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がんの形はどのようにして決まるのか

Nature ダイジェスト Vol. 17 No. 12 | doi : 10.1038/ndigest.2020.201241

原文:Nature (2020-09-17) | doi: 10.1038/d41586-020-02490-3 | How cancer invasion takes shape

Karolina Punovuori & Sara A. Wickström

異なる遺伝子変異によって発生した皮膚がんは、それぞれ特徴的な組織形態と異なる転帰を示す。悪性度の低い腫瘍と高い腫瘍の構造を解析することで、機械的力がどのようにして腫瘍の形態と転帰を決めているのかが明らかになった。

悪性度の高い、ヒト扁平上皮がん(SCC)組織の顕微鏡写真。 | 拡大する

PansLaos/Moment/Getty

形態と機能の相互関係は生物学の基本であり、多くの疾患の特徴として正常な組織構造の破壊が認められる。組織構造の変化が、がんのような破壊的な疾患の結果にすぎないのか、それとも疾患の進行に積極的に影響を与えているのか、という疑問は古くから提起されている。皮膚がんは、タイプによって異なる特定の遺伝子異常によって引き起こされ、それぞれのタイプに特徴的な腫瘍の形状がある。しかし、そのような構造がどのようにして決まるのか、また、悪性度の低いタイプのがんと高いタイプのがんの転帰の違いにそれぞれの形状が影響を与えているのか否かについては、これまでよく分かっていなかった。今回、ロックフェラー大学(米国ニューヨーク)のVincent F. Fioreら1は、Nature 2020年9月17日号433ページでマウスの皮膚がんの解析を報告し、その中でいくつかの重要な原理を明らかにしている。

表皮と呼ばれる皮膚の外層は、上皮細胞の層で構成されている。表皮の最下層である基底層では、幹細胞が分裂して自己増殖を行い、その上の基底上層を構成する細胞を産生している。各基底上層の細胞は異なる分化段階にあり、最終的な分化段階に至った細胞は死滅して皮膚の表面に層を形成し、絶えず脱落していく。従って、死滅していく細胞を常に補充する必要があり、基底幹細胞は盛んに分裂して分化した細胞を作り続けなければならない。基底幹細胞は寿命が長く頻繁に分裂するため、がんの原因となる変異を獲得しやすく、2つのタイプの一般的な皮膚がんを引き起こす。1つは基底細胞がん(BCC)で、通常は他の組織に浸潤することのない悪性度の低い腫瘍である。もう1つは扁平上皮がん(SCC)で、悪性度と浸潤性がより高い2,3

Fioreらは、マウス胚の皮膚細胞を遺伝子操作して、がんの原因となる変異を導入した。SmoM2遺伝子に変異を導入してソニックヘッジホッグシグナル伝達経路を活性化させたところ、BCCに特徴的な「出芽」状の皮膚形態が認められるようになった(図1)。一方、HRas遺伝子に変異を導入してRAS-MAPK経路の活性化を亢進させた場合は、SCCに見られるような「ひだ」状の皮膚が形成された。どちらのタイプの変異も、がん細胞が周囲の正常細胞よりも活発に増殖する原因となったが、腫瘍環境の機械的特性は2つの腫瘍タイプで大きく異なっていた。

図1 がんの細胞構造の構築
a Fioreら1は、マウス胚皮膚幹細胞のSmoM2またはHRasという遺伝子に、発がんを促進する変異を導入した。変異幹細胞は、細胞外マトリックス分子からなる基底膜と呼ばれる層の上に位置している。
b SmoM2に変異を導入した胚に発生した腫瘍は、基底細胞がんと呼ばれる悪性度の低い非浸潤がんに類似していた。SmoM2変異細胞は基底膜を盛んに産生し、リモデリングの亢進した基底膜は柔軟性に富んでいた。がん細胞が過密になってくると力が発生し、基底膜が押し出されて腫瘍は出芽状の形態となり、非変異細胞との境界に強い張力を生じさせた。
c HRasに変異を導入した胚に発生した腫瘍は、扁平上皮がんと呼ばれる悪性の浸潤がんに類似していた。HRas変異細胞はSmoM2変異細胞と比較して基底膜の産生量が少なく、リモデリングの乏しい基底膜は硬かった。また、ケラチンというタンパク質の産生量が正常な細胞よりも多く、最上層の細胞は角化していた。これら2つの硬い層の間に挟まれた腫瘍は、圧縮力をうまく放散させることができず、波状のひだのような構造となった。Fioreらは、この圧縮力によって基底膜が破綻し、下部組織への腫瘍の浸潤を可能にしているのではないかと示唆している。 | 拡大する

Fioreらは驚くほど幅広い手法を用い、理論的アプローチと実験的アプローチとを組み合わせて、発がんを促進する2種類の変異が、基底膜の産生、ターンオーバー、剛性に異なる影響を与えることを実証した。基底膜とは特殊な細胞外マトリックス分子からなる薄い層で、表皮細胞を真皮と呼ばれる下の隣接区画などの皮膚の残りの部分から分離している。Fioreらの報告によると、BCC様腫瘍では基底膜が盛んに産生されてリモデリングが亢進しており、その細胞外マトリックスは剛性が低く、がん細胞により発生した力によって変形しやすいという。対照的に、SCC様腫瘍では基底膜の産生が少なく、リモデリングが乏しいため細胞外マトリックスは比較的硬かった。

BCC様腫瘍が増殖すると、急速に分裂を続けるがん細胞塊がもたらす圧縮力が表皮と基底膜を変形させ、腫瘍の出芽が形成された。一方、SCC様腫瘍では、増殖し続ける細胞塊により発生した圧縮力が硬い基底膜に作用しても、同じような組織の変形には至らず、腫瘍は波状のひだを形成した。重要なこととして、Fioreらは、実験的に基底膜の性質を変化させてリモデリングの亢進した状態を模倣すると、腫瘍の形状はひだ状ではなく出芽状になったと報告している。

Fioreらは、細胞の収縮性と張力を生み出すアクチンタンパク質とミオシンタンパク質の分布が、2つの腫瘍タイプで異なっていることを見いだした。BCC様細胞では、がんと隣接する正常な組織との間の細胞境界に強い張力が発生していたが、SCC様細胞ではそのような境界張力は観察されなかった。しかし、意外なことに、この違いが腫瘍の形状を決める決定的な要因となっているわけではなかった。SCC様腫瘍におけるHRas変異は、このがんの特徴としてケラチンタンパク質を正常よりも高いレベルで産生させ、皮膚の最外層の細胞の硬化を引き起こした。ケラチンに富んだ細胞は基底幹細胞よりも硬く4,5、急速に分裂を続けるSCC様腫瘍細胞は、この硬い最外層と硬い基底膜の間に挟まれることになる。Fioreらは、これら両方の硬い構造が、SCCの形態や構造を決めるために必要であることを示した(図1)。

生物学的構造の形成における機械的力の重要な役割は、上皮組織のさまざまなひだの形成をはじめ、多くの研究で強調されてきた。上皮細胞はアクチンとミオシンに基づいた収縮により、基底膜との間で「綱引き」を行っている。周囲の構造物の機械的特性と上皮細胞が発生する力の大きさに応じて、上皮組織は受動的に折れ曲がるか、能動的にひだを形成することになる6。Fioreらの研究において、非常に興味をかき立てられるのは、これら2つのモデルを統合して「能動的な折れ曲がり」とも言うべきプロセスを記述したことである。「能動的な折れ曲がり」では、細胞が周囲に特定の収縮力をもたらすだけでなく、基底膜の力学的特性にも能動的に影響を及ぼして特定の腫瘍パターンを作り出す。

がんに機械的力が及ぼす効果は、以前にも別のグループによって研究されている。例えば、膵臓の上皮細胞から形成された管状の構造では、管の曲率が、管からがんが内側へ成長するか外側へ成長するかを決める重要な要因となる7。Fioreらの研究における1つの興味深い成果は、発がんを促進する単一の変異が、腫瘍の典型的な構造を作り上げるのに十分であることを発見したことである。

いくつかの疑問が残されている。基底膜の産生量の変化や、多層構造の表皮における剛性勾配の形成に関与しているシグナル伝達機構はどのようなものだろうか? ヒトの腫瘍における変異の発生状況は複雑である。従って、腫瘍の形状を形作る過程に、腫瘍の発生を促進もしくは抑制する別の遺伝子がどのような影響を及ぼすかを評価できれば、興味深い。

別の器官系での先行研究8,9では、物理的な変化が細胞シグナル伝達とどのように統合されるのかについての手掛かりが得られている。ニワトリの羽包構造の発生中には、機械的な圧縮力がβ-カテニンタンパク質の核への移行を誘発し、細胞分化を可能にする転写応答を機能させる8。また、マウスの毛包では、基底膜のリモデリングが、幹細胞の増殖とそれに続く腫瘍形成の制御に必要なWntおよびTGF-βシグナル伝達経路を調節している9。このように、がんにおいては、機械的力が生化学的シグナルのネットワークの中に組み込まれており、そこでは力とシグナル分子が持続的な双方向性のフィードバックを与え合っている可能性が高い。そのようなフィードバックループが存在するとしたら、それが正常組織の発生の場合とがんとでどのような相違があるのかを知ることができれば、興味深いだろう。

特定の腫瘍の構造が機能に及ぼす正確な影響を調べることは、今後の研究の重要なテーマとなるだろう。Fioreらは、組織にかかる力による基底膜の破綻が、おそらくプロテアーゼによる細胞外マトリックスの消化を伴って、SCCの他の組織への浸潤を引き起こしているのではないかと示唆している。腫瘍の構造や基底膜の硬さの変化を、浸潤の初期徴候としてヒトのがんの予後予測に使えるようになるならば、この魅力的な仮説は極めて重要な意味を持つと考えられる。

(翻訳:藤山与一)

Karolina Punovuori & Sara A. Wickströmは、ヘルシンキ大学およびウィフリ研究所(共にフィンランド・ヘルシンキ)に所属、Sara A. Wickströmはマックス・プランク老化生物学研究所(ドイツ・ケルン)にも所属。

参考文献

  1. Fiore, V. F. et al. Nature 585, 433–439 (2020).
  2. Gonzales, K. A. U. & Fuchs, E. Dev. Cell 43, 387–401 (2017).
  3. Sánchez-Danés, A. & Blainpain, C. Nature Rev. Cancer 18, 549–561 (2018).
  4. Miroshnikova, Y. A. et al. Nature Cell Biol. 20, 69–80 (2018).
  5. Seltmann, K., Fritsch, A. W., Käs, J. A. & Magin. T. M. Proc. Natl Acad. Sci. USA 110, 18507–18512 (2013).
  6. Mao, Y. & Baum, B. Dev. Biol. 401, 92–102 (2015).
  7. Messal, H. A. et al. Nature 566, 126–132 (2019).
  8. Shyer, A. E. et al. Science 357, 811–815 (2017).
  9. Morgner, J. et al. Nature Commun. 6, 8198 (2015).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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