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農作物を食い尽くすバッタが最大規模で発生中

ケニアは過去70年で最悪の蝗害に見舞われている。 Credit: TONY KARUMBA/AFP/GETTY

東アフリカ、アジア、中東を横断するサバクトビバッタ(Schistocerca gregaria)の大群が、食料供給と人々の暮らしを脅かしている。各国政府と科学者は大発生したバッタの防除に全力で取り組んでいるが、少なくとも2000万人が危険な状況に置かれている(註:国連食糧農業機関は2020年4月21日、この春の繁殖シーズンで、東アフリカ、イエメン東部、イラン南部では今後数カ月にわたり大発生が続くことが予想されると発表した)。

ケニアでは、異常に大きい1つの群れが2400km2もの土地を占拠した。これはニューヨーク市の面積の3倍に相当する広さである。サバクトビバッタが大群を形成するときの典型的な規模は100km2程度で、40億〜80億匹からなり、1日に350万人分以上の食料を食い尽くすといわれている。

国連食糧農業機関(FAO)は、国際社会に1億3800万ドル(約150億円)の緊急の資金拠出を呼び掛けた。その半分は被害を受けたコミュニティーの支援のため、残りの半分はバッタの広がりを食い止めるための費用である(註:2020年3月10日、日本政府はサバクトビバッタ被害に対する支援として、国連世界食糧計画を通じて750万ドルの緊急無償資金協力を実施することを決定した)。

一方、研究者は、こうした対策と同時に、バッタの移動と成長を予測するための監視の強化と、膨大な数のバッタが繁殖する前にこれを駆除できる、化学合成農薬に代わる農薬が必要だと主張する。

世界の最貧国65カ国以上で見られるサバクトビバッタは、ふだんは西アフリカからインドにかけての砂漠で単体行動をしている。卵を産むのに湿り気のある土を必要とするため、雨が降った後で繁殖する。サバクトビバッタなどのワタリバッタ類は、高密度下で育つと群居相(群生相ともいう)と呼ばれる個体となり、集合性が高まる。特に激しい雨が降ると、バッタの数はみるみる増加し、ついには巨大な群れになる。加えて群居相の個体は、移動に適した性質を持っている。

現在の大発生は、2018年のサイクロンと、2019年末の暖かさと異常な大雨によって起きた。2020年初頭にエチオピアとソマリアで観察されたバッタの群れは、ここからケニア、ウガンダ、スーダンなどの国々へと急速に広まっていった。イエメン、サウジアラビア、イラン、パキスタン、インドでも、サバクトビバッタの群れが形成され始めている。

蝗害予報
FAOは、サバクトビバッタの大群は3つの大陸で破壊の旅を続けるだろうと警告している。

サバクトビバッタの防除法についてケニア政府に助言している国際昆虫生理学・生態学センター(ケニア・ナイロビ)のセンター長Segenet Kelemuは、今回の蝗害(バッタの異常発生による災害)の規模の大きさには気候以外の要因も関わっていると言う。例えば、今も内戦が続くイエメンでは、人道支援スタッフや研究員が立ち入ることのできない地域が多く、対応が遅れているのだ。「イエメンのような国は蝗害対策どころではないのです」とKelemu。

同じくウガンダ政府に助言をしているグリニッジ大学天然資源研究所(英国ロンドン)の動物学者Robert Chekeは、アフリカ諸国はサバクトビバッタを監視するための財源が不足していると説明する。Chekeによると、アフリカには東アフリカサバクトビバッタ防除機関(DLCO-EA;エチオピア・アジスアベバ)があり、バッタの大発生に関する早期警戒システムを提供し、防除に協力しているが、蝗害に苦しむ国々の多くが分担金を滞納しているという。ジブチやソマリア、スーダンの未払金は合計800万ドル(約8.6億円)にのぼり、ウガンダは2020年2月に未払金の一部を支払ったものの、まだ200万ドル(約2.1億円)も滞納している。

「分担金の拠出がなければ、DLCO-EAには何もできません」とChekeは言う。DLCO-EAの代表を務めるStephen NjokaはNature の取材に対して、資金不足のため十分な活動ができていないことを認めている。DLCO-EAには農薬の散布に使える飛行機が4機しかなく、農薬の安定供給もできていない。

生物学的防除

異常発生したサバクトビバッタの駆除は、クロルピリホスなどの広く用いられている農薬を散布する方法で行われているが、研究者は農薬が人体や環境に及ぼす影響を懸念している。そこでChekeらは、別の防除法、中でも生物農薬(biopesticide)を使う方法について助言している。生物農薬は生物学に基づく防除法で、周囲の環境に影響を及ぼすことなく昆虫を標的とすることができる。

Chekeのチームが特に推奨しているのは、バッタの体内で増殖して死に至らしめるメタリジウム・アニソプリアエ(Metarhizium anisopliae)という糸状菌を用いる防除法だ。クロルピリホスの散布とは異なり、メタリジウム菌は「触れたもの全てを殺すようなやり方はせず、標的昆虫に特異的に効果を及ぼします」とCheke。生態毒性学的研究からは、メタリジウム菌が他の昆虫を含む生物に及ぼす危険は小さいことが分かっている(R. Peveling et al. Crop Prot.18,323-339; 1999)。

農業生物科学国際センター(CABI;英国エガム)の生物農薬チームの主任科学者であるBelinda Lukeによると、生物農薬はクロルピリホスとは対照的に、まだ翅ができあがっていない幼虫の段階のバッタに最もよく効く。Lukeのチームは、気候とバッタの異常発生に関する歴史的データを利用してモデルを作り、気候によってバッタがどのくらいの日数で成虫になるかを予測できるようにすることを目指している。このモデルが完成すれば、サバクトビバッタの生活環のどの段階で生物農薬を用いるのが最も有効かを特定するのに役立つだろう。

生物農薬の問題点は、大量に用意することがすぐにはできないことだとKelemuは言う。だから政府は化学合成農薬を散布せざるを得ない。それに、生物農薬には化学合成農薬のような即効性がないとLukeは言う。「散布して1時間後に戻ってくればバッタが全滅しているというわけにはいかず、バッタが死ぬまでに7〜14日はかかります」。この性質が、今回のような突然の大発生に対して生物農薬を無力にしている。

Njokaは、生物学的防除の方が好ましいのは確かだが、今回のような緊急事態では効果がよく分かっている農薬を使うべきだと言う。「農民が求めるのは昨日よりも早く効く農薬です」。

翻訳:三枝小夜子

Nature ダイジェスト Vol. 17 No. 6

DOI: 10.1038/ndigest.2020.200605

原文

Why gigantic locust swarms are challenging governments and researchers
  • Nature (2020-03-12) | DOI: 10.1038/d41586-020-00725-x
  • Antoaneta Roussi