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ロックダウンを終えた研究者たちの「新たな日常」

ニュージーランドのオークランド大学では、約4週間の閉鎖を経て4月末から一部の業務が再開された。 Credit: Amos Chapple/Lonely Planet Images/Getty

鳥類生態学者のJeannine Randallは、所属するカナダのノーザン・ブリティッシュ・コロンビア大学(プリンスジョージ)が2020年3月中旬に閉鎖となった際、春先から夏の終わりに予定していたミドリツバメ(Tachycineta bicolor)のモニタリング調査の計画を「パンデミック仕様」に変更した。調査チームの3人は別々の車で営巣地に移動し、道具は共用せず、互いに2mの距離を空けながら作業を行う。もちろん、定期的な消毒も必須だ。手指消毒剤が品薄になっていたため、Randallは自らの分は研究室のエタノールを使って自作した。6月に入って同大学が業務を一部再開したのを受け、彼女は早速この計画を実行に移した。現在は、巣の中の卵の数を数え、幼鳥が孵化するのを待ち、夜明けから日暮れまで鳥たちを観察する日々を送っている。

「理にかなったプロトコルを考案してそれに従うという点では、科学者はある意味、良い立場にいると思います」とRandallは言う。

COVID-19対策のロックダウンが世界各国で解除されつつあり、研究者たちは今、「新たな日常」の下で研究室での活動を再開し始めている。白衣に加えてマスクを着用し、実験スペースの利用時間をずらし、共用の実験機器はシフト制で使用するなど、感染防止策をとった上での業務再開だ。多くの大学では屋内空間の収容人数や廊下などを通る人々の流れが制限されており、中には、職員の追跡と検査のための詳細な計画まで策定した大学もある。一方で、そうした計画を今まさに策定中の大学もある。また、政府と足並みをそろえて安全計画を進める大学もあれば、独自の道を行く大学など、方針もさまざまだ。

米国の複数の大学協会は、大学での研究活動を以前のレベルまで戻すには少なくとも260億米ドル(約2.8兆円)の追加資金が必要だと見積もっている。このうち、米国大学協会(AAU;ワシントンD.C.)は、業務再開に取り組む大学の学長らが検討すべき優先事項について草案を作成中だ。

Nature が2020年5月に実施したオンライン調査では、回答した3000人を超す研究者のうち半数近くが、いまだにロックダウン状態にあると答えた。各国の政策を反映して、英国、米国、ブラジルでは、職場の閉鎖がまだ解除されていないと答えた研究者の割合が最も多かったのに対し、ドイツではそうした研究者の割合はわずか7%程度だった(「職場に戻りつつある研究者たち」参照)。ルプレヒト・カール大学ハイデルベルク(ドイツ)のがん研究者Boyan Garvalovは、「マスクを着用して、互いに一定の距離を保たなければならないこと以外は、ほとんど通常の生活に戻っています」と言う。とはいえ、彼は今、自身のキャリアと子どもたちのオンライン学習の監督とを何とか両立させている状態だ。

職場に戻りつつある研究者たち
Nature のオンライン調査では、3000人を超す研究者が現在の状況を回答した。研究室の閉鎖解除を受けて業務を再開したと回答した人は全体の13%未満で、他には、ロックダウン中だが研究室に行っているとの回答や、自宅でほとんどの仕事ができているとの回答があった。回答者の数が最も多かった国のうち、すでに研究室で業務を再開している人の割合が最も高かったのはドイツだった。 Credit: SOURCE: NATURE ONLINE POLL

マスクと手袋を

パンデミックの初期に特に甚大な被害を受けたイタリアでは、Nature のオンライン調査に回答した約90人のうち、30%近くが研究室の閉鎖解除を受けて活動を再開したと答え、18%がロックダウン中も仕事を続けていたと答えた。同国パドバ大学の細胞生物学者Paolo Bernardiは、研究の維持に必要な最小限のスタッフの監督のため、そしてZoomを使った病態生理学の授業のために、ロックダウン中も平日はほぼ毎日大学に行っていたという。「状況はだいぶよくなりました」とBernardi。彼の研究室では今、出勤できるスタッフの数が約半数まで増えた。パドバ大学のガイドラインでは、4月26日付の首相令に準じ、短時間の接触の場合は1m以上、同じ部屋に15分以上一緒にいる場合は2m以上の距離を確保するよう定められ、マスクは常に着用、研究室内では手袋の着用も義務付けられている。また、同じ部屋に入れるのは3人までで、会議室は閉鎖されており、打ち合わせは電話かビデオ通話で行わなければならない。制約は多いものの、こうした安全への配慮と柔軟性のバランスにBernardiは満足しているという。

オランダのフローニンゲン大学では、有害な化学物質はできるだけ使用しないよう求められているという。こぼした場合に医療処置が必要となる事態を避けるためだ。有機合成化学者のJana Volaricにとっては研究に大きく関わってくる制約だが、実は彼女が最も影響を受けているのは学術大会への参加の機会が激減したことだという。Volaricは、来年の就職活動に向けて学術大会で人脈づくりをしようと考えていたのだが、オンライン参加では有意義な交流はなかなか難しいと感じている。「それが一番残念な点ですね」。

足並みをそろえて

ニュージーランドでは3月26日に国全体がロックダウンに突入し、全ての大学が閉鎖された。同国オークランド大学の有機化学者Kirsty Andersonも他の多くの研究者と同様に、4週間ほどは仕事ができなかったという。4月末にロックダウンが解除されたのを受け、同大学は業務を一部再開した。欧州の国々と同様の制約が多数導入された他、建物に入る際のタイムシートへの入構時刻と行き先の記入や、2mの社会的距離の確保が義務付けられた。当初はエレベーターに1人ずつしか乗れなかったため、7階の研究室まで階段で上がることも多かったという。5月中旬にはより多くの業務が再開し、入構管理のデータベースがオンライン化された。

Andersonと同僚らは、互いに距離を保つため、オフィスでのデスクワークは時間を決めてローテーション式で行っている。また、接触を最小限に抑えるため、核磁気共鳴装置や質量分析装置などの共用機器は、指定されたオペレーターが操作することになった。試料を渡す際は外側を入念に拭き、設定や測定条件など必要な情報はオンラインのファイル共有で伝えるという。

同じくオークランド大学に所属する神経科学者のWinston Byblowは、政府と大学は安全性の確保とパンデミックへの対応においてよく団結していると評価する。「同じメッセージがきちんと共有されています」。だが、彼には懸念もある。Byblowは脳卒中後の運動機能を研究テーマとしており、実験のために被験者を募る必要があるのだが、密閉された空間で他人と一緒に過ごすことへの不安から、今後数カ月間は参加者が消極的になると予想されるからだ。「不安や恐怖で参加率が低下すれば、研究期間が長引くことになり、犠牲を伴うでしょう」とByblow。

大学の研究室の多くが、新型コロナウイルス対策として、厳格な清掃プロトコルを定めている。 Credit: FERMIN RODRIGUEZ/NURPHOTO/GETTY

自らの道を切り開く

政府の対応とは別に、独自の取り組みを進める大学もある。分子生物学者のJorge Huete-Pérezは、約8000人の学生を擁するニカラグアの私立大学、中米大学(マナグア)の副学長を務める。同大学は、国内での最初の感染例が確認されて間もない3月末に、学内の人数を約90%削減するという独自のロックダウン計画を策定し、すぐに実行した。感染拡大防止の対策を何ら講じていない政府とは、実に対照的である。南米にCOVID-19が広まったのは比較的遅く、6月1日時点でのニカラグアの感染者数は800人未満と報告された。しかしHuete-Pérezは、実際の感染者数はそれよりはるかに多く、隣国のコスタリカやホンジュラスでの同時期の感染者数(それぞれ1000人以上および5000人以上)と同程度か、それを上回る可能性があると考えている。「実際の感染状況は分かりません」と話す彼は、大学の再開に際して、独立した医療機関や世界保健機関(WHO)に助言を仰ぎたいとしている。

米国では、パンデミック後の業務再開計画を巡り、トランプ政権と米国疾病管理予防センター(CDC)が激しく対立している。そんな中、カリフォルニア大学サンディエゴ校は独自に、職員と学生を対象とする大規模なスクリーニング体制を主軸とした再開計画を策定した。この計画は9月の新学期開始時に実施される予定で、検体の処理は学内の研究室が行う。5月11〜29日には1500人以上の学生が参加して運用試験が実施され、大規模検査の実行可能性が確認された。

とはいえ、これはやや極端な例だ。米国では、州によって政策や優先順位が大きく異なる場合がある。エール大学(米国コネチカット州ニューヘイブン)の元研究担当副学長で、AAUのシニアフェローである物理学者のPeter Schifferは、「状況は刻々と変化しているので、リスクの大きい賭けといえるでしょう」と話す。学生に関しては、多くの大学が学期のスケジュール調整や、学内での授業再開の延期をすでに決定しているが、研究者に関しては、そうした計画はまだ固まっていないのが実情だ。

AAUの政策担当副会長Tobin Smithは、こうした計画の策定は前例がないと指摘する。「全く新しい領域なのです」。

翻訳:三枝小夜子

Nature ダイジェスト Vol. 17 No. 8

DOI: 10.1038/ndigest.2020.200814

原文

Return to the lab: Scientists face shiftwork, masks and distancing as lockdowns ease
  • Nature (2020-06-01) | DOI: 10.1038/d41586-020-01587-z
  • Nidhi Subbaraman