Editorial

助けを求める叫び声

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Natureが博士課程学生を対象としたアンケート調査を2017年に実施したとき、博士課程での研究でプレッシャーに耐え切れなくなって「泣きたくなったとき」に使う静音室を大学に求めたと書いた学生がいた。この調査は2年に一度行われ、2017年の調査では、約5700人の回答者の29%が心の健康を懸念事項に挙げており、回答者の半数弱が博士課程での研究を原因とする不安や抑うつについて助けを求めたことがあると答えた(2018年3月号「好き過ぎてつらい博士課程」参照)。

事態は悪化しているようだ。

2019年にも、Nature は世界の博士課程学生約6300人を対象とした調査を行い、その結果をNature 2019年11月14日号で発表した(同403ページ参照)。それによれば、回答者の71%が博士課程における研究経験に概して満足しているが、約36%が自らの博士課程研究に関連した不安や抑うつについて助けを求めたことがあると明らかになったのだ。

この調査知見は、同時期に発表された英国の大学院生約5万人を対象とした調査結果とも一致する。この調査は、英国ヨークに拠点を置く高等教育管理研修団体Advance HEが実施したもので、この調査の回答者も同じように自分の研究経験に肯定的であったが、回答者の86%が極めて高いレベルの不安を申告しており、その割合は一般集団よりもはるかに高かった。このように類似した調査データが発表されたことがきっかけとなって、キャリア初期の研究者の心の健康と福祉にテーマを絞った初の国際会議が2019年5月に開催され、会場は満席になった。

多くの大学院生が満足感を得ているのに、不健康な学生が増えているというのはどういうことなのだろう。1つの手掛かりが、Nature の調査の別の質問にあった。いじめを受けていると申告した回答者が全体の5分の1を占め、ハラスメントや差別を受けていると申告した回答者も5分の1を占めていたのだ。

大学が講じている対策の有効性が高まっていることは間違いない。しかし十分に有効なものではないらしい。精神衛生上の懸念があると申告した回答者のうち、4分の1は所属機関の支援があったと答えたが、3分の1は外部の助けを求めざるを得なかったと答えた。

満足感を得ている学生が健康を害するほどのストレスを受けている理由がもう1つある。多くの国々では、キャリアの成功が、論文の出版や被引用数、研究助成金や研究の影響力を含むさまざまな評価基準によって判断されることが多くなってきているのだ。キャリア初期の仕事は不安定な仕事となる傾向がある。研究者が前進するためには、研究テーマの基本を学ぶことに加えて、上記の評価基準に関して高いレベルを達成する必要がある。

博士課程学生のほとんどは、学術キャリアの基礎として博士課程に進学する。こうしたキャリアを選ぶ理由の1つは、自由と自律性を持って発見と発明ができることにある。問題が発生するのは、発明と発見における自律性が損なわれたときあるいは失われたときなのだ。こうした状況は、大学の正式な監視・評価制度に研究助成金や影響力、論文の出版に関する目標が組み込まれることで起こる。また、学生の指導教員も、大学の成功や失敗を同様の評価方法で判定するようになると、多くの学生が自分の弱点や精神衛生上の懸念について心を開けないと感じるのも当然のことだ。

学内での精神衛生上の支援を充実させることは、それ自体非常に重要な施策だが、唯一の解決策ではない。精神の不調は研究業績の計測を過度に重視した結果であることを認識することも解決策なのだ。こうなったことの責任は、研究助成機関や研究機関、学術誌と出版社の全てが負わなければならない。

研究の世界における仕組みを全面的に見直して、成功をよりよく定義する方法については、研究者に門戸が開かれている多くの非学術的なキャリアを奨励することを含めて、数多くの文書において論じられている。しかし、現場では、現在の仕組みによって若者が病んでおり、私たちの助けを必要としているというのが実情だ。研究コミュニティーが次世代の研究者を保護し、力を与える必要がある。研究風土の全面刷新がなければ、次世代の研究者はいなくなってしまうだろう。

翻訳:菊川要

Nature ダイジェスト Vol. 17 No. 2

DOI: 10.1038/ndigest.2020.200242

原文

The mental health of PhD researchers demands urgent attention
  • Nature (2019-11-14) | DOI: 10.1038/d41586-019-03489-1