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ノートルダムの再建を支える科学

Nature ダイジェスト Vol. 17 No. 4 | doi : 10.1038/ndigest.2020.200402

原文:Nature (2020-01-09) | doi: 10.1038/d41586-020-00008-5 | The huge scientific effort to study Notre-Dame’s ashes

Philip Ball

2019年4月、パリのノートルダム大聖堂で大規模な火災が発生した。人々に親しまれてきた大聖堂の炎上は世界に衝撃を与えたが、科学者たちはこの機会を利用して大聖堂の建材の研究に取り組んでいる。

2019年4月の火災により屋根と尖塔が焼失したノートルダム大聖堂。 | 拡大する

STEPHANE DE SAKUTIN/AFP/GETTY

フランスを象徴するノートルダム大聖堂を大きく損壊した昨年4月の火災は国家的な悲劇だった。火災から数カ月が経過した今、フランス国立科学研究センター(CNRS)の科学者たちは、大聖堂の建設方法を解明するため、着工から850年以上になるこの建物と建材について調査する数百万ユーロ(数億円)規模のプロジェクトに乗り出した。これまで、大聖堂を構成する木材、金属細工、基礎などを科学的に調べることは困難だったが、火災による損壊でそれが可能になった今、科学者たちは、この調査と研究が大聖堂の再建に役立つことも期待している。

ボルドー・モンテーニュ大学(フランス)のゴシック建築史の専門家で、石材の調査を行う30人強の研究チームを率いるYves Galletは、「ノートルダムにはよく分かっていない部分が多く、今回の研究は、ノートルダムの歴史に新しいページを書き加える可能性があります」と言う。

フランス・ゴシック様式の最高峰の1つとされるノートルダム大聖堂の建設は12世紀に始まった。その構造は中世に変更されたが、19世紀に建築家ウジェーヌ・ビオレ・ル・デュク(Eugène Viollet-Le-Duc)の監督の下、ほぼ当初の形に復元された。しかし、CNRSの先史時代・古代・中世文化環境研究所(CEPAM;ニース)の考古生化学者で、今回のプロジェクトの指導者の1人であるMartine Regertは、ノートルダム大聖堂はフランス内外の他のゴシック建築に比べて驚くほど科学研究が行われていないと指摘する。そのため多くの疑問が残っており、例えば、ノートルダム大聖堂の構造のうちどの部分が中世のものなのかは分かっていないし、19世紀の修復の際に古い時代の建材の一部が再利用されたのかどうかも不明だ。

2019年4月15日の火災は、漏電が原因と考えられている。この火災で大聖堂の屋根と尖塔が焼失し、ボールト(アーチ構造を利用した曲面天井)の一部は崩落した。しかし外壁は残っており、建物はいずれ再建されるだろう。当初は大胆にも5年で再建するといわれていたが、それ以上の時間と数億ユーロ(数百億円)の費用がかかりそうだ。

再建までは、がれきの山は建物内に残される。つまり、落下した石細工や焼けた材木、損傷を受けた金属加工品などの全てを科学的に調べることができる。観光客がいない今なら、これまであまり調べられていなかった建物の基礎部分をレーダーを使って調べることもできるだろう。Regertと共にプロジェクトを統括するCNRS材料考古学・変性予想研究所(ジフ・シュル・イべット)の金属の専門家Philippe Dillmannは、ほとんど損傷がなかった部分の構造も調べやすくなったと言う。

ノートルダムの徹底解剖

CNRSのプロジェクトは、石材、木材、金属部品、ガラス、音響効果、デジタルデータ収集、人類学という7つの研究課題を中心として構成されている。全てを合わせると、25の研究所の100人以上の研究者による6年間のプロジェクトになる。

Galletのチームは、ノートルダムの石材を調べてその採石場を特定し、「石材の供給網とその土地の経済を再現」する。また、石材同士をつなぐのに用いられたモルタルを調べることで、大聖堂の各構造要素〔ボールト、壁、飛梁(空中に斜めに架ける梁材)など〕に、どのような組成のモルタルが使われたかを明らかにすることができる。歴史的建材に関する知識が増えれば、再建のための建材選びの参考になるとGalletは言う。

聖堂内の身廊と翼廊に残されたがれきの山。研究者たちは、このがれきを研究に用いることが可能になる。 | 拡大する

STEPHANE DE SAKUTIN/AFP via Getty Images

研究チームは、焼け残った構造が火災の高温、石材の落下、消火のための放水によりどの程度弱くなったかも分析する。19世紀の尖塔の不安定な焼け残りを解体するには足場を組まなければならないが、その前にレーダーを使った調査を行い、基礎部分がどの程度しっかりしているかを判断する。

一方、約50人からなる研究チームは、ノートルダムの有名な木造部分、特に、ボールトの上の「森」と呼ばれる屋根裏部分の木材の調査を行う。火災によって消失した木材もあれば、焼け焦げた状態で身廊(大聖堂の中央の一般会衆席のある部分)に落ちている木材もある。焼け残りの木材は、研究者にとって非常に価値ある情報源だ。木材を調査する学際研究チームを率いる予定のフランス国立自然史博物館(パリ)の樹木学者Alexa Dufraisseは、「焼けた構造部分は巨大な考古学研究所です」と言う。

Regertも、「木材は非常に豊かな情報源です」と言う。最初の観察により、ノートルダムの「森」の木がオーク(ブナ科コナラ属の木の総称)だったことが確認されているが、今後の研究により、具体的にどの種類の木が使われていたかが特定され、中世の木造建築の技術と道具に関する手掛かりが得られるだろう。

木造梁の年輪年代測定により木が伐採された年と場所が明らかになり、大聖堂の建設の順序に関する知識の欠落部分が埋まる可能性もある。Dufraisseは、「それぞれの木は、組織の中に自分が育った環境を記録しています」と言う。「このような研究は、火災によって構造が破壊されない限り不可能だったでしょう」。

Regertはまた、木材は気候のアーカイブでもあると言う。「年輪中の酸素と炭素の同位体分析により、気温と降雨量の経年変化を突き止めることができます」。ノートルダム大聖堂の建設に使われた木は11世紀から13世紀にかけての中世温暖期に成長したもので、この時期の自然要因による温暖化は、今日の人為的要因による温暖化と比較するための基準となる。

デジタル世界の双子

分析のための材料の収集と発掘は容易ではない。主ながれきの山は、大聖堂の身廊、北側の翼廊(十字形教会堂の身廊に直角に交わる翼部)、身廊と翼廊が交わる部分の3カ所にあり、焼け残ったボールトの上にもまだがれきが残っている。Dillmannによると、これらの場所は安全上の理由で人の立ち入りが禁止されているため、全ての収集作業はロボットとドローンで行う必要があるという。もしかすると、一部の材料は再建のための建材として再利用されるかもしれない。

収集と分析の過程は、正確かつ完全に記録する必要がある。建築物のデジタルマッピングの専門家であるCNRSの混合研究ユニット(マルセイユ)のLivio de Lucaは、科学者、歴史学者、考古学者、技術者、キュレーターの仕事や昔の観光写真に基づいて、大聖堂の科学的研究だけでなく現在と過去の状態までまとめた「デジタル・エコシステム」を作り上げるチームを率いることになっている。

「それはノートルダムの『デジタル世界の双子』のようなものとして、研究の進歩とともに進化するものになるでしょう」とde Lucaは言う。これには、数十億のデータポイントから作成され、空間地図にノートルダムの歴史と構造の進化を重ね合わせた、大聖堂とその付属物の3次元視覚化像のオンラインモデルも含まれる。

Regertは、ノートルダムの科学的研究が、この記念碑的な建造物に関する研究者の理解を深めるだけでなく、崩落したボールトの復元にも役立つことを期待している。「研究から得られる知見は、ノートルダムの再建のために社会が取るべき選択肢を明確に示せるかもしれません」。

(翻訳:三枝小夜子)

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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