Japanese Author

金星大気にホスフィンか? 地球からリモートセンシングで検出

Credit: ESO/B. Tafreshi (twanight.org)

–– まず、金星と探査の歴史について教えてください。

佐川氏:金星は地球の隣にあり、太陽から約1億800万km(地球と太陽の約0.7倍)の所を公転し、243日の自転周期を持つ岩石からなる惑星です。大きさや密度が地球とほぼ同じために「双子のような惑星」とも言われますが、環境は大きく異なります。一般的な望遠鏡でも、紫外線で見える大気の特徴的な模様や、その模様が動く様子を観察できるため、アマチュアを含めて広く観測されてきました。1960年代後半〜1980年代には、米国とソビエト連邦(現在のロシア。以下、旧ソ連)が競うようにして金星に探査機を飛ばし、気温や気圧、地表温度などを明らかにしました。その後、米国の興味が火星に移り、旧ソ連は資金不足に陥ったことなどで金星探査は下火になっていたのですが、2005年に欧州宇宙機関(ESA)がビーナス・エクスプレス探査機を、2010年に日本が探査機あかつきを飛ばしたことで、第2の金星探査ブームがやってきました。並行して、天体が発する微弱な電波や可視光を捉える技術が発達し、地球からの望遠鏡による観測も盛んになりました。このように、離れた位置から観測することをリモートセンシングと言います。

図1 金星探査機「あかつき」が撮影した金星
金星探査機あかつきに搭載された紫外イメージャによる金星紫外線画像に疑似カラーを合成したもの。この金星画像で青っぽい場所は雲層の上層で二酸化硫黄が比較的少ないと考えられる。この画像ように、金星を紫外線で見ると「横に倒したV字模様」が見える。 Credit: JAXA / ISAS / Akatsuki Project Team

金星には海はなく、大気成分の約95%が二酸化炭素です。その量が極めて多いために地表は90気圧、460℃に及びます。高度50〜70km辺りには硫酸の雲が漂い、金星全体を覆っています。雲は常に、時速400kmもの速さで東から西へと流されています。この雲が太陽光を遮るために、地表は常に薄暗く、光は地球の約10分の1しか届きません。それでも高温なのは、二酸化炭素による温室効果で熱が閉じ込められた状態だからです。

–– 一貫して、金星の大気や気象を研究されていますね。

佐川氏:はい、金星の大気大循環や大気化学について、さまざまな観測手法を駆使して研究しています。金星の大気大循環は、太陽の加熱によるエネルギーや運動量を金星全体に分配し、化学物質を運び、雲を発生させて気象を作り出していますが、金星には「スーパーローテーション(超回転)」というとても不思議な風が吹いていることが分かっています。一般的に、惑星上で吹く風は「自転速度よりも遅い」と予測され、実際に地球の偏西風(風速が秒速数十m)は自転速度の1割前後といった値にしかなりません。ところが、金星の雲は秒速100m(4日で1周する計算)で流れていることが知られています1。大気には粘性があり、地表との間に摩擦が働くので、このような高速の風の存在を説明することができず、大きな謎となっています。また、金星全球を覆う分厚い濃硫酸の雲も、どのようにしてできるのか、よく分かっていません。硫酸の材料としては金星大気中の二酸化硫黄ガスが考えられますが、ビーナス・エクスプレス探査機による測定では、二酸化硫黄ガスの量が時間や場所によって非常に大きく変動しており2、なぜこのような変動が生じるかも未解明です。

このような金星大気の謎を解明するのが、私の研究目的です。例えば、地上の赤外線望遠鏡による観測で、金星大気中の二酸化硫黄ガスの分布を調べることができ、これまでに、赤道域で特に濃くなる傾向があることや、二酸化硫黄量の変化が、同時に観測した水蒸気量の変化と逆相関していることなどを突き止めています3,4。これらの結果を基に、金星大気大循環の数値シミュレーションモデルAFES-Venus5を開発している研究グループとも協力して、金星大気における二酸化硫黄の循環や、濃硫酸の雲の形成メカニズムなどを明らかにしていければと思っています。

–– 電波望遠鏡による観測でも大気の情報が得られるのでしょうか?

佐川氏:はい、得られます。今回の成果は、ハワイのジェームズ・クラーク・マクスウェル望遠鏡と、チリのアルマ望遠鏡で金星を観測して得たものです6。いずれも巨大なパラボラアンテナで天体の微弱な電波(0.5〜1mm前後の波長)を集めて解析する電波望遠鏡です。アンテナの裏には、電波を電気信号に変換する受信機、電気信号を周波数ごとに分ける分光器、分光データを解析して記録するコンピュータなどが配置されています。電波望遠鏡は、産業活動などで発生する電波ノイズや、波長の短い電波が地球の大気に吸収されてしまう現象を回避するために、なるべく人のいない、大気の薄い乾燥した高山地帯に設置されています。

惑星の大気は、大気中に含まれる分子に応じて特定の波長の電波を吸収します。例えば、金星からの電波を分光してスペクトルを分析すると、大気中の二酸化硫黄、一酸化炭素、水蒸気といった分子は特定の波長の電波を吸収するため、前後の波長と比較して電波信号が暗くなる吸収線スペクトルが得られます。つまり、金星から届く電波を分光して大気に吸収されたスペクトルを特定すれば「その分子が何か」を推定できるわけです。化学や生命科学の研究で行われる質量分析の手法に似ていますが、捉える信号が「同定したい物質そのもの」ではなく「同定したい物質に吸収された電波」と、間接的である点が大きく異なります。

「地球大気中の分子による吸収も、金星のものとして測定してしまうのではないか」と思われるかもしれませんが、金星と地球は太陽の周りを同じように回っているわけではないので、金星からの電波は地球から遠ざかりながら、あるいは近づきながら出ていることになります。このときに生じるドップラー効果を使うと、金星大気と地球大気に同じ物質があっても、観測される波長が少しずれるために、金星からのシグナルだけを取り出すことが可能になります。

–– このようにして初めてホスフィンを検出したのですね。

佐川氏:はい、1.123mmでの微弱な吸収線を検出し、これがリンの水素化物であるホスフィン(リン化水素;PH3)による可能性が高いと結論付けました。ホスフィンは、極めて強い毒性と可燃性を持つ無色の気体で、工業分野では半導体をドーピングするためなどに使われています。酸素分子がある環境ではリンが酸素と反応しやすいのでホスフィンとしてはあまり安定して存在できませんが、地球の場合は土壌中の微生物が代謝物として微量を排出し続けているために、大気中分子の10億個に1〜2個というレベルで存在しています。

図2 アルマ望遠鏡による、金星大気スペクトル中のホスフィン吸収線
アルマ望遠鏡で観測された金星電波スペクトルのうち、波長1.123mmの部分を拡大したもの。周辺と比較して電波強度が弱い吸収線としてスペクトルが観測されている。ただし、金星大気からの電波強度が明る過ぎる影響を取り除くための解析が困難であり、今後の検証が必要である。

一方、木星と土星の大気では、ホスフィンが既に検出されています。木星と土星は、水素とヘリウムからなる大気を持つガス惑星で、酸素はほとんどありません。ホスフィンは高温高圧の深部大気で化学合成され、大気循環によって上層部に運ばれていると考えられています。一方、岩石からなる金星では、土星や木星と同じ化学反応でホスフィンが作られることはないと思われます。

今回の研究は、カーディフ大学(英国)で系外惑星の生命探査を進める宇宙生物学者、ジェーン・グリーブス(Jane Greaves)博士が中心になって行ったものです。惑星での生命探査では「水の存在」が指標にされていますが、乾燥、高温、無酸素などの極限環境でも生きられる微生物もいることから、グリーブス博士らは、微生物が代謝の一環で放出するホスフィンに着目しました。ただし、初めから系外惑星を対象に観測するのは難しそうなので、これまでにホスフィンの存在報告のない金星を調べてみようということになったのです。いわば試験的な観測でしたが、思わぬ結果につながりました。

–– 担当されたのはどのような解析ですか?

佐川氏:実は、私がこの国際研究チームに加わったのは、望遠鏡での観測が終わってからのことです。グリーブス博士と面識があり、彼女のチームに金星大気の研究者がいなかったことから声が掛かりました。日本人は私1人でしたが、互いを尊重する一方で、専門外のことでも積極的に議論する姿勢など、多くのことを学ぶ機会となりました。

チリ・アタカマ砂漠の標高5000mにある、アルマ望遠鏡山頂施設。 Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), A. Marinkovic/X-Cam

私が入った時点で、既に分光スペクトルのデータなどが出そろっていました。私は、電波が金星大気中をどのように伝わるかについて、自作の金星大気放射伝達モデルを基に数値シミュレーションを行いました。そして、波長1.123mm前後の電波が、金星大気の高度50~60km周辺に由来することを突き止めました。この高度域には硫酸の雲が存在しており、ホスフィンも、この高度域かそれよりも上空に存在していると考えられます。また、試算により、ホスフィンが金星大気分子10億個のうち約20個を占めるとする結果も得ました。

–– 金星のホスフィンは、どのようにしてもたらされたのでしょう?

佐川氏:そこが最重要にして、最大の謎なのですが、明確な答えはまだ出ていません。グリーブス博士らは、金星大気の上空に微生物が存在し、それらがホスフィンを作り出している可能性も否定していませんが、私個人は、化学合成などの可能性を検討し、それらが否定された場合に生命存在について議論すべきではないかと考えています。ただし、金星大気中に微生物がいる可能性に初めて言及したのはグリーブス博士らではなく、かの有名なカール・セーガン博士で1967年のことです7。それ以降、時々、議論に上がってきています。

今のところ、金星大気中の分子を使ってホスフィンを化学合成できる反応は見当たりません。もしかしたら、雷や地表の火山活動などにより未知の大気化学反応が起きているのかもしれません。論文でも、化学合成の可能性について言及し、最後に「生命存在の可能性も捨て切れない」と書いたのですが、思いがけず、「生命存在の可能性」の部分がクローズアップされて報道される事態となりました。結論は出ていませんが、私たちの論文掲載から数週間で、金星におけるホスフィン生成メカニズムを議論する複数の論文が投稿されています。

強調したいのは、今回の観測結果は非常に微弱なシグナルを取り扱ったものであり、今後は、その解析手法の妥当性などを検証し、観測装置由来の誤差を評価していくことが重要という点です。私自身も、他の赤外線望遠鏡による過去の金星データを見直したのですが、ホスフィンの赤外線の吸収線は見当たりませんでした。矛盾に満ちた状況と言わざるを得ませんが、このように多様な視点で検証していくのが科学研究の正しい道筋だと思っています。

もちろん、電波望遠鏡を用いた再観測も実施していく予定です。コロナ禍で大幅に予定が狂ったほか、金星が太陽の側にある間は望遠鏡が熱で傷んでしまうために観測できないといった問題もあり、すぐに結果は出ないのですが、引き続き努力したいと考えています。

–– ありがとうございました。

聞き手は西村尚子(サイエンスライター)。

Author Profile

佐川 英夫(さがわ・ひでお)

京都産業大学 理学部 宇宙物理・気象学科 教授
2007年に東京大学大学院で博士号を取得後、ドイツのマックス・プランク研究所にてハーシェル宇宙望遠鏡を利用した太陽系天体観測プロジェクトにポスドク研究員として参加。その後、2010年より情報通信研究機構電磁波計測研究所の有期研究員となり、国際宇宙ステーションから地球成層圏の大気微量成分を観測するSMILESプロジェクトに従事した。2014年に京都産業大学理学部へ異動後は、教育活動に従事するとともに、欧州宇宙機関の次期木星探査ミッションJUICEに搭載されるサブミリ波放射計の開発チームに参加するなど、太陽系惑星の研究を続けている。

佐川 英夫

Nature ダイジェスト Vol. 17 No. 12

DOI: 10.1038/ndigest.2020.201222

参考文献

  1. Sánchez-Lavega, A. et al. Space Science Review 212, 1541–1616 (2017).
  2. Marcq, E. et al. Icarus 335,113368 (2020).
  3. Encrenaz, T. et al. Astronomy & Astrophysics 623, A70 (2019).
  4. Encrenaz, T. et al. Astronomy & Astrophysics 639, A69 (2020).
  5. Sugimoto, N. et al. Journal of Geophysical Research: Planets 119, 1950–1968 (2014).
  6. Greaves, J. et al. Nature Astronomy (2020). https://doi.org/10.1038/s41550-020-1174-4
  7. Morowitz H. & Sagan C. Nature 215, 1259–1260 (1967).