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幹細胞療法による傷害心筋の修復は免疫系を介している

Nature ダイジェスト Vol. 17 No. 2 | doi : 10.1038/ndigest.2020.200210

原文:Nature (2019-11-27) | doi: 10.1038/d41586-019-03645-7 | Stem-cell therapies use immune system to repair broken hearts

David Cyranoski

マウスを使った実験では、化学物質でも心機能を回復させられることが分かった。

幹細胞の注入で見られる心機能の改善は、活性化したマクロファージ(写真)によりもたらされている可能性が示された。 | 拡大する

Science Photo Library - STEVE GSCHMEISSNER/Brand X Pictures/Getty

幹細胞療法が心機能を改善させるメカニズムが生物学者によって解明された。研究チームはマウスにおいて、幹細胞が免疫応答の促進を通じて心機能を改善させることを見いだし、さらに、ある種の化学物質でも心筋修復反応を誘発できることを示した。

心筋傷害に対する幹細胞療法は、ある程度の短期的な心機能改善効果がマウスでは認められているものの、ヒトではわずかな治療効果しか得られない。マウスで認められている有効性は、幹細胞が機能的な心筋細胞に分化することによってもたらされると当初は考えられていた。しかし、その後の研究で、幹細胞は心筋細胞に分化していないことが分かってきた。

シンシナティ小児病院医療センター(米国オハイオ州)の心臓血管生物学者Jeffery Molkentinの研究チームは、広く行われている2種類の幹細胞療法が、マクロファージと呼ばれる免疫細胞の動員を通じて心機能を改善させることを見いだし、Nature 2019年11月27日号で報告している1。この動員されたマクロファージが、心筋傷害部位における結合組織の修復を促進するのである。彼らはさらに、免疫応答を刺激するザイモサンという化学物質の投与でも、この修復反応を誘発できることを示した。

この発見は、数十億ドル規模の市場を形成しているヒト幹細胞療法の将来に大きな影響を与える可能性がある。全世界で年間およそ1700万人の命を奪っている心筋梗塞に対する幹細胞療法が、一部の国のクリニックで実施されている(2014年8月号「心臓病の幹細胞療法に対する疑い」参照)。しかし、その治療効果を裏付ける研究結果は少ない2。また、治療に使われる細胞は自己複製能を持たないことが判明し、多くの科学者はそれが真の幹細胞であるとはもはや考えていない。それにもかかわらず、こうした治療を提供している企業やクリニックの多くが「幹細胞療法」という言葉を使い続けているのだ。

流れを変える

Molkentinらは一過性の虚血によって心筋梗塞モデルマウスを作製し、治療に使われている2種類の細胞をそれぞれ心筋傷害部位に注射した。1つは骨髄から採取した単核細胞で、これは幹細胞療法の臨床試験で最も広く使われている細胞の1つである。もう1つは心筋間葉系細胞である。実験の結果、いずれの細胞を注射したマウスの心機能の回復も、プラセボを投与したマウスと比較して有意に優れていることが分かった。

ところが、ザイモサンを投与したマウスでも、細胞を注射したマウスとほぼ同等の心機能回復が認められたのだ。のみならず、ザイモサンの効果は幹細胞療法の効果よりも長く続いた。

幹細胞療法の治療効果が免疫応答を介したものであるという仮説を検証するために、死細胞の断片をマウスに注射してみたところ、やはり心機能の回復が認められた。「注射するのは幹細胞どころか、生きた細胞である必要すらないわけです」とMolkentinは言う。

マクロファージの活性を抑制したマウスを使った実験では、幹細胞でもザイモサンでも心筋修復反応は起こらなかった。

刺激に対する反応

ハノーバー医科大学(ドイツ)の循環器科医であるThomas Thumは、免疫系によって引き起こされる炎症が修復機構を駆動していることを明確に示したという点で、この研究は重要だと話す。

この研究の結果は、心筋梗塞以外の疾患に対する幹細胞療法にも当てはまるはずだとMolkentinは言う。幹細胞療法のあらゆる治療効果は局所における急性の免疫応答に由来するもので、注射した細胞自体の再生能は関係していない可能性が高い、と彼は考えている。

ワシントン大学(米国ミズーリ州セントルイス)の心不全専門医であり免疫学者でもあるKory Lavineは、変形性関節症から神経変性疾患に至る幅広い疾患の幹細胞療法を研究している人たちにとって、この研究はおそらく、治療の効果ではなく体内における免疫細胞の役割に関心を移すきっかけになるのではないかと話す。

それでもなお、真の幹細胞は心血管疾患の治療に役立つ可能性があるという意見もある。実際、ワシントン大学(米国シアトル)の研究者たちは、ヒト胚性幹細胞(ES細胞)由来の心筋細胞がサルにおいて不全心筋の再構築を促進することを報告している3

幹細胞療法に対する関心が薄れるかもしれない別の理由として、幹細胞の作製には多くの費用がかかり、規制当局からの承認取得にも長い期間を要することが挙げられる。「容易に手に入る化学物質がもし使えるのであれば、幹細胞療法よりずっと実用的な治療法になるでしょうね」とLavineは言う。

(翻訳:藤山与一)

参考文献

  1. Vagnozzi, R. J. et al. Nature https://doi.org/10.1038/s41586-019-1802-2 (2019).
  2. Epstein, J. JAMA Cardiol. 4, 95–96 (2018).
  3. Liu, Y. et al. Nature Biotechnology 36, 597–605 (2018).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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