News in Focus

コロナウイルスの致死性は? その答えに迫る科学者たち

多くの国々でウイルスに関連した死亡者を数え上げるのに苦労している。 Credit: MICHAEL DANTAS/AFP/GETTY

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のような新興感染症に関する最も重要な疑問の1つは、それがどれだけ致死的なものなのかということだ。数カ月にわたってデータを収集してきた科学者たちは、感染者致死率(infection fatality rate; IFR)として知られる数値を使ってその答えに迫ろうとしている。この指標は、検査を受けていない人や症状のない人も含めた感染者のうち、その感染症によって死亡する人の割合を示している。

「IFRは集団免疫閾値と並ぶ重要な数値の1つで、新しい感染症の流行規模の把握と、それにどれだけ真剣に対応しなければならないかの判断に影響を与えます」と、ロンドン大学インペリアルカレッジ(英国)の疫学者Robert Verityは言う。

流行の最中にIFRを正確に算出するのは容易ではない。というのも、検査で感染が確認された人だけでなく、感染した人の総数を推定する必要があるからだ。COVID-19では致死率を正確に決定することは特に難しいと、ロンドン大学衛生熱帯医学大学院(英国)の数理疫学者Timothy Russellは話す。その理由は、感染したことが発見されずに終わる軽症患者や無症状の患者が多いことと、感染してから死亡するまでの期間が2カ月にも及ぶことがあるからだ。多くの国々でウイルスに関連した死亡者を数え上げるのに苦労していると彼は言う。死亡記録の精査によれば、公式発表された死亡者数には漏れがあると思われる。

原因ウイルスであるSARS-CoV-2の致死性は、COVID-19のパンデミックの初期には過大に評価されていたが、その後の解析では逆に過小に評価された。現在では、さまざまな手法を用いた数多くの研究により、たいていの国ではCOVID-19の感染者1000人当たり5~10人が死亡すると推定されている。「信頼に足ると私が考えている研究では、だいたい0.5~1%の範囲に収まる値を報告しているようです」とRussellは話す。

しかし、複数の研究で類似した値が報告されているのは、単なる偶然の一致ではないかと考える研究者もいる。このウイルスの致死性を真に理解するためには、さまざまな集団の致死率を調べる必要がある。COVID-19で死亡するリスクは、年齢、民族、医療へのアクセス、社会経済的状態、健康状態によって大きく異なる。さまざまな集団を対象としたより質の高い調査が必要だと、こうした研究者たちは指摘している。

また、IFRは母集団に依存した指標であり、治療成績が上がってくれば時間の経過とともに変化し、特定の値を決定することはさらに難しくなるだろう。

IFRは政府や個人が適切な対応を判断するのに役立つので、正しい数値を出すことは重要だ。「IFRを低く見積もり過ぎると、社会は過小に反応して感染症を甘く見てしまう恐れがあります。一方で、高く見積もり過ぎれば、過剰反応によって制限が多くなり、最悪の場合はロックダウンのような過剰な介入による弊害も生じます」と、ボンド大学(オーストラリア・ゴールドコースト)で根拠に基づく医療を研究するHilda Bastianは言う。

ギャップを埋める

ウイルスの致死性に関する初期の推定値のいくつかは、中国における確定症例の総数から得られた。世界保健機関(WHO)は2月下旬、COVID-19と診断された患者1万人当たり38人が死亡していると推定した。このような確定症例数に基づく死亡率は確定感染者致死率(case fatality rate;CFR)と呼ばれるが、ウイルスが最初に発生した武漢市では患者1000人当たり58人にも達していた。しかし、確定感染者致死率は、感染しているにもかかわらず検査を受けていない多くの人々を考慮に入れていないため、ウイルスの致死性を過大に見積もることになり、感染拡大の真の姿を不明瞭にしてしまう。

研究者たちは、ウイルスの拡散を予測するモデルに基づいてIFRを推定することで、このギャップに対処しようとした。Verityによれば、初期の解析結果ではIFRは0.9%程度(感染者1000人当たり9人の死亡)であり、0.4~3.6%の幅があったという。彼のモデルを用いた解析では、中国におけるIFRは感染者1000人当たり7人死亡と推定され、60歳以上の高齢者に限れば1000人当たり33人に増加していた1(「SARS-CoV-2の致死性は?」の図を参照)。

SARS-CoV-2 の致死性は?
感染者致死率(IFR)とは、全てのSARS-CoV-2感染者のうち、その感染症によって死亡する人の割合である。IFRの推定値は特定の地域を対象としており、人口構成、医療アクセス、調査方法によっても異なることがある。
*自然実験に基づく推定値。
†数理モデルに基づく推定値。
‡抗体保有率のデータに基づく推定値。 Credit: SOURCES: CHINA*: REF. 2; CHINA†: REF. 1; FRANCE: H. SALJE ET AL. SCIENCE HTTP://DOI.ORG/DVT3 (2020); BRAZIL: REF. 4; SPAIN: SPANISH MINISTRY OF HEALTH, CONSUMER AFFAIRS AND SOCIAL WELFARE 2020 REPORT

Russellのチームもまた、2020年2月初旬に起きたクルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号でのCOVID-19の大規模な集団発生例から収集したデータを使って、中国におけるIFRを推定した。3711人の乗客・乗員のほぼ全員が検査を受けたため、研究者たちは症状のない患者を含む感染者の総数と死亡者数を知ることができた。これにより研究チームはIFRを0.6%(感染者1000人当たり6人の死亡)と推定した2(2020年5月号「クルーズ船での集団発生からCOVID-19について分かったこと」参照)。

「これらの研究の意図は、COVID-19の致死性がどれくらいなのか、概算的な推定値を得ることでした」とVerityは言う。

しかし、研究者たちは確定症例数と実際の感染者数の関係について複雑な仮定をする必要があった。推定値はその後の検証が必要だ。「IFRの推定値をなるべく早く決めることは大切ですが、より良いデータが入手できるようになったのなら、すぐにでも更新すべきです」とVerityは話す。

ウイルスに対する抗体を保有しているかどうかの集団調査、つまり血清有病率調査が広く行われるようになれば、IFRの推定値をさらに正確な値に近づけることができると期待されている。このような調査は今のところ世界中で120件ほど実施されている。

しかし、最初の抗体調査の結果は研究者たちを混乱させるものだった。ウイルスの致死性が以前考えられていたよりも低いことを示唆していたのだ。「ちょっと面倒なことになったなと思いました」とRussellは言う。

初期に行われた抗体調査の1つは、大規模な集団感染が発生したドイツの町、ガンゲルトの919人を対象としていた3。そのうち約15.5%の人がウイルスに対する抗体を保有していたが、この値は当時この町でCOVID-19に罹患したことがある人の割合より5倍も大きかった。この数字を使ってIFRは0.28%と推定された。しかし、研究者たちは調査対象の人数の少なさを指摘している。

IFRの推定値をさらに正確な値に近づけるには、ウイルスに対する抗体の有無を調べる集団調査がもっと必要だ。 Credit: Tayfun Coskun/Anadolu Agency via Getty Images

Verityによれば、初期に行われたその他の血清有病率調査の中には、使われた抗体検査キットの感度と特異度の不足や、標本集団と母集団の間にある差異が適切に考慮されていないものもあるという。

これらの問題は感染者数の推定値を過大に見積もることにつながり、ウイルスの致死性を実際よりも低く見せていた可能性がある、と彼は話す。同様に、死亡者全員のウイルス検査を行っていない多くの国々で問題となっているように、COVID-19による死亡者が検出されなかった場合も、致死率の推定値を過小に見積もることになると、ウーロンゴン大学(オーストラリア)の疫学者Gideon Meyerowitz-Katzは指摘する。

ここ数週間でいくつかの大規模な血清有病率調査の結果が報告されており、これらの研究では初期の研究よりも高い致死率の推定値が得られている。medRxivに投稿されたある調査4では、ブラジル全土の2万5000人以上を対象に、IFRは1%と推定されている。

スペイン全土の6万人以上を対象とした別の調査では、結果の解析はまだ暫定的なものだが、抗体保有率は5%と報告されている(go.nature.com/2brqo2c参照)。調査チームは致死率そのものは計算していないが、結果に基づけばスペインにおけるIFRは約1%、つまり感染者1000人当たり10人が死亡するとVerityは推定している。

RussellやVerityをはじめとする何人かの研究者たちは、異なる地域で調査が行われているにもかかわらず、多くの研究でIFRの推定値が0.5~1%の範囲に収まっていることに興味を感じている。しかし、値が一致しているという意見に慎重な姿勢を示す科学者もいる。「この傾向はたぶん偶然以外の何ものでもないと思います」とMeyerowitz-Katzは言う。

カリフォルニア大学サンタクルーズ校(米国)の感染症研究者Marm Kilpatrickは、血清学的データのほとんどが科学論文として発表されていないという点にも注意を促している。データがいつ、どのようにして収集されたのかが分かっていないと、感染してから死亡するまでの時間を考慮に入れてIFRを適切に計算することは難しいと彼は言う。

Kilpatrickやその他の研究者は、年齢層別の致死率や持病のある人の致死率を推定する大規模研究を待ち望んでいる。それによってCOVID-19がどれだけ致死的な疾患であるのか、全体像がはっきりするだろう。年齢の影響を考慮した最初の研究の1つが、2020年6月12日にプレプリントサーバーに投稿された5。スイス・ジュネーブの血清有病率データに基づいたこの研究では、全人口のIFRは0.6%、65歳以上の人では5.6%と推定している。

査読前の論文だが、この研究はこれまでの血清有病率調査に見られた問題点の多くに対処しているとKilpatrickは話す。「素晴らしい研究ですね。血清学的データの扱いのお手本のようなものですよ」。

翻訳:藤山与一

Nature ダイジェスト Vol. 17 No. 8

DOI: 10.1038/ndigest.2020.200808

原文

How deadly is the coronavirus? Scientists are close to an answer
  • Nature (2020-06-16) | DOI: 10.1038/d41586-020-01738-2
  • Smriti Mallapaty

参考文献

  1. Verity, R. et al. Lancet 20, 669–677 (2020).
  2. Russell, T. W. et al. Euro Surveill. 25, 2000256 (2020).
  3. Streeck, H. et al. Preprint at medRxiv https://doi.org/10.1101/2020.05.04.20090076 (2020).
  4. Hallal, P. C. et al. Preprint at medRxiv https://doi.org/10.1101/2020.05.30.20117531 (2020).
  5. Perez-Saez, F. et al. Preprint at OSF https://doi.org/10.31219/osf.io/wdbpe (2020).