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強力な抗生物質をAIで発見

Nature ダイジェスト Vol. 17 No. 4 | doi : 10.1038/ndigest.2020.200404

原文:Nature (2020-02-20) | doi: 10.1038/d41586-020-00018-3 | Powerful antibiotics discovered using AI

Jo Marchant

これまでにない作用機序を持ち、「治療不可能」な細菌株にも有効な分子が、機械学習によって発見された。

クロストリジオイデス・ディフィシル(Clostridioides difficile)のイメージ図。クロストリジオイデス・ディフィシル感染症は、先進国における胃腸炎関連死の主因であり、米国内では年間2万9000人が胃腸炎関連死で命を落としている。この細菌に対して有効な抗生物質の開発が期待されている。 | 拡大する

Jennifer Oosthuizen/SPL/Getty

マサチューセッツ工科大学(MIT;米国ケンブリッジ)の合成生物学者Jim Collinsたちが、先駆的な機械学習アプローチにより、1億種類以上の分子プールの中から新しいタイプの強力な抗生物質を複数同定し、Cellに報告した1。そのうちの1つは、結核菌や、治療不可能と考えられる菌株など、広範な種類の細菌に対して有効である。

研究チームは、ハリシンと名付けたこの物質は、人工知能(AI)を使って初めて発見された抗生物質だと主張している。彼らによると、抗生物質の発見プロセスの一部の支援にAIが利用されたことは過去にもあるが、人間による事前の推定を利用することなく、全く新しいタイプの抗生物質がゼロから同定されたのは今回が初めてだという。

ピッツバーグ大学(米国ペンシルベニア州)の計算生物学者Jacob Durrantは、この研究を画期的だと評価する。理由は、研究チームが新しい抗生物質候補を同定しただけでなく、動物実験で有望そうな分子を実証することもできたからだ。Durrantはさらに、このアプローチは、他の種類の薬物、例えばがんや神経変性疾患の治療に使われる薬物などにも適用できるかもしれないと言う。

細菌の抗生物質耐性は世界中で劇的に高まっていて、研究者は、直ちに新薬を開発しないと、2050年には薬剤耐性感染症により毎年数千万人が死亡することになると予想している。しかし、新しい抗生物質の発見と規制当局による承認のペースは、この数十年でゆっくりになってきている。「同じ分子が何度も発見されています。新しい作用機序を持つ、新しい化学構造が必要です」とCollinsは言う。

事前予想は不要

Collinsたちの研究チームは今回、分子の特性を1個1個の原子ごとに学習するニューラルネットワーク(脳の構造をヒントにしたAIアルゴリズム)を開発した。

研究者らは、抗菌活性が知られている2335種類の分子のコレクションを使って、大腸菌(Escherichia coli)の成長を阻害する分子を発見できるようにニューラルネットワークを訓練した。分子コレクションには、すでに承認されている約300種類の抗生物質のライブラリーの他に、植物、動物、微生物に由来する800種類の天然物も含まれている。

MITのAI研究者で論文の共著者であるRegina Barzilayによると、アルゴリズムはこの学習により、薬物の作用機序に関する推定もなく、化学基が標識されていなくても、分子機能を予想したという。「その結果、モデルは人間の専門家が知らない新しいパターンを学習することができました」。

モデルの訓練が終わると、研究者らはこれを使ってDrug Repurposing Hubというライブラリーのスクリーニングを行った。このライブラリーには、ヒト疾患の治療薬として研究されている約6000種類の分子が集められている。彼らはモデルに、大腸菌に対して有効そうなものを予想し、既存の抗生物質とは違っているように見える分子だけを示すように指示した。

研究者らは、スクリーニングでヒットした分子の中から、動物実験の候補となる約100種類の分子を選び出した。その中の1つで、糖尿病治療薬として研究されている分子は、強力な抗生物質であることが分かった。彼らはこの薬物に、映画『2001年宇宙の旅』に登場する知性を持つコンピューター「HAL(ハル)」にちなんだ「halicin(ハリシン)」という名を与えた。マウスにおける試験で、ハリシンは、クロストリジオイデス・ディフィシル(Clostridioides difficile)や、抗生物質に対する「汎耐性」があり感染症治療のために新しい抗生物質が緊急に必要とされているアシネトバクター・バウマニ(Acinetobacter Baumannii)など、広範な病原体に有効であることが明らかになった。

プロトン阻害

抗生物質は、細菌の細胞壁生合成、DNA修復、タンパク質合成に関わる酵素の阻害など、さまざまなメカニズムを通じて作用する。しかしハリシンの作用機序は異例で、細菌の細胞膜を通過するプロトン(水素イオン)の流れを阻害する。最初の動物試験の結果からは、ハリシンは毒性が低く、耐性も生じにくいと思われる。Collinsによると、実験では、他の抗生物質への耐性は典型的には1日か2日以内に生じてくるという。「けれどもハリシンの実験では、30日後になっても耐性は見られなかったのです」。

研究チームはその後、ZINC15というデータベースの1億700万種類の分子構造のスクリーニングを行い、23種類の最終候補のうち8種類に抗菌活性があることを動物実験によって突き止めた。そのうちの2つは幅広い病原体に対して強力な活性を示し、抗生物質耐性を持つ大腸菌株にも効果があることが分かった。

カーネギー・メロン大学(米国ペンシルベニア州ピッツバーグ)の計算生物学者Bob Murphyは、「計算手法によって薬物候補を発見し、その特性を予想する研究は増加しており、今回の研究はその好例です」と説明する。彼によると、過去にも、遺伝子や代謝物の巨大なデータベースのマイニングをして新しい抗生物質になりそうな分子などを同定するAI手法が開発されたことがあるという2,3

けれどもCollinsとそのチームは、自分たちのアプローチはそれとは違っていると言う。特定の構造やクラスの分子を探すのではなく、ネットワークを訓練して特定の活性を持つ分子を探させているからだ。研究チームは今、外部のグループや企業と組んで、ハリシンの臨床試験を実施したいとしている。また、今回のアプローチを拡張して、さらに新しい抗生物質を発見したり、ゼロから分子を設計したりしたいと考えている。Barzilayは、自分たちの研究は概念実証だと言う。「この研究により、私たちのアイデアが実現可能であり、どんなことができるかを示すことができました」。

(翻訳:三枝小夜子)

参考文献

  1. Stokes, J. M. et al. Cell https://doi.org/10.1016/j.cell.2020.01.021 (2020).
  2. Mohimani, H. et al. ACS Chem. Biol. 9, 1545–1551 (2014).
  3. Cao, L. et al. Cell Syst. 9, 600–608 (2019).

キーワード

Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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