新型コロナウイルス研究注目の論文(10月)
10月28日
毛皮農場のタヌキがSARS-CoV-2を拡散させる可能性
SARS-CoV-2はタヌキ(Nyctereutes procyonoides)に感染させることができ、タヌキの間で感染を広げることができる。
フリードリヒ・レフラー研究所(ドイツ・グライフスヴァルト市リームス島)のConrad Freulingらは、9匹のタヌキにSARS-CoV-2を意図的に感染させた(C. M. Freuling et al. Emerg. Infect. Dis. https://doi.org/ffzf; 2020)。6匹は数日後に鼻や喉からウイルスを排出し始めた。感染していない3匹を感染した動物の隣のケージに入れたところ、2匹が感染した。目に見えて病気になった動物はいなかったが、わずかに不活発になった動物はいた。
これらの知見は、1400万匹以上のタヌキを飼育している中国の毛皮農場で、気付かないうちにSARS-CoV-2が広がっている可能性があることを示唆している。2002〜2004年に重症急性呼吸器症候群(SARS)のパンデミックを引き起こしたコロナウイルスもタヌキから分離されており、最初にタヌキからヒトにジャンプしていた可能性がある。
10月27日
バスケットボールのスター選手がSARS-CoV-2研究に貢献
米国のプロバスケットボール選手たちが、SARS-CoV-2のライフサイクルの中でほとんど解明されていない段階に関する詳細、すなわち、新たに感染した人の体内での挙動の解明に貢献した。
米国のプロバスケットボールリーグNBAの試合は、4カ月の中断の後、2020年7月に再開された。試合再開の前後に、選手とスタッフは、ウイルス濃度を評価できる高感度のポリメラーゼ連鎖反応(PCR)法を用いたウイルス検査を何度も受けた。この集中的な検査は、まだ症状が出ていなかった感染者と、最後まで無症状だった感染者のウイルス濃度をモニターする貴重な機会を提供した。
ハーバード大学T.H.チャン公衆衛生大学院(米国マサチューセッツ州ボストン)のStephen Kisslerらは、このシーズンに関与した選手とスタッフ計68人の検査結果を分析した(S.M. Kissler et al. Preprint at medRxiv https://doi.org/ffxk; 2020)。調査参加者のウイルス濃度は、陽性と判定されてから約3日後にピークになった。研究者らは、最初に陽性になってから2日以内に2回目の検査を行うことで、その人のウイルス濃度が上昇しているか低下しているかを示せることを発見した。これは、治療の決定に影響を及ぼし得る情報である。なお、この知見はまだ査読を受けていない。
10月26日
数学に基づく戦略がCOVID検査の効率を高める
SARS-CoV-2の「プール方式」検査では、複数の人から採取した検体を1つのバッチにまとめて検査する。このほど大規模な臨床試験により、プール方式の検査は理論的に予測されていた以上に効率がよいことが明らかになった(2020年10月号「プール方式で新型コロナ検査を迅速・安価に」参照)。
エルサレム・ヘブライ大学(イスラエル)のMoran Yassourらは、13万3816人分の鼻咽頭検体を5人分または8人分ずつ1つのグループ検体にまとめて検査を行った(N. Barak et al. Preprint at medRxiv https://doi.org/ffkx; 2020)。あるグループが陽性と判定された場合にはそのグループの全検体の再検査を行い、陰性と判定された場合には再検査は行わなかった。
研究者らはこの手法を用いることで、必要な検査数を、全検体を個別にチェックする場合の4分の1に減らすことができた。この数は予想よりも少なかった。理由は、同じ世帯、大学、介護施設、病院の人は一緒に検査を受ける傾向があり、陽性検体が同じグループ内にある可能性が高いためである。なお、この知見はまだ査読を受けていない。
10月23日
COVID-19治療薬として有望視されている薬物は命を救わない
体の免疫反応を弱める薬物の臨床試験から、この薬物がCOVID-19中等症患者の死を防げなかったことが明らかになり、COVID-19の治療法に関するかつての人気仮説に打撃を与えた。
一部のCOVID-19重症患者では免疫系が過剰な炎症反応を起こしている。このことは、症状の重さと、SARS-CoV-2に対する活発過ぎる免疫防御との間に関連があることを示唆している。この結び付きは、免疫系を刺激するIL-6というタンパク質の濃度の高さと、COVID-19患者の死や人工呼吸器の必要性との関連によって補強されている。
マサチューセッツ総合病院(米国ボストン)のJohn Stoneらは、COVID-19患者の治療にIL-6の活性を阻害するトシリズマブという薬物を用いることで炎症を和らげようとした(J. H. Stone et al. N. Engl. J. Med. https://doi.org/ffjp; 2020)。しかし、243人の中等症患者を対象とする無作為化対照試験から、トシリズマブを投与された患者の死亡数や人工呼吸器が必要になった数は、投与されなかった患者と比較して統計的に有意に減少していないことが明らかになった。ただしこの研究は、より高い検定力を持つ、より大規模な試験でトシリズマブの恩恵が明らかになる可能性を排除するものではない。
10月20日
大学でのCOVID症例と介護施設での死亡をゲノミクスが結び付ける
米国のある学園都市の若者の間でCOVID-19の爆発的なアウトブレイクが発生し、それが周辺のコミュニティーに波及。地元の介護施設で2人の死者が出た。
公衆衛生当局は、以前から、若年成人のSARS-CoV-2感染が地域の高齢者へと容易に広がる可能性があると警告してきた。まさにそのシナリオが、3つの大学がある米国ウィスコンシン州ラクロスで確認された。
ラクロス郡では、大学での対面授業が始まった2020年9月にCOVID-19の感染者が2002人まで急増した。同郡のガンダーセン医療財団のParaic Kennyらは、そのうちの111人のSARS-CoV-2ゲノムを分析した(C. S. Richmond et al. Preprint at medRxiv https://doi.org/fdt3; 2020)。研究チームは、これらの症例の「圧倒的多数」が、9月の最初の3週間に急速に広まった2種類のウイルスバリアントによって引き起こされていることを明らかにした。患者の大半が17〜29歳の若者だった。
若者のクラスターは同じバリアントに感染しており、このウイルスが、大勢の学生が詰めかけた屋内外のパーティーなどの集会で広まったことを示唆している。一方のバリアントは2カ所の介護施設に広まり、8人の施設入居者が感染し、2人が死亡した。なお、この知見はまだ査読を受けていない。
10月19日
SARS-CoV-2の検査結果からアウトブレイクの経過を予測する
特定の町や市で SARS-CoV-2 に感染した人々のウイルス量を利用して、その土地での流行がピークを過ぎたかどうかを評価することができる。
医師たちはSARS-CoV-2への感染の有無を調べる一般的なテストを用いて、感染者の体内のウイルス量の指標である「ウイルス負荷」を測定することができる。ハーバード大学T.H.チャン公衆衛生大学院(米国マサチューセッツ州ボストン)のJames Hayらは、モデル化を用いて、1つの集団のウイルス負荷が集団内のウイルス感染の拡大率と相関していることを示した(J. A. Hay et al. Preprint at medRxiv https://doi.org/ghfm73; 2020)。
流行初期には、平均的な感染者はウイルスに曝露したばかりであるため、ウイルス負荷は高い。流行後期になると、平均的な感染者はウイルスに感染してから長い時間が経過しているため、ウイルス負荷は低くなる。
そこで研究者らは、ある集団の無作為標本におけるウイルス負荷の分布のスナップショットを見れば、その集団の感染者が増加傾向にあるか減少傾向にあるかを明らかにすることができると言う。研究者らはまた、この手法は単純に毎日の症例数をカウントするよりも、COVID検査の実施方法の変更による偏りの影響を受けにくいと付け加える。なお、この知見はまだ査読を受けていない。
10月16日
迅速SARS-CoV-2検査が有効かどうかは場合による
SARS-CoV-2の迅速抗原検査では30分以内に結果が出る。しかし、市場に出回っている検査の全てが同じようにウイルスを検出できるわけではない。
抗原ベースの検査法は、SARS-CoV-2粒子上の特異的な表面タンパク質(抗原)を検出するもので、使いやすく、安価に製造できる。エラスムス大学医療センター(オランダ・ロッテルダム)のMarion Koopmansらは、感度は高いが時間がかかる標準的なポリメラーゼ連鎖反応(PCR)検査によりSARS-CoV-2陽性と判定されている1754人の検体を用いて、市販されている5種類の迅速抗原アッセイを行った(J. van Beek et al. preprint at medRxiv https://doi.org/fdmg; 2020年)。
2種類の最も感度の高い検査では97%以上の検体でウイルスが検出されたが、最も感度の低い検査では約75%の検体でしかウイルスが検出されなかった。
COVID-19の症状のある人はウイルス濃度が高い傾向にあり、今回使われた検体は全て症状のある人から採取したものだった。研究者らは、迅速抗原検査はウイルス濃度が低い人のウイルスの検出にはあまり効果的ではないかもしれないと警告している。なお、この知見はまだ査読を受けていない。
10月15日
SARS-CoV-2は季節の気温変化に無関心
パンデミックの初期段階を調べた研究者らは、春や夏の訪れがSARS-CoV-2の伝播速度をゆっくりにすることはないと言う。 インフルエンザウイルスの体外での生存期間は、暖かくて湿度の高い環境中より寒くて乾燥した空気中の方が長い。そのため、春や夏よりも冬の方が、多くの人に感染する機会がある。しかし、新型コロナウイルスが同様の挙動を示すかどうかを調べる研究からは、もっと複雑な描像が得られた。
ハーバード大学医学系大学院(マサチューセッツ州ボストン)のCanelle PoirierとMauricio Santillanaらは、季節の移り変わりが中国でのウイルスの広がりにどのように影響を及ぼしたか確認するため、2020年1月中旬〜2月中旬にかけて中国で収集されたデータを組み込んだモデルを作成した(C. Poirier et al. Sci. Rep. 10, 17002; 2020)。これらのデータには、COVID-19の症例数、気象条件、および国内旅行に関する情報が含まれていた。モデルでは中国政府によるロックダウンも考慮された。 研究チームは、ウイルスの広がりの変動は中国の寒くて乾燥した地域だけでなく熱帯性気候の地域でも見られ、気象だけではこの変動を説明できないことを明らかにした。
10月14日
SARS-CoV-2と戦う抗体を作る方法は1つではない
いくつかの強力な免疫タンパク質が新型コロナウイルスの細胞への感染を阻止する仕組みが解明された。
中和抗体はウイルス粒子を認識して細胞から排除する。これらはSARS-CoV-2に対する免疫系の攻撃の重要な構成要素であり、有望な実験的治療法である。
カリフォルニア工科大学(米国パサデナ)のPamela Bjormampnが率いるチームは、SARS-CoV-2のスパイクタンパク質(ウイルスが宿主細胞内に侵入する際に足場となるタンパク質)と結合している8種類の中和抗体の3次元形状を決定した(C. O. Barnes et al. Nature https://doi.org/fc8d; 2020)。その構造から、これらの中和抗体は、スパイクタンパク質の細胞接着領域のどの部分を認識するかによって、いくつかのクラスに分けられることが明らかになった。
さらなる実験から、ウイルスの変異により1つのクラスの中和抗体を回避できるようになったとしても、他のクラスの中和抗体は回避できない可能性が高いことが示された。
10月8日
雑多な人々が集まる都市はコロナ禍の長期化に備えるべき
住民同士の結び付きが緊密で、人々が基本的に小規模なコミュニティー内にとどまっているような地域では、SARS-CoV-2は短期間で駆け抜けていく。これに対して、周辺のさまざまな地域の住民が入り交じっていることの多い混雑した都市では、ウイルスは長い時間をかけて拡散し、比較的孤立した地域よりも多くの人々が感染することになる。
オックスフォード大学(英国)のMoritz Kraemerらは、さまざまな規模と人口密度を持つコミュニティーでのSARS-CoV-2の拡散をモデル化した(B. Rader et al. Nature Medicine https://doi.org/fcjk; 2020)。研究チームは、人口密度の高い武漢などの中国の都市と人口密度の低いイタリアの地方での個人の移動と感染率に関する既知のデータを自分たちのモデルの予測と比較することで、モデルの検証を行った。
研究チームのモデルは、人口密度が比較的低く、住民の行動範囲が狭くて隣近所しか訪れないような都市では、COVID-19患者が急増する期間は比較的短いと予想する。これに対して人口密度が高い都市の住民は、田舎の住民よりも長期間、流行に対処しなければならない可能性が高い。
研究者らは、世界310都市にこのモデルを適用し、モンゴルのウランバートルのように人口が比較的均等に分布している都市では、感染者数の爆発的増加は短期間で終わると予想する。しかし、スペインのマドリードのように人口密度の高い都心部では、アウトブレイクは長期化する可能性があるという。
10月6日
親戚と過ごした休日にコロナ感染を広めたティーンエージャー
13歳の少女が最大3週間半にわたって同じ別荘で過ごした祖父母と9人の親族に新型コロナウイルスを感染させたことで、ティーンエージャーがCOVID-19のクラスターの原因となる可能性があることが裏付けられた。
米国疾病管理予防センター(CDC;ジョージア州アトランタ)のNoah Schwartzらの調査によると、少女は2020年6月、SARS-CoV-2の大規模なアウトブレイク時に曝露した。しかし迅速検査で感染していないことを示唆する結果が出たため、その後、少女は13人の親族と一緒に5ベッドルームの別荘に長期滞在した(N. G. Schwartz et al. Morb. Mortal. Wkly Rep. https://doi.org/10.15585/mmwr.mm6940e2; 2020)。 その間、親族はマスクを着用せず、お互いに距離を保ってもいなかった。
やがて、この少女を含む12人にCOVID-19の症状が出て、検査により陽性と診断されたり、COVID-19である可能性が高いと判定されたりした。彼らの滞在中にこの別荘を訪れた別の6人の親族は、屋外にとどまり、距離をとっていた。この6人のうち、コロナウイルス検査を受けた4人は全員陰性で、体調を崩した人はいなかった。
10月5日
インドでの大規模な接触追跡調査から衝撃的な傾向が明らかに
インドのデータを用いて行われたこれまでで最大規模の接触追跡調査によると、新型コロナウイルスによる感染と死亡のパターンは、リソースの乏しい場所と豊かな場所では大きく異なっているという。
カリフォルニア大学バークレー校(米国)のJoseph Lewnardらは、インドのタミル・ナドゥ州とアンドラ・プラデシュ州のCOVID-19患者約8万5000人とその濃厚接触者約60万人のデータを分析した(R. Laxminarayan et al. Science https://doi.org/10.1126/science.abd7672; 2020)。
2つの州のCOVID-19の発生率は40歳以上では年齢とともに着実に減少していて、65歳から年齢とともに増加していく米国とは対照的である。インドでの75歳以上の死亡率は米国に比べて著しく低かったが、研究者たちはその理由について、インドで高齢になるまで生きる人は若くして死亡する人に比べて裕福な傾向にあるからではないかと述べている。
この研究は、人々が自分と同じ年代の人に感染させる可能性が最も高いことも明らかにした。これは特に子どもに当てはまり、子ども同士の付き合いがウイルスの拡散に寄与している可能性を示唆する。
10月1日
急速に拡散中のD614Gバリアントを有するSARS-CoV-2は、高い感染性を示す
広く見られる、ある変異を持つSARS-CoV-2のバリアントは、この変異を持たないウイルスバリアントに比べてヒト細胞やハムスターでの感染性が高い。
2020年2月、COVID-19患者から採取した検体を調べていた研究者たちは、SARS-CoV-2が細胞に感染するために使用するスパイクタンパク質のアミノ酸配列を変化させる変異を検出した。このアミノ酸配列の変異はD614Gとして知られ、2020年春に欧州や北米などで一般的になり、現在は世界中で分離されるウイルスのほとんど全てがこの変異を持っている。
D614Gの変異の影響を調べるため、2つの独立のチームが、この変異を有するSARS-CoV-2粒子を設計した。一方の実験はテキサス大学医学部ガルベストン校(米国)のPei-Yong Shiらが実施し (J. A. Plante et al. Preprint at bioRxiv https://doi.org/fbxz; 2020)、もう一方の実験はノースカロライナ大学チャペルヒル校(米国)のRalph Baricらが実施した(Y. J. Hou et al. Preprint at bioRxiv https://doi.org/fbxx; 2020)。
両チームは、D614Gバリアントが、この変異を持たないウイルスに比べて、ヒト気道組織細胞で、より効率よく複製されることを見いだした。Baricのチームはさらに、SARS-CoV-2の感染研究に用いられるハムスターで、D614Gバリアントの方がより速く拡散することも明らかにした。なお、いずれの知見もまだ査読を受けていない。
翻訳:三枝小夜子
Nature ダイジェスト Vol. 17 No. 11
DOI: 10.1038/ndigest.2020.201110