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米国大統領選挙、バイデン氏の辛勝に科学者は安堵

Nature ダイジェスト Vol. 17 No. 12 | doi : 10.1038/ndigest.2020.201211

原文:Nature (2020-11-07) | doi: 10.1038/d41586-020-03158-8 | Scientists relieved as Joe Biden wins tight US presidential election

Jeff Tollefson

トランプ氏による反科学政策を軌道修正する機会をつかんだバイデン氏。しかし、分断された国家を継承した彼の前途には困難な道のりが待ち受けている。

ジョー・バイデン氏が第46代米国大統領に就任することが決まった。 | 拡大する

Jim Watson/AFP/Getty

ジョー・バイデン(Joe Biden)氏が第46代米国大統領に就任することが決まり、世界中の科学者が安堵のため息をついた。しかし不安が解消されたわけではない。米国民の半数近くが、科学と科学機関の土台を崩すような行動を繰り返してきた現職のドナルド・トランプ(Donald Trump)大統領に投票しているからだ。バイデン氏が2021年1月から舵を取る国は政治的対立を抱えており、その仕事は非常に難しいものになるだろう。

ウィスコンシン大学ロースクール(米国)の生命倫理学者Alta Charoは、「我が国の長年にわたる悪夢は終わりました」と、第38代大統領ジェラルド・フォード(Gerald Ford)の有名な1974年の言葉を引用した。これはフォード氏が、前任のリチャード・ニクソン(Richard Nixon)大統領のスキャンダルまみれの任期について語ったものだ。「これ以上の言葉は思いつきません」とCharo。

2020年11月7日、バイデン氏がペンシルベニア州を制し、当選に必要な数の選挙人を獲得すると、米国の主要メディアはバイデン氏の勝利を報じた。いくつかの州ではまだ開票作業が続いていて、トランプ氏とそのチームが訴訟を起こしている中での報道だった。トランプ政権はこれまで、気候変動や移民、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックなどの問題に関して、科学や公衆衛生に悪影響を及ぼす多くの政策を実施してきた。中でもCOVID-19は、トランプ氏が執務室を去る2021年1月までに25万人以上の米国人の命を奪っていると予想される(註:11月19日に25万人を突破した)。バイデン氏が1月20日に大統領に就任すれば、こうした政策を軌道修正する機会が与えられることになる。

研究者たちは、トランプ氏が科学に及ぼした悪影響の多くは修正できると考えている。イスラマバード(パキスタン)在住の物理学者で核拡散問題の専門家であるPervez Hoodbhoyは、トランプ氏の退任により、「世界は食うか食われるかの場所ではなくなり、少しは国際協調が行われ、法律や条約がもっと遵守され、世界の政治が礼節あるものになり、『フェイクニュース』が少なくなり、笑顔が増え、怒りが減るかもしれません」と言う。

バラク・オバマ(Barack Obama)前大統領の下で副大統領を務めた民主党のバイデン氏は、COVID-19を抑え込むために米国の「検査と追跡(test-and-trace)」プログラムを強化し、地球温暖化と戦うために気候変動に関するパリ協定に復帰し、外国人研究者に対する渡航制限およびビザ制限について緩和を約束している。バイデン氏の副大統領候補であるカマラ・ハリス(Kamala Harris)氏は、弁護士で、カリフォルニア州選出の上院議員であり、女性として初めて米国最高の2つの公職のうちの1つに就くことになる。彼女はまた、人種間の緊張に引き裂かれてきたこの国で副大統領に選出される最初の黒人女性であり、最初のアジア系米国人である。

シェフィールド大学(英国)の社会科学者であるJames Wilsdonは、「この4年間をしのいでこられたという事実は、米国の科学の強さと順応力の証明です。バイデン政権からは、長らく必要とされてきた安定と支援を期待することができるでしょう」と言う。

最優先課題

カマラ・ハリス氏は米国初の女性副大統領に就任する。 | 拡大する

Mark Makela/Getty

バイデン氏の最優先課題の1つは、より積極的なパンデミック対策計画を策定することだ。米国では11月6日、COVID-19の1日当たりの新規感染者数が13万人を超え、世界最多記録を更新した(註:11月15日には19万人を超えた)。

トランプ氏はCOVID-19を軽視しようとした一方で、新型コロナウイルスを抑え込もうとする州や地域の努力には費用がかかり過ぎるといって反対してきた。対照的に、バイデン氏のチームはCOVID-19の「検査と追跡」プログラムを増強し、州や地域レベルの当局者と協力して全米でのマスクの義務化を実施し、公衆衛生施設を強化することを約束している。

バイデン氏のチームは「科学に耳を傾ける」ことも約束している。トランプ政権は今回のパンデミックを通じて、米国疾病対策センター(CDC)や米国食品医薬品局(FDA)などの公衆衛生機関の政府の科学者たちを幾度となく、ないがしろにしてきた。バイデン氏が大統領に就任することで、「幅広い政府機関が、ようやく自分たちの仕事をする機会を与えられることになります」とCharoは言う。

バイデン政権は、このパンデミックとの戦いにおいて、他国や国際機関との連絡線も再開する。トランプ氏は2020年7月、「最初にアウトブレイクが始まった中国に肩入れしている」と世界保健機関(WHO)を批判して、WHOからの脱退を通告した。科学外交の専門家でEUの政策顧問であるMarga Gual Solerは、「人類が現在直面している課題に単独で立ち向かうことができる国は1つもないことを、ジョー・バイデンとカマラ・ハリスは理解しています。彼らは科学に基づく重要な国際機関に再加入し、その再編を支援することになるでしょう」と言う。

バイデン氏にとってのもう1つの最優先課題は、トランプ政権が実施した、気候、環境、公衆衛生に悪影響を与える政策の多くを逆転させることだ。

リストの先頭に来るのは、気候変動に関する2015年のパリ協定である。米国は2020年11月4日にこの協定から正式に脱退したが、バイデン氏は大統領就任後の2021年1月にパリ協定に復帰すると述べている。バイデン氏とハリス氏は、クリーンエネルギーを推進し、インフラを近代化し、温室効果ガスの排出を抑制するための2兆ドル(約210兆円)の投資計画も発表している。

バイデン氏の当選は、米国環境保護庁(EPA)の科学者にとって特に重要な意味がある。EPAは、規制を緩め、産業界の影響力を大きくし、汚染を減らして公衆衛生を守るための科学に基づくルール作りを邪魔しようとするトランプ氏から大きな被害を受けてきたからだ。

2018年1月までEPAの大気・気候・エネルギー研究プログラムの責任者を務め、トランプ大統領の在任中に退任することを選んだEPAの数多くのベテラン科学者の1人である毒物学者のDan Costaは、「トランプ政権は組織のDNAを変異させようとしました」と語る。EPAの回復には少し時間がかかるかもしれないが、雲は晴れたと彼は言う。「EPAで働く人々は胸をなで下ろしているでしょう」。

小さな票差

トランプ氏は複数の州で得票数を疑う訴訟を起こしているが、バイデン氏は、接戦になっているいくつかの州での4日以上に及ぶ開票作業の末に、勝利を宣言できるだけの数の選挙人を獲得した。

バイデン氏は声明で、記録的な投票率は、「米国の心の奥底で民主主義が脈打っている」ことを示していると述べた。「怒りや耳障りな物言いは忘れて、1つの国家としてまとまろう」と彼は呼び掛けた。「米国が団結する時が来た。和解の時だ」。一方、トランプ氏は選挙結果を認めておらず、「終わりには程遠い」と言っている。

米国科学者連盟(FAS)の会長で分子生物学者のAli Nouriは、「私はまだ不安です」と言う。「トランプ大統領がどこまで選挙結果を争うつもりなのか、まだはっきりしていません。私たちはこの国で常に民主主義の中核的原理を遵守してきましたが、残念ながら彼はそのいくつかを傷つけてしまったと思います」。

不安は根強い。トランプ氏は在職中に政府の研究者への検閲を行ったり、ないがしろにしたりしただけでなく、折に触れて政敵やメディア、裁判所、選挙制度、およびその他の民主主義的な制度を攻撃してきた。彼のこうした行動がきっかけとなり、選挙運動期間中に科学者たちが米国の民主主義の現状への懸念を表明する声明を起草し、約4000人が署名するという運動も展開された。

多くの科学者はトランプ氏の政策に対する批判としてバイデン氏が大差で勝利し、議会にも「青い波(青は民主党の色)」が押し寄せてバイデン氏の科学アジェンダを推進しやすくなることを期待していた。しかし蓋を開けてみると、実際の票差は予想よりも小さかった。民主党は下院で議席を失ったが、過半数は維持できた。共和党による上院の支配を奪うことはできないかもしれないが、ジョージア州で1月に行われる2議席の決選投票の結果が出るまで最終的な名簿は決まらない。

バイデン氏の当選は、真実や科学や証拠をしばしば無視した大統領の任期が間もなく終わることを意味するが、多くの科学者は、トランプ氏が起こした動きが彼の退任後も米国に付きまとうのではないかと危惧している。

プリンストン大学(米国ニュージャージー州)の「科学と世界の安全保障プログラム(Program in Science and Global Security)」の共同ディレクターである物理学者のZia Mianは、「トランプ氏の政治的敗北は非常に重要です。けれどもこれは、米国における民主主義の礼節に対する、より大きな攻撃を拒絶するものではありません」と指摘する。トランプ氏は真実と平等という主要な価値観を損なったとMianは考えている。真実と平等がなければ「民主的議論は不可能です」と彼は言う。

(翻訳:三枝小夜子)

追加報告は、Davide Castelvecchi、 Heidi Leford、Nidhi Subbaraman およびAlex Witzeによる。

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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