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北極域の火災が浮き彫りにする気候変動の負の連鎖

シベリアの火災では2020年、記録的な量の二酸化炭素が大気中に放出された。 Credit: MARK GARLICK/SPL/Getty

2020年夏、北極域では北緯66度33分の北極線(これ以北が北極圏)に沿うように大規模火災が多発した。ツンドラを焼き尽くし、シベリア各地の都市を煙で包み込んだ一連の火災で放出された二酸化炭素の量は、火災シーズンが終わる8月末には2億4400万tに達していた。これは、過去最高を記録した前年の量より35%も多い。科学者たちによると、その一因は、北極域の温暖化に伴い、泥炭地で火災が燃え広がっていることにあるという。

泥炭地は、浸水した植物遺体が未分解のまま時に数千年もの歳月をかけて堆積した土地である。これらは地球上で最も炭素密度の高い生態系で、北方の典型的な泥炭地には、北方林の実に約10倍もの炭素が貯蔵されているという。そのため、泥炭が燃えると、そこに含まれていた太古の炭素が大気中に放出され、気候変動の原因となる温室効果ガスがさらに増えることになる。

世界の泥炭地に貯蔵されている炭素の半分近くは、北極線沿いの北緯60〜70度の範囲に集中している。これが問題なのは、長く凍結していたこれらの泥炭地(永久凍土泥炭地)が地球温暖化によって融解・乾燥すると予想されているからだ。泥炭地の乾燥化は火災のリスクを高め、火災により放出された大量の炭素は温暖化を促進して、さらなる永久凍土泥炭地の融解を招く(「燃える泥炭地」参照)。まさに負の連鎖である。2020年8月に米国科学アカデミー紀要(PNAS)で発表された論文によると、これまで正味の炭素シンクだった北方泥炭地は、最終的には正味の炭素供給源へと転じて、気候変動を一段と加速させる可能性があるという(G. Hugelius et al. Proc. Natl Acad. Sci. USA 117, 20438–20446; 2020)。

燃える泥炭地
2020年夏、北極線に沿って発生した火災は、数百万ヘクタールもの土地を焼き尽くし、過去最大量の二酸化炭素を大気中に放出した。これらの火災の多くは有機物を豊富に含む泥炭地で起こったもので、泥炭が燃えることにより、そこに貯蔵されていた太古の炭素が大気中に放出された。 Credit: SOURCES: COPERNICUS ATMOSPHERE MONITORING SERVICE/EUROPEAN CENTRE FOR MEDIUM-RANGE WEATHER FORECASTS; G. HUGELIUS ET AL. PROC. NATL. ACAD. SCI. USA 117, 20438–20446 (2020)

ロンドン大学経済政治学大学院(英国)の環境地理学者Thomas Smithは、北極域で2019年と2020年に連続して記録的な大規模火災が発生したことは、この転換が既に進行中であることを示していると指摘する。「まさに憂慮すべき事態と言えます」。

ゾンビ火災

北極域における2020年の火災シーズンの始まりは、例年になく早かった。シベリアの高木限界の北側では、火災は通常7月ごろまで発生しないが、この年は5月から燃え始めていたのだ。その一因は、冬と春の気温が例年より高く、火災が起こる条件がそろっていたことにある。また、前年の泥炭火災が冬の間ずっと氷と雪の下でくすぶり続けていて、春の雪解けとともにゾンビのようによみがえった可能性もある。炎の出ない低温の無炎燃焼が、泥炭やその他の有機物(石炭など)の内部で数カ月から数年にわたって持続し得ることは、既に証明されている。

研究者たちが調査を進める中、これまでに得られたデータは事態の深刻さを物語っている。ロシア科学アカデミーシベリア支部スカチェフ森林研究所(クラスノヤルスク)の火災専門家Evgeny Shvesovによると、ロシアの森林火災遠隔監視システムが極東連邦管区とシベリア連邦管区で記録した火災の総数は1万8591件に上り、焼失面積は計1400万ヘクタール近くに及ぶという。これらの火災の大半は、通常なら年間を通して凍結しているはずの永久凍土地帯で発生していた。

一方、欧州委員会のコペルニクス大気監視サービスの科学者たちは、一連の火災で放出された二酸化炭素の量を推定するため、人工衛星を用いて火災の発生場所と強度を調べ、各火災で燃焼したと考えられる燃料の量を計算した(go.nature.com/2zk8wcn参照)。しかし、この分析に携わった欧州中期予報センター(英国レディング)の大気科学者Mark Parringtonは、この見積もり結果も過小評価である可能性が高いと指摘する。泥炭火災は強度が低いため、人工衛星のセンサーで捉えられない場合があるからだ。

泥炭地に潜む「負の要因」

北極域の火災が全球の気候に及ぼす長期的影響の規模は、「燃えたのは何か」で変わる。北方林が火災の後でも比較的早く再生するのに対し、泥炭地の再生には非常に長い時間がかかるからで、結果として、放出された炭素はいつまでも大気中にとどまることになる。

Smithの計算によると、2020年の5月と6月に発生した北極域の火災の約半数が泥炭地で起きていて、その多くが数日間にわたって燃え続けたという。これは、泥炭やその他の有機物を豊富に含む土壌の厚い層が火災の燃料となっていたことを示唆している(go.nature.com/3ip4d3y参照)。

PNAS に掲載された前述の論文では、北半球には400万km2近くの泥炭地があることも明らかにされている。この研究を率いたストックホルム大学(スウェーデン)の永久凍土科学者Gustav Hugeliusは、永久凍土泥炭地はこれまで考えられていた以上に多く、深さも浅いため、融解や乾燥の対象となりやすい状況にあるという。Hugeliusらはまた、泥炭地はこれまで数千年にわたり、堆積しながら炭素を蓄積することで気候の寒冷化に貢献してきたが、今後は大気中に放出される炭素の正味の供給源になる可能性があり、それが今世紀末にも起こり得ることも示している。

シベリアの火災リスクは、気候の温暖化に伴ってますます増大すると予測されている(B. G. Sherstyukov and A. B. Sherstyukov Russ. Meteorol. Hydrol. 39, 292–301; 2014)。だが、多くの基準から見てそうした変化は既に起きている、と話すのは米国立航空宇宙研究所(バージニア州ハンプトン)で北極域の火災を研究している環境科学者のAmber Sojaだ。「予想はもはや現実のものになっています。中には、予想よりずっと速いスピードで進行しているものもあるのです」とSojaは話す。

翻訳:三枝小夜子

Nature ダイジェスト Vol. 17 No. 12

DOI: 10.1038/ndigest.2020.201208

原文

The Arctic is burning like never before — and that’s bad news for climate change
  • Nature (2020-09-10) | DOI: 10.1038/d41586-020-02568-y
  • Alexandra Witze