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変わる大学

新型コロナウイルスによるパンデミックの最悪の状況が過ぎ去ったとしても、その影響は、科学者の働き方や研究内容、そして彼らが手にする研究資金の額を永久に変えてしまう可能性がある。

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Nature ダイジェスト Vol. 17 No. 8 | doi : 10.1038/ndigest.2020.200820

原文:Nature (2020-06-11) | doi: 10.1038/d41586-020-01518-y | Universities will never be the same after the coronavirus crisis

Alexandra Witze

2020年3月6日金曜日の午後、ワシントン大学(米国シアトル)は、月曜日から全ての授業をオンラインで行うとする通知を出した。シアトルは当時、米国での新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のアウトブレイクの中心地だった。教員たちは、4万人以上の学生がリモート学習できるようにするための準備に追われた。同大学の研究担当副学長Mary Lidstromは、「今回の事態がすぐには終息しないことは、ごく早い段階から分かっていました」と言う。

似たような光景は世界各地の大学で見られる。講義室は静まり返り、研究室は無人か最小限のスタッフで運営され、管理者たちは対面授業を安全に再開するにはどうしたらよいかと頭を悩ませている。

コロナ禍がもたらした危機によって、大学は授業料の高騰やエリート主義など高等教育機関が長年解決できずにいた課題を正面から突きつけられることとなった。また、大学がコロナ対策として導入した変革のいくつかは永久的なものになるかもしれない。差し迫った問題を解決するためにも、専門家や公的機関に対する批判の声の高まりの中で自らの価値を証明するためにも、大学は今後、長期的に多くの授業をオンライン化し(すでにこの方向に進んでいる)、留学生の数を減らし、さらには地域社会や国内社会との関係を深める方向に変化していくことだろう。ユトレヒト大学(オランダ)の元学長で、『Higher Education in 2040: A Global Approach(2040年の高等教育:グローバルなアプローチ)』(2017年)の著者であるBert van der Zwaanは、「今回のパンデミックは、とてつもない勢いで変化を加速させています」と言う。

大学が大きく変わろうとしている今、その財務見通しは悲惨なものになっている。学生(特に留学生)が大学に来られなくなったり、将来の計画を考え直したりしたことで大学の収入は急激に落ち込んでおり、株価の急落に伴って大学基金も大幅に縮小している。

バーチャル授業

アフターコロナの時代を無事に乗り切る可能性が高いのは、資金力のある有力な大学だ。しかし、そうした大学でさえ課題を抱えている。マサチューセッツ工科大学(米国ケンブリッジ)のオープンラーニング担当副学長のSanjay Sarmaによると、同大学は2002年から講義をネット上で無料で公開しているが、今学期の授業を担当していた教員のほとんどが、パンデミック発生時に、ネット上で授業を行う方法を大慌てで考えなければならなかったという。率直に言うと、デジタルプラットフォームで教材を配信するだけでは最良の授業はできないということを、今回、多くの大学が身をもって知ることになった。「Zoom大学は本当の意味でのオンライン学習システムではないということです」と彼は言う。

Sarmaは、対面授業が再開されたあかつきには、これまでの授業とは根本的に異なるものにしたいと考えている。教員は事前にビデオ講義を配信し、対面授業の時間には、学生が概念を十分理解したかどうかを確認するためのやりとりだけを行うのだ。「せっかくの対面の機会を、一方通行の授業で無駄にしたくないのです」と彼は言う。「双方向学習の時間にしなければなりません」。

大学の懐事情

一部の教育者は、パンデミックの影響で、高所得国でも低所得国でも、質の高いオンライン授業が以前より多く行われるようになるだろうと期待している。パキスタン高等教育委員会(イスラマバード)の会長Tariq Banuriによると、2020年3月にパキスタンの大学が閉鎖された時、多くの教員はオンラインで授業を行うためのツールを持っておらず、多くの学生は自宅でインターネットを確実に利用できる状況になかったという。そこで同委員会は、オンライン授業の標準化に取り組みつつ、学生向けの安価なモバイルブロードバンド製品を提供するように通信会社に働き掛けている。

ミュンヘン工科大学(ドイツ)は対面授業を中止し、学生たちは現在、オンラインで講義を受けている。 | 拡大する

Andreas Gebert/Getty Images

「この活動はCOVID-19対策として行っていますが、長期的な恩恵をもたらすはずです」とBanuriは言う。例えば、今よりも良い技術者向け訓練を受けた学生を輩出できるようになるだろう。パキスタンのような中低所得国では、今回のコロナ禍により、大学教育の質と妥当性を向上させるための長期的な計画が加速すると期待される。

とはいえ、どの大学も財務上の大問題に直面している。ジョンズホプキンス大学(米国メリーランド州ボルティモア)のような資金力のある私立大学でさえ、来年度は数億ドル(数百億円)の収入減を予想している。英国のコンサルティング会社ロンドン・エコノミクス(London Economics)は、英国の大学では入学者数の減少が予想されるため、来年度の収入は全体で25億ポンド(約3400億円)以上減少すると見積もっている。さらにオーストラリア政府が5月に発表した報告書では、国内の大学が年内に常勤職員を2万1000人削減する可能性があり、その中には7000人の研究者が含まれるとしている。

最大の問題の1つは留学生からの収入の減少だ。オーストラリア国立大学(キャンベラ)で高等教育政策を研究しているAndrew Nortonは、オーストラリアの大学は中国からの留学生が支払う授業料に大きく依存しているため、留学生の学費を中心に30億〜50億豪ドル(約2100億〜3700億円)を失うと予想している。彼はまた、シドニー大学のような研究大学では、留学生からの収入を研究の助成に充てていることが多いため、損失が集中するだろうと言う。

アリゾナ大学(米国トゥーソン)で高等教育の研究をしているJenny J. Leeは、世界中の大学が資金不足に直面しており、小規模な大学を中心に、いくつかの大学が永久に閉鎖されることになるかもしれないと言う。合併する大学もあるかもしれない。あるいは、アリゾナ大学の「マイクロキャンパス」ネットワークのような革新的な手法を編み出す大学もあるかもしれない。このプログラムは、海外の機関とアリゾナ大学が提携し、海外の学生がアリゾナ大学のオンライン授業を受け、現地の機関の教員から対面で指導を受けるという形をとる。同大学は数年前にこのプログラムを考案し、その後も拡大し続けてきた。「COVID-19のせいで、私たちは突然、他国から物理的に切り離されたときに何が起こるかを実感することになりました」とLeeは言う。

当面の金融危機が去った後も、経済の見通しは暗いままかもしれない。そのため、一部の研究者は、大学や研究資金配分機関は、パンデミック後の世界の国益にかなう研究プロジェクトや研究インフラに集中するようになるかもしれないと言う。例えば、英国政府は研究持続可能性特別調査委員会を設置し、国家の長期的な将来計画を視野に入れて、大学の研究プロジェクトを評価しようとしている。

大学と社会の結び付き

大学は近年、オランダやイタリア、スペインなどのポピュリスト政党から「エリート主義的で浮世離れしている」と批判されてきた。しかし今回のパンデミックは、こうした決めつけを跳ね返す好機になるかもしれない。多くの国の大学が、COVID-19の治療法や予防法の探索の先頭に立っているからだ。

高等教育政策研究所(英国オックスフォード)の所長を務めるNick Hillmanは、「新型コロナウイルスワクチンが英国から出るとしたら、それは英国の大学から出るでしょう」と言う。しかし一方で、今回のパンデミックにより各国政府がオックスフォード大学などの研究活動が盛んな有力大学への助成を増やすと、大学間の格差が拡大するかもしれないと心配している。

このように世界の大学では多くの変化が起きているが、van der Zwaanは、「コロナ禍によりほとんどの大学が姿を消すのではないか」という予想には懐疑的だ。彼は、黒死病後の世界について研究している。14世紀に大流行した腺ペストは社会のさまざまな側面に破壊的な影響を及ぼし、欧州に当時あった約30の大学のうち5つが姿を消した。「けれどもその後、一部の大学は復活し、繁栄しました」と彼は言う。「歴史が教えてくれる、非常に良い教訓です」。

(翻訳:三枝小夜子)

Alexandra Witzeは、米国コロラド州ボールダー在住のNature のライター。

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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