました。後者は、本庶佑先生がノーベル賞を受賞された「免疫チェックポイント分子」に関連する研究だったため、メディアでも大きく取り上げていただきました。
実は、一連の解析過程で、「がん遺伝子に2つの変異が生じる例がある」ということに気付いていました。そこで、2017年に国立がん研究センターに移って自分の研究室を立ち上げたのを機に、がん遺伝子の複数変異をビッグデータで解析しようと考えたのです。
がん遺伝子における、変異を持つ症例数(赤い点)と複数変異の頻度(青)
TCGAなどに登録されている1万1043症例に及ぶ「未治療のがんゲノムシーケンスデータ」を解析し、がん遺伝子の複数変異がどの遺伝子にどのくらいの頻度で生じているかを調べた。その結果、PIK3CA遺伝子とEGFR遺伝子に変異がある症例の約10%で、同一遺伝子内に複数の変異が見つかった。症例の約5%以上に複数変異が生じていたがん遺伝子は他に7種類見つかった。
–– 今回、どのような解析をされたのですか?
片岡氏:「計算科学による解析」と「培養細胞による検証実験」の、2段階で進めました3。前者では、一般に公開されている米国のがんゲノムアトラス(TCGA)や米国がん学会シーケンスプロジェクト(GENIE)などのがんのビッグテータ計約6万例分を対象としました。これらの公的データは、申請すれば誰でも使えるだけでなく、150種以上のがんについて、がん組織中の遺伝子配列情報が患者さんの臨床情報と紐付いていました。
まず、TCGAに登録されている「未治療のがんゲノムシーケンスデータ約1万例」を対象に、がん遺伝子の複数変異がどのような遺伝子に、どの程度の頻度で生じているかを調べました。その結果、代表的ながん遺伝子として知られるPIK3CA遺伝子とEGFR遺伝子に変異が生じた症例の約10%に複数変異が認められました。そして、この2つを含む9種のがん遺伝子では、それぞれ症例の5%以上に複数変異が生じていると分かりました。一方で、複数変異がほとんど見られない遺伝子もありました。そこで、独自の統計手法を開発した上で、複数変異が起きやすいがん遺伝子の特定を行ったところ、14種を抽出することに成功しました。
次に、この14種のがん遺伝子について、1つ目の変異と2つ目の変異の位置関係を詳しく解析しました。その結果、複数変異の約90%が「2本ある遺伝子の同じ側(シス側)」に生じていました。シス側の複数変異は、同じ分子上に2つの変異が生じている、つまり、互いに作用し合えることを示しています。よって、1つ目の変異が2つ目に影響を及ぼし、稀ですが、さらに3つ目の変異にも影響している可能性を示していると解釈できます。
この仮説を検証するために、GENIEの約5万例のデータを加えて、複数変異の生じ方のパターンを調べることにしました。対象としたのは、複数変異が最も起きやすかったPIK3CAです。結果、2つ目の変異は、単独変異が高頻度で起きやすい部位(E542、E545、H1047など)にはあまり入らず、逆に単独変異が起きにくい部位に入りやすいことが明らかになりました。このとき、2つ目の変異では、単独変異では頻度が低い「アミノ酸変化」が多く認められました。
PIK3CA遺伝子に複数変異が生じた細胞株の特徴
1 遺伝子欠損スクリーニング
2 下流シグナル
3 PI3K阻害剤への反応性 CCLEのデータを利用し、5種のがんについてPIK3CA遺伝子への依存度を調べた結果、PIK3CAに複数変異がある細胞株ではPIK3CAに非常に強く依存していることが分かった。これらの細胞株ではPIK3CAの下流シグナルが増強しており、そのためにPI3K阻害剤に高い感受性を示すことも分かった。
–– 複数変異はがん化と関連しているのでしょうか?
片岡氏:私たちもその可能性を考え、冒頭で述べた「培養細胞による実験」で検証しました。がん遺伝子は数百種あるとされますが、高い頻度で変異が入るのは数十種ほどです。そのうちの14種で、複数変異がある程度入りやすく、しかも単独変異とは変異パターンが明らかに異なっていたことから、複数変異とがん化の促進には関連があると予想できました。そこで、PIK3CAに複数変異を導入したヒトの細胞株を作製し、その細胞増殖能を正常細胞や単独変異導入細胞株と比較しました。結果は予想通りで、複数変異株は単独変異株の約3~5倍の速さで増殖しました。
さらに、マウスでも同様の細胞株を作製し、正常マウスの皮下組織に移植して、腫瘍の形成能とサイズ変化を調べました。結果、複数変異細胞の腫瘍サイズは単独変異と比べて約3~5倍大きくなりました。
並行して、がん細胞株百科事典(CCLE)という、米国ブロード研究所が提供するがん細胞株のCRISPR遺伝子欠損スクリーニングデータを利用し、胃がん、肺がん、乳がんなどの5種のがんについて、がん腫がPIK3CA遺伝子にどのくらい左右されているか(依存しているか)を調べたところ、PIK3CAに複数変異がある細胞株ではPIK3CAに非常に強く依存すると分かりました。これらの細胞株ではPIK3CAの下流シグナルが増強し、PI3K阻害剤という分子標的薬に高い感受性を示しました。
最後に、分子動力学シミュレーションという手法により、PIK3CAの複数変異とPIK3CAタンパク質の活性化状態を解析しました。すると、複数変異を持つPIK3CAは、正常、あるいは単独変異のPIK3CAに比べて活性化状態に入りやすいと分かりました。この結果から、複数変異が相乗的に作用することが分子レベルで示されたといえます。
PIK3CAタンパク質の分子動力学によるシミュレーション結果
分子動力学シミュレーションにより、PIK3CAの複数変異において「複数変異による作用」が最も大きいと推測されるR88Q H1047Rの組み合わせを対象に、PIK3CAタンパク質の活性化状態を解析した。すると、この複数変異を持つPIK3CAでは、正常あるいは単独変異のPIK3CAに比べて、PIK3CAを不活化状態に保つABDドメインとキナーゼドメインの結合が外れやすく、活性化状態に入りやすかった。
–– 一連の成果は、がんの診断や治療にどのように応用できるのでしょう?
片岡氏:PIK3CAに複数変異があるとPI3K阻害剤が効きやすいということは、複数変異の有無が分子標的薬の治療反応性を予測するためのバイオマーカーになり得ることを示しています。また、これまで未解明だった変異の中には今回の複数変異で説明できるものがあるかもしれず、がんゲノム診療の際の有用な情報になると思われます。日本においても、がんゲノム医療が始まっていて、独自のがんゲノムシーケンスデータや臨床情報が蓄積されつつあります。今後、こうした情報を解析することで、さらに臨床に役立つ研究へと発展すると期待しています。
–– 最後に、今後の展望や研究への思いを聞かせてください。
片岡氏:今回は、ビッグデータを対象に、複数変異が生じたがん遺伝子が予想外に多く存在することを示した点が大きかったといえます。ただし、複数変異とがん化の関連については、PIK3CAで検証しただけです。他の遺伝子でも同様かどうか確認する必要があると思います。とはいえ、個別の遺伝子の検証は臨床の先生方にお願いし、私自身はがんのビッグデータを利用した今回のような方法論で、がんゲノム横断的な新たな解析を行いたいと考えています。
片岡圭亮分野長(右)と斎藤優樹さん。
今回の成功は、計算科学のアプローチ部分を担当してくれた、大学院生の斎藤優樹さんと、主任研究員の古屋淳史さんの貢献が大きかったです。特に、斎藤さんは消化器内科医で、2年前にプログラミングを始めたばかりですが、膨大なデータを相手に独自のアルゴリズムを開発するなどしてくれました。開発したプログラムの一部は、すでに誰でも使える形で公開しています。
今回のような公的ビッグデータ解析では、ターゲットを同じくする競争相手が世界中に大勢いると覚悟する必要があります。実際、PIK3CAについては、私たちの論文が掲載される直前に、ある研究グループがScienceで論文を発表しました。そうした中でも、斎藤さんはめげることなく仕事をやり遂げてくれました。
日本には、ビッグデータを扱って革新的な医学研究を行える研究者が非常に少ないです。今回、もともとは計算科学を専門としない私たちが成果を出せたことで、日本の現状を少しでも打破できたらうれしいです。
–– ありがとうございました。
聞き手は西村尚子(サイエンスライター)。
Author Profile
片岡 圭亮(かたおか・けいすけ)
国立がん研究センター研究所 分子腫瘍学分野 分野長
2007年 東京大学医学部附属病院 血液・腫瘍内科に入局。動物モデルを用いた造血幹細胞の研究を行う。2013年に京都大学大学院医学研究科 腫瘍生物学講座に異動し、成人T細胞白血病リンパ腫を中心とした遺伝子解析研究に従事。2017年より、国立がん研究センター 分子腫瘍学分野の分野長として研究室を主宰。さまざまな悪性腫瘍について、ビッグデータ解析を駆使して分子病態の解明を行いつつ、その臨床応用にも取り組んでいる。
Nature ダイジェスト Vol. 17 No. 8
DOI: 10.1038/ndigest.2020.200829
参考文献
- Kataoka, K., Nagata, Y., Kitanaka, A. et al. Nature Genetics 47, 1304–1315 (2015).
- Kataoka, K., Shiraishi, Y., Takeda, Y. et al. Nature 534, 402–406 (2016).
- Saito, Y., Koya, J., Araki, M. et al. Nature 582, 95–99 (2020).
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