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免疫系の謎を突き付けるCOVID-19

SARS-CoV-2(黄色)に感染し、アポトーシスを起こしている細胞。 Credit: NIAID

免疫応答の調節不全やサイトカイン放出症候群、およびその重症の病態であるサイトカインストーム1,2は、過剰な防御応答について説明するのに使われる用語の一部で、COVID-19で重症になる特定の人の重症度に関与すると考えられている。しかし、このタイプの免疫機能障害について正確には分かっていない。このほどエール大学医学系大学院(米国コネチカット州ニューヘイブン)のCarolina Lucasら3は、免疫系についての我々の知識の隙間の一部を埋める成果を、Nature 2020年8月20日号463 ページで報告した。

COVID-19研究の最大の目標は、患者個人の免疫応答を評価し、軽症の症状を示しているが、重症と関連する強力な防御応答の発揮に向かっている人を早期に特定することである。重症化傾向が見られる患者の早期特定が重要なのは、COVID-19を引き起こす重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)の感染者は非常に広範囲の臨床症状を示し、例えば、無症状の人がいる一方で、死亡する危険性のある人や、集中治療室への入院や人工呼吸器の使用が必要な人もいるからである4,5。COVID-19の重症化を予測し得る免疫応答調節不全シグネチャーを持つ患者を特定することで、より集中的な監視が可能になり、感染症の進行を最小限に抑えられると考えられる。

Lucasらは、中等症あるいは重症のCOVID-19で入院した113 人を対象に免疫応答の広範な解析を経時的に行い、SARS-CoV-2に感染していない健康な人を対照者として評価した。その際、血漿中の分子の解析(図1)と、末梢血単核球(CD4 T 細胞、CD8 T 細胞、B 細胞などの免疫系の白血球)の追跡が行われた。この手法は「縦断的研究」と呼ばれ、縦断的という性質により、患者個人を経時的に追跡しない「横断的研究」の解析からは導くことができないと考えられる結論に至ることができる。

図1 COVID-19感染に対する免疫応答
Lucas3らは、中等症あるいは重症のCOVID-19の入院患者から経時的に採取した血液試料を解析した。このような縦断的解析から得られる情報は、重症型のCOVID-19を発症するリスクのある人を予測するための取り組みに役立つ。重症型では、強力な免疫応答を伴うことが多い。
a Lucasらは、中等症あるいは重症の患者に発現するサイトカインと呼ばれる免疫シグナル伝達分子のサブセットを特定した。IFN-αは、このような「コア」サイトカインの1つである。
b 他の特定のサイトカイン(IFN-λなど)の発現レベルが変化したのは主に、COVID-19がより重症になった際であった。
c 炎症を促進するいくつかのサイトカイン(TNF-αなど)のレベルは、鼻腔のウイルス量と相関した。
d ウイルス量は、中等症のCOVID-19患者では時間がたつにつれて減少したが、重症の患者では減少しなかった。
e 抗ウイルス応答に関連しないいくつかのサイトカイン(寄生虫に対する防御に役立ち、アレルギー反応の際に放出されるIL-5など)は、驚くべきことに、重症になった際に発現が上昇した。
f CD4 T細胞およびCD8 T細胞(ウイルスの排除に関与する主要な免疫細胞)のレベルは、中等症あるいは重症のCOVID-19患者では、COVID-19を引き起こすSARS-CoV-2に感染していない健康な人よりも低下していた。なお、グラフは参考文献3のデータに基づいている。

Lucasらは全てのCOVID-19患者で、炎症を促進するいくつかのサイトカインと呼ばれる免疫調節分子(IL-1α、IL-1β、IFN-α、IL-17A、IL-12 p70)のレベルが健康な対照者よりも上昇していることを見いだした。こうした特徴は「コア」COVID-19シグネチャーと考えられる。IFN-λ、トロンボポエチン(血液凝固の異常に関連する)、IL-21、IL-23、IL-33 などのサイトカインは、中等症のCOVID-19患者よりも重症のCOVID-19患者で大きく上昇していた。コアCOVID-19シグネチャーで上昇が見られる分子のいくつかに加えて、重症のCOVID-19において上昇が見られる分子は、COVID-19の重症度と正の相関があることがこれまでに明らかになっている6,7。重症のCOVID-19は、これらの多くの分子の持続的な上昇を特徴とするが、これらの分子のほとんどのレベルは中等症の患者では低下している。その上、重症の患者は、インフラマソームと呼ばれるタンパク質複合体の活性化に関連するサイトカインのレベル上昇を示した。インフラマソームは免疫応答の構成要素で、炎症のドライバーである。また、通常はインフラマソームの過剰な機能を抑制するIL-1Raタンパク質も、そのレベルが上昇していた。重症のCOVID-19においてIL-1Raは、免疫応答を低減させる分子の発現レベルが上昇した希少な例である。

ウイルス感染に対する防御応答に関連する分子は、TH1 細胞と呼ばれるタイプの活性化CD4 T 細胞によって放出されるが、そのレベルは中等症のCOVID-19患者よりも重症の患者の方が高かった。それにもかかわらず、一般的にこれらの分子の発現に関連しているCD4 T 細胞およびCD8 T細胞の血中レベルは中等症あるいは重症のCOVID-19患者でも同様に低下し、リンパ球減少症と呼ばれる状態が生じていた。さらに注目すべきことに、真菌に対する免疫応答に関連するサイトカイン(TH17 細胞と呼ばれるタイプのCD4 T 細胞によって放出される)が上昇し、重症のCOVID-19患者では、この上昇が持続した。線虫などの寄生体に対する免疫応答、あるいはアレルギー反応に関連するサイトカイン(TH2 細胞と呼ばれるタイプのCD4 T 細胞によって放出されるIL-5など)についても同様の事象が観察された。ウイルス制御に関係のない免疫系の部分がウイルス感染によって開始するという発見は予想外であった。また、この発見ほどの驚きはないものの、血液中の炎症性サイトカインのレベル、特にIFN-α、IFN-γ、TNF-α、TRAILは、COVID-19の重症度とは無関係に、鼻腔のウイルスRNAレベルと相関するという知見も得られた。

Lucasらは、患者の末梢血単核球におけるタンパク質の解析から、患者のその後の臨床経過とCOVID-19の重症度に基づき、患者を3つのグループに分けた。一般的に、感染初期の時点で、中等症のCOVID-19が持続した人は、炎症マーカーのレベルが低く、組織修復に関連するタンパク質のレベルが上昇していた。対照的に、重症あるいは極めて重症のCOVID-19に進行した人は、初期の時点(症状が現れて10~15日目)でさえ、IFN-α、IL-1Raに加え、TH1、TH2、TH17細胞応答に関連するタンパク質の発現が上昇していた。これらの結果は、全ての時点における患者集団全体のデータを用いて検証されていて、これらの特徴的な発現パターンが、さまざまな重症度の患者において長期にわたって持続したことが実証された。

この報告から何を学び、何を行う必要があるだろうか? 今回の研究や他の研究から明らかなように、重症COVID-19入院患者の免疫応答は、リンパ球減少症と進行中の炎症に関連する分子の発現を特徴とする8が、これらの分子は軽症あるいは中等症の患者においてもより低いレベルで発現している。異なる重症度のカテゴリー間での免疫応答の差異は、非常に軽症あるいは無症状の人が解析に含まれる場合、さらに明らかである4

次の重要な段階は、COVID-19の極めて初期の兆候が見られる人の試料を解析し、入院が必要な人と必要でない人の縦断的データを比較することだ。重症になる人の一部は、最初に最適な免疫応答が起こらないと見られ、そのためウイルス複製が制御できない可能性がある9。ウイルスが大量に複製されると、次に重症への進行に関与する可能性がある。

さらなる解析から、後に入院や集中治療が必要になる人の予測に役立つ分子を特定する必要がある。重症のCOVID-19が、通常、寄生体に対する免疫応答やアレルギー反応に結び付けられるサイトカインの発現上昇を引き起こす仕組みや、このウイルス感染に対する免疫応答の明らかな異常調節がCOVID-19に固有であるかどうかを理解することも重要である。また、血液中の炎症性分子のこのような発現の変化が、感染部位である気道や肺の細胞でも起こるかどうかも決定する価値があると考えられる。Lucasらが血液試料を解析した理由は、感染した肺から細胞を得る場合にはSARS-CoV-2を含む可能性のあるエアロゾルの生成が引き起こされ危険なためである。

結果が臨床的に有用であるためには、バイオマーカーは測定が容易で、COVID-19の転帰の予測にも使用できるものに絞る必要があると考えられる。これは難しいかもしれない。というのは、Lucasらの研究など、研究において観察されたサイトカイン発現の変化の多くは、集団レベルの解析には有用であるが、各患者の転帰の予測にはそれほど有用ではないからである。特定のサイトカインのレベルは人によって大きく異なるため、異常の印としてサイトカイン発現レベルを基準とすることは困難である。従って、サイトカイン群は、それぞれのサイトカインで患者間のばらつきの程度が異なるが、有用な変化を特定する目的で測定する必要がある。

重症のCOVID-19に進行する過程で感染者を特定することは、患者のケアにおける重要な前進になると考えられる。例えば、ウイルスの複製を直接抑制する治療法など、対象を絞った早期治療が最も必要な患者を正確に選択できる可能性が高まる。このような治療法の特定には進歩があり、有効性と特異性を高めた抗ウイルス薬の開発を続けることは、COVID-19の軽減や、COVID-19パンデミックに関連する死亡率の低下に重要と考えられる。理想的には、そのような薬剤は経口投与である。入院の必要性を減らすことができるからだ。SARS-CoV-2感染に対する免疫応答の解明が進み続ければ、COVID-19の臨床的治療法の改善に役立つと考えられる。

翻訳:三谷祐貴子

Nature ダイジェスト Vol. 17 No. 11

DOI: 10.1038/ndigest.2020.201139

原文

COVID-19 poses a riddle for the immune system
  • Nature (2020-08-20) | DOI: 10.1038/d41586-020-02379-1
  • Stanley Perlman
  • Stanley Perlmanは、アイオワ大学(米国アイオワシティー)に所属。

参考文献

  1. Moore, J. B. & June, C. H. Science 368, 473–474 (2020).
  2. Hirano, T. & Murakami, M. Immunity 52, 731–733 (2020).
  3. Lucas, C. et al. Nature 584, 463–469 (2020).
  4. Long, Q.-X. et al. Nature Med. https://doi.org/10.1038/s41591-020-0965-6 (2020).
  5. Wang, D. et al. J. Am. Med. Assoc. 323, 1061–1069 (2020).
  6. Zhou, Z. et al. Cell Host Microbe 27, 883–890 (2020).
  7. Lee, J. S. et al. Sci. Immunol. 5, eabd1554 (2020).
  8. Zhang, X. et al. Nature 583, 437–440 (2020).
  9. Mathew, D. et al. Science https://doi.org/10.1126/science.abc8511 (2020).