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新型コロナウイルス治療に効果が未証明な伝統薬を推奨する中国

Nature ダイジェスト Vol. 17 No. 7 | doi : 10.1038/ndigest.2020.200713

原文:Nature (2020-05-06) | doi: 10.1038/d41586-020-01284-x | China is promoting coronavirus treatments based on unproven traditional medicines

David Cyranoski

中国伝統医学の薬をCOVID-19治療に用いる前に厳格な治験データで安全性と有効性を証明することが必要だと、科学者たちは指摘する。

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www.anotherdayattheoffice.org/Moment/Getty

中国政府は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の治療に中国の伝統的な医学(中医学)で広く用いられている薬を使用するよう積極的に推奨し、イランやイタリアなどの国々にも国際支援物資として送っている。しかし、中国国外の科学者たちは、安全性と有効性がまだ証明されていない治療法を推奨するのは危険だと指摘している。

既存もしくは治験段階の薬を用いた治療が多くの国で試されているが、新型コロナウイルスによって引き起こされる致死的な呼吸器疾患の確立した治療法はまだ存在しない。回復をいくらかでも早める可能性のあることがランダム化対照試験で証明されているのは、現時点では抗ウイルス薬のレムデシビルだけである。

中国の政府高官や国営メディアは、COVID-19の症状を緩和し、死亡者の数を減少させる効果があるとして、中医学のさまざまな薬(Traditional Chinese medicine;TCM、中薬)を推奨している。しかし、その有効性を証明する厳格な治験データはない。

一部の中薬についてはCOVID-19に対する有効性を証明するための治験が行われているが、治験デザインが厳密でないため信頼に足る結果は得られないだろうと指摘する研究者もいる。政府関係者や中医学者は、何千年にもわたって使われてきた中薬は安全に違いないと考えているが、重大な副作用も報告されている。

英国を拠点に活動してきた補完代替医療の元研究者Edzard Ernstは、「私たちは効果的な治療法が必要な深刻な感染症に直面しています。しかし、中薬には有効性を示す証拠がありませんので、その使用は正当性がないだけでなく、危険ですらあります」と話す。

有効性の証明されていない治療法を推奨する指導者がいるのは中国だけではない。米国のドナルド・トランプ大統領は、重大な副作用を引き起こすリスクのある抗マラリア薬ヒドロキシクロロキンの使用を推奨しているが、COVID-19に対する有効性はまだ研究段階である(2020年6月号「新型コロナウイルス研究注目の論文」参照)。また、マダガスカルのアンドリー・ラジョエリナ大統領は、薬草茶にはCOVID-19を治療する効果があると主張している。

こうした指導者らの主張は国内の科学者たちから批判を受けている。しかし、中国では中薬の使用に対する批判の声はほとんど聞かれない。この産業の規模は年間数十億ドルにも上り、政府の積極的な支援を受けているのだ。

「湿毒疫」

中医学は「気」の理論に基づいており、気とは心身の健康を維持するために必要不可欠なエネルギーであるとされている。中国のコロナウイルス対策を主導する国家チームのメンバーを務める天津中医薬大学の学長、Zhang Boli(張伯礼)によれば、重症例は気の停滞を引き起こす「湿毒疫」の病態だと考えられるという。

中国保健省が2020年3月までに発表したCOVID-19に対する推奨治療には、数十種類の丸薬、散剤、注射薬、煎じ薬など、中薬を使ったものが含まれている。

中国の国営メディアによれば、国家中医薬管理局は漢方の経口薬2剤、注射薬1剤、煎じ薬3剤がCOVID-19の治療に有効であることを「証明した」という。金花清感は生薬を原料とする顆粒製剤で、2009年のH1N1型インフルエンザ流行の際に開発されたものだが、China Daily 紙の報道によれば、これを服用したCOVID-19患者群は服用しなかった患者群よりも速やかに回復し、2日以上早くウイルス検査の結果が陰性となったことが「比較試験」で示されたという。ただし、それ以上の詳細は報じられていない。China Daily 紙が報じた別の比較試験では、5種類の生薬を原料とする「解毒作用があり、うっ血を解消する」とされる血必浄注射液を標準的な治療薬と併用したところ、重症患者の死亡率が8.8%低下したという。

中国中医科学院(北京)の院長を務める中医学者Huang Luqi(黄璐琦)によれば、別の3種類の中薬を使用したCOVID-19治療の治験を2020年1月から主導し、安全性と有効性を確認できたという。中国で実施された臨床試験をまとめたウェブサイトでは、これらの薬は単に中薬としか記載されていない。ウェブサイトによると、1つはCOVID-19の症状を緩和することを目的とした薬、もう1つは軽症患者の重症化や重篤化を防ぐことを目的とした薬、3つ目は患者がウイルス検査で陰性になるまでの期間を短縮することを目的とした薬となっている。Huangは詳細についての取材には応じなかったが、結果は近日中に公表される予定だという。

これらの中薬がCOVID-19に対して有効だという説得力のある証拠はないと指摘する科学者もいる。治験では対照群が設定されていたが、治験実施者と患者には、実験的治療群か対照群かが知らされていたようだ。治療の有効性を評価する場合は二重盲検試験を実施するのが常道である。ウプサラ大学(スウェーデン)の細胞生物学者Dan Larhammarは、「証拠を提示できないのであれば、効果をうたって中医学の治療薬を販売するのは倫理的とはいえないでしょう」と話す。

何もしないよりはいい、と必ずしもいえない

フィラデルフィア小児病院(米国ペンシルベニア州)の感染症研究者Paul Offitは、COVID-19に対する効果を誰もが認める治療薬が見つかっていないことを考えれば、補完代替療法に頼りたくなる気持ちは理解できると話す。しかし、補完代替療法を推奨することは健康被害をもたらす可能性があると彼は言う。「何もしないよりは何かをした方がいいと考えがちですが、それが正しくないことは歴史から明らかです」。

中国保健省が公表したCOVID-19治療ガイドラインで推奨されている「煎じ薬」のいくつかは、興奮作用のあるエフェドリン類を含有するマオウ(麻黄)と呼ばれる生薬を含んでいる。マオウは西洋ではエフェドラと呼ばれ、そのエキスは1990年代から2000年代にかけてダイエットや活力増強を目的として市販されていたが、死亡事故が相次いだため米国や欧州の一部の国では販売が禁止された。

「中薬の有効性と安全性を証明する明確な証拠を提示できないのであれば、中国は他国にそれを輸出するべきではない」とErnstは話す。中薬は中国にとって非常に重要な輸出品目だが、このパンデミックの中で輸出するのは「無謀で危険なように思います」と彼は言う。中国はまた、米国を含む多くの国々にマスクなどの保護具や人工呼吸器を送るとともに、世界保健機関(WHO)のCOVID-19対策に5000万ドル(約51億円)を拠出している。

WHOは当初、COVID-19の治療に伝統的な薬を使用することは推奨しないとしていた。アウトブレイクの最初の数カ月間、同機関のウェブサイトには、それらは「COVID-19に対して有効ではなく、むしろ有害である可能性がある」と記載されていた。

しかしその後、ガイドラインは更新され、警告は削除された。WHOの広報担当者Tarik Jašarevićによると、当初の記述は「あまりにも大ざっぱで、軽症COVID-19患者の症状の一部を緩和するために、多くの人々が伝統的な薬を利用するようになってきているという現実を考慮していませんでした」とのことだ。Jašarevićによれば、COVID-19の予防や治療に有効であることが証明されている既存の薬は存在せず、伝統的な薬も例に漏れないことをWHOのガイドラインは強調しており、COVID-19の予防法や治療法として、WHOはいかなる薬を用いたセルフメディケーションも推奨していない。

中国が中薬を使ったCOVID-19の治療を推奨していることに対する批判は、同国内では受け入れられそうにない。4月下旬、湖北省のある病院に勤務する医師が、国が推奨するCOVID-19の治療法、特に中薬を使った治療は、科学的根拠に基づいたものではないとネット上に投稿したところ、問責を受けて管理職から降格させられた。この医師はNature の取材申し込みに対し、この件についての取材は受けられないと語った。

(翻訳:藤山与一)

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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