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細胞を保護する強力なシステムが明らかに

Nature ダイジェスト Vol. 17 No. 2 | doi : 10.1038/ndigest.2020.200237

原文:Nature (2019-11-28) | doi: 10.1038/d41586-019-03145-8 | A powerful cell-protection system prevents cell death by ferroptosis

Brent R. Stockwell

フェロトーシスと呼ばれるタイプの細胞死を防ぐメカニズムが発見されたことで、生体膜の至る所に存在する保護的な成分の再生システムが明らかになり、抗がん剤の標的となる可能性がある。

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SCIEPRO/SCIENCE PHOTO LIBRARY/Science Photo Library/Getty

1956年12月3日、生化学者のFrederick Craneは、ウシの心臓から精製された黄色い物質を初めて検出した。その心臓はマディソン(米国ウィスコンシン州)のオスカーマイヤー肉処理工場から入手したものだった1。Craneは、ウィスコンシン大学(同マディソン)のDavid Green研究室で、自らが発見したその油性物質を調べているときに、金鉱を掘り当てた。彼は細胞内のエネルギー産生に極めて重要な役割を持つ脂質分子を見つけたのだ。しかし、いくつかの手掛かりから、その分子には別の機能もあるのではないかと考えられていた。今回、これまで解明されていなかったその役割が、ヘルムホルツセンターミュンヘン(ドイツ)のSebastian Dollら2とカリフォルニア大学バークレー校(米国)のKirill Bersukerら3によって発見され、それぞれNature 2019年11月28日号の693ページ688ページに報告された。Craneの発見から63年、失われていたパズルのピースがようやく見つかったのだ。

Craneは自分の特定した分子を分析している際に、構造的にあるビタミンと似ていることに気付き、当初はビタミンQ10と命名された。この分子は、呼吸(ATPを作り出すエネルギー産生過程)にとって重要で、細胞内のエネルギー産生のほとんどを担うミトコンドリアで働く。その後、この分子は、ミトコンドリアだけでなく、細胞内のほとんど全ての脂質膜中に存在していることが分かった。

そこでこの分子は、その偏在性と、キノンと呼ばれる化学構造を含んでいることにより、ユビキノンと改名された。ユビキノンは現在、コエンザイムQ10とも呼ばれている。しかし、ミトコンドリア外での機能は謎のままだった。

一方、2012年に、それまで知られていなかったタイプのプログラム細胞死が報告された4。フェロトーシスである。過酸化と呼ばれる脂質修飾によって細胞膜が傷つくと、この鉄依存性経路によって細胞は死ぬ(図1)。フェロトーシスはさまざまな過程と関連付けられてきた。例えば、変性疾患や、気候変動に関連した熱ストレスにより起こる植物への損傷、キラーT細胞による腫瘍細胞の除去といった免疫系の天然の機能、などに関与すると考えられてきた5-7。実際、特定の腫瘍細胞に異常が生じると、フェロトーシスが起こりやすくなる可能性があり、いくつかのがんに対してフェロトーシスを利用した治療アプローチが開発されている。

図1 細胞死を妨げる経路
Dollら2とBersukerら3は、FSP1タンパク質がフェロトーシスと呼ばれる細胞死からヒト細胞を保護することを明らかにした。また、ユビキノンのこれまで知られていなかった役割も明らかになった。ユビキノンは脂質膜の他、ミトコンドリア膜にも含まれていて、ATPの産生を助けている1。両研究チームは、FSP1が細胞膜中のユビキノンを標的として、還元型ユビキノン(緑色)であるユビキノールに変換させると報告している。脂質の過酸化(赤)によって細胞膜が損傷を受けると、フェロトーシスが起こる。ユビキノールは過酸化を抑制してフェロトーシスを防ぐ。脂質過酸化とフェロトーシスを妨げることが知られている別の経路8では、タンパク質GPX4とグルタチオンを必要とするが、FSP1はその経路とは独立に働く。 | 拡大する

フェロトーシスの際に起こる細胞膜の損傷は、GPX4タンパク質が小ペプチドのグルタチオンと協同で働くことにより防ぐことができる8。GPX4は、過酸化が引き起こす脂質損傷に対抗し、抗酸化特性を与える。結果として、GPX4を阻害して細胞からグルタチオンを枯渇させるアプローチが、最近、抗がん戦略の候補として研究されている9。2016年にフェロトーシスを誘導する化学物質FIN56が開発され、GPX4とグルタチオンを介した修復以外にも、フェロトーシスから細胞を保護する別のメカニズムが存在する可能性があることを示唆する手掛かりが得られた10。FIN56は、ユビキノン生成の上流で働くメバロン酸経路と呼ばれる代謝経路を障害して、細胞を殺すことが分かった。さらに、ユビキノンと類似した合成化合物イデベノンを細胞に補充すると、FIN56による細胞死が防がれた。これによって、FIN56はユビキノンを枯渇させることで働くことが示唆された10。この先行研究から、ユビキノンは通常、フェロトーシスから細胞を保護するために働くのではないかという疑問が生じた。しかし、FIN56はユビキノンとGPX4の両方を枯渇させてしまうので、決定的な結論を導くことは難しかった。

DollらとBersukerらは、細胞はGPX4の非存在下でもフェロトーシスから自身を守る方法を持つという仮説を立てた。これは常識から逸脱した考えだった。フェロトーシス研究の短い歴史の中で、GPX4はどのような状況下でもフェロトーシスを防ぐのに不可欠だという定説が確立していたからだ。それにもかかわらず、この2つの研究チームは、フェロトーシスを防ぐ別の機構を探索した。両チームは、in vitroで培養されたヒト細胞を分析し、GPX4の非存在下で、何らかの成分がフェロトーシスを防ぐかどうかを調べた。そして彼らは独立に、ferroptosis suppressor protein 1(FSP1)と命名されたタンパク質をコードする遺伝子(以前はAIFM2と呼ばれていた)を特定した。

興味深いことに、DollらとBersukerらは、FSP1がユビキノールと呼ばれる還元型ユビキノンを補充することを発見した。ユビキノールは、フェロトーシスを誘導する脂質過酸化を防ぐことで保護的に作用する。追加実験で、ユビキノンのFSP1に依存する修飾が、ミトコンドリア以外の場所でフェロトーシスから細胞を保護する働きをすることが明らかになった。保護作用のあるユビキノールを作り出すFSP1の役割は、重要な再チャージの過程なのかもしれない。

FSP1を介する過程が明らかになったことで、FSP1阻害剤が、抗がん治療薬となり得る可能性が示唆された。DollらとBersukerらは、多くの培養ヒトがん細胞株間でのフェロトーシスに対する抵抗性のレベルは、細胞内のFSP1量と相関することを発見した。つまり、FSP1量の調節には臨床的意義がある可能性が示唆される。また、FSP1活性を促進させる薬剤が、フェロトーシスに起因する変性疾患の治療に役立つかどうかを調べることも価値があるだろう。今回の2つの最新研究は、フェロトーシスの謎はこれからも生物学研究と治療に役立つ重要な手掛かりをもたらし続けることを明確に示唆している。

(翻訳:古川奈々子)

Brent R. Stockwellは、コロンビア大学生物科学学部、化学学部、ハーバート・アービング総合がんセンター(米国ニューヨーク)に所属。

参考文献

  1. Crane, F. L. Mitochondrion 7 (Suppl.), S2–S7 (2007).
  2. Doll, S. et al. Nature 575, 693–698 (2019).
  3. Bersuker, K. et al. Nature 575, 688–692 (2019).
  4. Dixon, S. J. et al. Cell 149, 1060–1072 (2012).
  5. Stockwell, B. R. & Jiang, X. Cell Metab. 30, 14–15 (2019).
  6. Hirschhorn, T. & Stockwell, B. R. Free Radic. Biol. Med. 133, 130–143 (2019).
  7. Stockwell, B. R. et al. Cell 171, 273–285 (2017).
  8. Yang, W. S. et al. Cell 156, 317–331 (2014).
  9. Liu, H., Schreiber, S. L. & Stockwell, B. R. Biochemistry 57, 2059–2060 (2018).
  10. Shimada, K. et al. Nature Chem. Biol. 12, 497–503 (2016).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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