Editorial

安倍首相退陣後の日本:再出発すべき時

Nature ダイジェスト Vol. 17 No. 11 | doi : 10.1038/ndigest.2020.201145

原文:Nature (2020-09-08) | doi: 10.1038/d41586-020-02540-w | Japan after Abe: research needs a fresh start

退陣した安倍晋三首相を引き継ぐ者は、科学における多様性と外交、および科学に対する規制の改善を推進する必要がある。

2020年8月28日に辞任を表明した、安倍晋三首相。 | 拡大する

Kiyoshi Ota - Pool/Getty Images

2012年に安倍晋三が首相の座に戻るまでの日本は、5年間に5人の首相が次々と登場し、先進国の中で経済が大きく低迷していた。それから8年後、在任期間が史上最長となった安倍首相が健康上の理由で辞職したが、日本は政治的に安定した。しかし、経済成長と社会発展の名の下に行われた安倍首相の改革の成果は功罪相半ばだ。科学、特に生物医学研究を通じて経済を活性化させる政策が積極的に実施されたが、安倍政権において成長率は上がったり下がったりの状態で、2017年に記録した2.3%(OECD調査では1.7%)を二度と超えることはなかった。

右派政党の自由民主党を率いる安倍首相は、就任時に、科学研究の生産力を高めることを公約とした。全体で見れば、海外の研究者との共著論文を発表する日本人研究者は増えたが、全世界での科学論文の出版に占める日本の割合は数年前から低下している。

日本の研究開発投資額は、対GDP比3.2%で、世界の主要国(G20構成国)の中で最も高いグループに入っている(米国は2.8%)。しかし、こうした研究開発支出の約80%は産業界からのもので、科学に対する投資に占める政府投資の割合は先進国中で低レベルのままとなっている。その一方で、経済成長の構成要素の1つであるイノベーションを科学研究から引き出そうとする安倍首相の政策は、明確な成果を上げていない。

2015年に安倍首相は、日本医療研究開発機構(AMED)を発足させた。これは、米国の国立衛生研究所(NIH)に相当するものだが、NIHよりも研究での発見を臨床応用することに注力している。2018年度のAMEDの年間予算は1266億円だった。

AMEDの業績を判断するには時期尚早だが、政府は既に再生医療の商業化に向けて動き出している。2014年に可決された2つの法律で、企業が幹細胞やその他の再生医療を患者に適用する際に、規制当局の承認を迅速化することが可能になった(2019年12月号「日本の再生医療政策がもたらすもの」参照)。これを実現するため、日本は、「対照臨床試験という形で厳密かつ明確な証拠を得て幹細胞治療が安全で効果的であることを確認するまでは商業化を許すべきではない」という世界の専門家のコンセンサスに耳を傾けないことにした。国内外で多くの批判があったが、日本政府はこのアプローチを変えていない。

こうした独断的なテクノナショナリズムは目新しいものではなく、むしろ世界で一般的なものになりつつあるように思える。しかし、これは日本の伝統的なやり方ではない。研究者たちは、科学を平和目的と経済発展のためだけに利用しなければならないという考えを貫いてきた。しかし、安倍首相はその再考を求めた。安倍政権の発足後は、防衛費を増額し、平和主義の憲法の改正を目指したが、結局、失敗に終わった。また安倍首相は、軍事利用の可能性のある技術を支援するための基金を立ち上げ、防衛装備庁が監督することにした(2015年8月号「軍の接近を懸念する日本の研究者たち」参照)。

また日本政府は、量子コンピューティング、人工知能、半導体設計などの分野での国際共同研究に制限を設けることを検討している。これは、日本政府が「機密性の高い科学研究」と考えるものの成果が他国、特に中国の研究者と共有されることを阻止するものであり、米国やオーストラリアで実施されている政策と軌を一にする。

こうした措置は、その帰結に対する注意と配慮を十分に払わずに実施されると、日本の研究コミュニティーの国際化という長年の野望に向けた前進を相殺してしまうリスクがある。日本のポスドク研究者や大学院生において、中国出身者がかなりの割合を占めており、日本で学習する交換留学生の40%は中国出身者だ。両国民の懸け橋を築く上で、ささやかな力になってきた科学が、両国間にくさびを打ち込むようなことがあってはならないと思われる。

男女間格差

安倍首相の最も顕著な失政の1つは、日本の職場における性別の多様性を高めるという公約を実現できなかったことだ。5年間にわたる第5期科学技術基本計画(2016~2020年)には、新規採用に占める女性研究者の比率を3割にするという国家目標が掲げられていた。総務省によると、2019年現在、女性研究者は全体の16.6%にとどまっている。そして、この数字はG20諸国の中でも最も低い水準にある。女性研究者は、ドイツでは全体の28%、ロシアでは39.5%、南アフリカでは45%を占めている。

それでは、今後はどうなるのだろうか。日本の政治はコンセンサスの上に成り立っており、日本の政治家は、党派を問わず、現在他国で見られるような「アルファ雄」的な衝動的リーダーシップを取らないと考えられている。コンセンサスは、政治システムにおいて重要で必要な特性であるが、政府が方向転換を望むとき、あるいは方針転換が必要なときに、その実現に時間がかかることも意味している。つまり、次期政権が、安倍首相が決めた道筋から直ちに大きく逸脱することはないということだ。

長い目で見れば、それは日本が進むべき道ではない。日本は、技術に対する規制の迅速化を目指す手法ではなく、多様性とインクルーシブネス、もっとスマートなアプローチによる政府投資、および科学外交を推進することで研究システムをより革新的で回復力のあるものにすべきだと、日本の研究者は次期政権を説得しなければならない。

最近の歴史に照らして見ると、私たちは、非常に憂慮すべき予測不能な時代にあり、国家間の紛争や緊張の脅威が常に存在している。日本は、これまで平和のために科学を推進し、世界を導く光となってきた注目すべき国であり、これからもそうあり続けることを世界が望んでいる。

(翻訳:菊川要)

キーワード

Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

プライバシーマーク制度