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「つくばモデル」でSociety 5.0の実現へ

Nature ダイジェスト Vol. 17 No. 4 | doi : 10.1038/ndigest.2020.200424

科学研究が社会を大きく左右する昨今、不確実な未来を見通して対策を講じるには産官学による連携が必須だ。そうした中、筑波大学は立地、設備、国際性などを生かし、トヨタ自動車と共にSociety 5.0実現に向けたプロジェクトを進めている。同大学が考える産官学連携について、内田史彦教授(国際産学連携本部)と柳沢正史教授(国際統合睡眠医科学研究機構)に聞いた。

–– トヨタと協働して、学内に未来社会工学開発研究センターを立ち上げられた経緯とは?

水素バスによるモバイル睡眠研究施設。トヨタ自動車と共同研究を進めている。 | 拡大する

内田:科学技術政策の柱となる国家戦略として、内閣府が「仮想空間と現実空間を融合させた未来社会(Society 5.0)の実現」を2016年度からの科学技術基本計画(第5期)にて提唱しています。Society 1.0が狩猟時代、2.0が農耕、3.0が工業、4.0が情報(現代)で、5.0はサイバー空間とフィジカル空間の融合を想定した未来社会を指します。実現に向け、産業界が5つのカテゴリーを設けました。そのうちの1つである「地方」については、トヨタ自動車が担当することになりました。

Society 5.0のようなプロジェクトには産官学連携が必須ですが、日本は米国などと比べると、「規模もレベルもまだまだ」と言わざるを得ません。筑波大学では組織対組織の規模の大きい産官学連携を進めてきており、内外からの優れた研究者や研究開発技術、広大なキャンパスも有しています。例えば、2014年には全学の産官学連携を統括する国際産学連携本部を設置し、2015年には開発研究センターを発足させました。このような学際性に目をつけたトヨタ自動車 未来創生センターから共同研究の依頼があり、2017年に学内に未来社会工学開発研究センターを発足させるに至ったのです。

柳沢:ユニークなのは、トヨタ自動車が「30年後には、もはや自動車メーカーではなくなっている」とのビジョンを持っている点です。移動手段は何か全く新しいものに取って代わり、そのような移動手段の開発には工学だけでなく、医学や生命科学、行動学、心理学なども重要だろうというのです。私たちが進める睡眠研究1,2に興味を持ってくださった理由も、こうした考えがあってのことです。

–– 進行中の共同研究にはどのようなものが?

内田:誰もが安全、自由、スムーズに移動できる社会の実現と地域経済発展を目指し、Society 5.0を実現するための次世代自動車交通基盤を作るのがミッションです。トヨタ自動車だけでなく、茨城県やつくば市、東北大学や慶應義塾大学などの他大学、国土交通省、経団連などにも参画いただいています。例えば、未来社会工学開発研究センター内において、人工知能科学センターは渋滞予測法の確立、サイバニクス研究センターは交通弱者のロボティクスやモビリティーについて、システム情報系社会工学専攻のチームは交通流の最適化、公共交通の利便性向上などをテーマにしています。柳沢教授が率いる国際統合睡眠医科学研究機構(WPI-IIIS)は、水素燃料電池バスを用いた移動可能な睡眠検査施設の実現を目指しています。

–– 睡眠と未来のモビリティーの接点とは?

柳沢:睡眠は生きていくための基本的な生理現象ですが、どのような仕組みで眠り、目覚め、睡眠異常が起きるかなど、よく分かっていません。

モバイル睡眠研究施設の主な内部設備。 | 拡大する

ヒトを対象とした研究では、被験者が眠っている間に脳波(睡眠ポリグラフ)を測定する必要があります。そのためIIISには、ベッドを完備した睡眠ポリグラフ測定用の部屋があり、部屋は被験者が快適にすごせるようになっています。しかし、このような測定施設は日本国内にそう多くありません。バスで検査室ごと移動できれば、場所を選ばず正確な睡眠測定が可能になります。例えば、移動中のヒトの睡眠状態を調べる、競技直後のアスリートの睡眠状態を競技会場周辺で調べる、といったこともできると思います。そこで、トヨタとの共同研究では、無振動で無騒音の水素燃料電池バスを提供いただき、内部に睡眠ポリグラフ測定ができる被験者用のベッド、測定装置、実験者用空間などを完備しました。

他のプロジェクトで集まるデータとも合わせ、最終的には、睡眠状態に関するビッグデータからさまざまな知見が得られると期待しています。

–– 筑波大学では、産官学連携を進める上でどのような工夫を?

内田:強力に産官学連携を進める米国と日本を比較すると、多くの課題が見えてきます。スマートフォンなどのインターフェースのデザインで有名な、メリーランド大学(米国)のベン・シュナイダーマン(Ben Shneiderman)博士は、「基礎研究と応用研究を融合させてこそ、高い研究が生まれる」と述べていますが、日本はかなり立ち遅れています。ベン博士は、メリーランド大学発の論文の引用数を「単独執筆、学内共著、国内共著、国際共著、産官学連携」の5カテゴリーに分類して数を調べ上げ(ソースはElsevier SCOPUS)、産官学連携研究の引用数が圧倒的に多いことを明らかにしました。この傾向は、米国や英国、カナダの主要大学でも同様でしたが、日本には当てはまりません。筑波大学発の論文で調べたところ、国際共著の引用数が最も多かったのです。おそらく、他の主要大学でも同じ傾向だと思われます。

要因として浮かび上がるのは、近視眼的な共同研究テーマ、予算が小規模、短期間型が多い、片手間の教員の取り組み、研究者のインセンティブに関する制度が不十分、といった日本の産官学連携プロジェクトを巡る現状です。筑波大学では、米国型の産官学連携体制を整えようと考え、現在までに9つの開発研究センターを立ち上げました。トヨタとの共同研究を進める未来社会工学開発研究センターは3番目に設立したものです。今後も新たなセンターができると期待していますが、立ち上げの条件は、大学予算ではない外部資金で全てを賄うこと、最低5年間の経営計画が立てられること、予算がなくなったら解散、社会実装できる成果を目指すことと、かなり厳しい内容です。

研究成果はすでに出始めています。例えば、プレシジョン・メディスン開発研究センターは、筑波大にある次世代シーケンサーなどを駆使することで、米国が実現した1000ドルゲノム解析(約10万円で1人分の全ゲノムシーケンスを行う)を日本でも実現させようとしています。成果の1つとして、つい先日、共同研究者である京都大学大学院の小川誠司教授の論文がNature に掲載3されたところです。

柳沢:とにかく今は、産官学連携研究の質を高めるのが急務といえます。トヨタ側からは、「興味に従い自由に研究してほしい。成果をどう生かすかは、それから考える」と。ですので、自分を信じて研究を積み重ねていくことが重要だと考えています。

内田:学際的な研究チームを容易に作ることができる筑波大学において、引き続き、産業的にも学術的にも優れた産学連携を追求すべく尽力したいと考えています。

聞き手は西村尚子(サイエンスライター)。

参考文献

  1. Funato H. et al. Nature 539, 378-383 (2016).
  2. Wang Z. et al. Nature 558, 435-439 (2018).
  3. Kakiuchi N. et al. Nature 577, 260-265 (2020).

キーワード

Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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