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再開の道を模索する大規模大学

イリノイ大学はCOVID-19対策として、キャンパスの学生などを対象に唾液を使った独自のPCR検査を実施している。 Credit: UNIVERSITY OF ILLINOIS/FRED ZWICKY

2020年8月16日、イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校のキャンパス内の寮に、入寮を待ちわびていた学生たちが大挙して押し寄せた。学部生たちは鍵を受け取る前に、目に涙を浮かべる親をあしらったり、寮の規格外の寸法のマットレスに合うシーツを探したりするだけでなく、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の迅速検査のために試験管に唾液を入れなければならない。それは、これから何回も行うことになる唾液採取の最初の1回にすぎない。同大学は、週に2回、全ての学生と教職員の検査を行うことを計画している。

テキサスA&M大学(カレッジステーション)は8月17日にアメリカンフットボールの練習を開始した。学生たちは既に、アメフトの10試合を含む各種スポーツの2020年シーズンのホームゲームパスを325ドル(約3万4000円)で購入している。同大学のスタジアムには収容人数の半分の5万5000人までしか入場できず、マスクの着用も義務付けられることになったが、開幕初日の9月26日には、スタジアムに詰めかけた多くのファンが同大学の応援歌『Aggie War Hymn』を大合唱した。

今回のパンデミックに対する国家戦略がない米国では、秋学期に学生を大学に戻すかどうか、戻すとしたらどのような形にするかは各大学が決定することになる。多くの大学は独自に見つけてきた専門家に頼っているため、自宅からオンラインで授業を受けるように学生に指示する大学から、全員を大学に来させて週に3回検査を受けさせる大学まで、アプローチは多岐にわたる。キャンパスに来る学生の人数を制限した上で、大学のマスコットのスタンプを押したマスクをさせ、手指消毒剤のボトルも持たせて、キャンパス内の一部の人だけ検査を行うことを計画している大学もある。まるで、数百万人の学生と無数の教員と職員が参加する、組織化されていない巨大な公衆衛生実験だ。

重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)の市中感染が広がり、COVID-19による死者が世界最多となっている米国では、混雑したキャンパスに大勢の大学生を入れることは特にリスクが大きい。インドやブラジルなどの感染率が急上昇している他の大国では、キャンパスの開放はここまで進んでいない。

再開する大学
米国の4年制大学とカレッジのほとんどが再開するが、その多くが授業をオンラインで提供する。 Credit: SOURCE: COLLEGE CRISIS INITIATIVE, DAVIDSON COLLEGE, NORTH CAROLINA

デビッドソン・カレッジ(ノースカロライナ州)の研究プロジェクト「カレッジ・クライシス・イニシアチブ(College Crisis Initiative)」によると、8月18日時点で、米国の1000校以上の4年制カレッジおよび大学が何らかの形で学生をキャンパスに戻すことを予定している(10月中旬には約3000校に増加)。授業の形態は、「完全に対面」が42校、「主に対面」が421校、そして600校以上がオンラインと対面を組み合わせて行うと回答している(こちらも10月中旬には「完全に対面」が114校、「主に対面」が681校、オンラインと対面の組み合わせが2000校以上と増加)(「再開する大学」参照)。

しかし計画は毎日のように変更されていて、対面授業を計画していた多くの大学が、土壇場でバーチャル授業への切り替えを決定したりもしている。ノースカロライナ大学チャペルヒル校(UNC)では学生の間でCOVID-19が大流行したことを受け、学生をキャンパスに戻してから1週間後の8月17日に全ての学部の授業をオンラインに移行すると発表した。

通常に近い形での授業を強く求める学長たちは、学生は大学に戻りたがっていると主張し、5月にNew York Times に意見記事を寄せたノートルダム大学(インディアナ州)の学長John Jenkinsのように、「次世代のリーダーに必要な教育を受けさせることができず、社会にとって価値のある研究や学問を行うことができない」リスクを強調する。ちなみにノートルダム大学は、感染者の急増を受けて8月18日に対面授業を2週間停止することを発表したが、9月2日に再開している。

学生をキャンパスに呼び戻す理由として、大学は教育という大義名分を掲げている。だが一部の専門家は、もっと俗っぽい理由があると指摘する。大学には学生がもたらす金が必要なのだ。ノースカロライナ大学ウィルミントン校の高等教育研究者Kevin McClureによると、米国の大学は、他の多くの国の大学よりも、授業料収入と住居費や食費などその他の学費収入に依存する部分が大きくなってきているという。高等教育コンサルタント会社のシンプソン・スカーバラ(SimpsonScarborough;バージニア州アレキサンドリア)が7月に900人以上の新1年生を対象に調査を行ったところ、40%が大学進学を延期する可能性があり、その分、大学の授業料収入が減少する恐れがあることが分かった。バーチャル授業のみ行うことにした大学では、食堂や寮、ジム、駐車場などの施設からの収入が激減するだろう。大学の学長たちは巨額の予算不足を予想していて、ボストン大学(マサチューセッツ州)では9600万ドル(約100億円)、ウィスコンシン大学マディソン校では1億ドル(約106億円)、カンザス大学(ローレンス)では1億2000万ドル(約130億円)、ジョンズホプキンス大学(メリーランド州ボルティモア)では3億7500万ドル(約400億円)の不足が予想されている。

米国議会はこれまでに、大学やカレッジに対して142億5000万ドル(約1兆5000億円)の緊急支出を割り当てているが、この金額は大学が直面している財政的な穴を埋めるには少なすぎる。それ故、大学を再開して学生をつなぎ留め、寮やカフェテリアを埋めなければという経済的なプレッシャーは非常に大きい。「秋にキャンパスを閉鎖してバーチャル授業に移行してもやっていけるだけの資金を提供されていれば、どの大学もそうしていたでしょう」とMcClureは言う。

試験の前に検査を

テキサスA&M大学は全米最大規模の大学の1つで、約6万4000人の学生が在籍している。同大学学長のCarol Fierkeは8月7日の全体会議で、76%の学生がキャンパスに戻る予定だと述べた。キャンパス内ではマスクの着用が義務付けられる。学生はキュラティブ社(Curative;米国カリフォルニア州サンディマス)から調達したCOVID-19検査を受けることができる。キュラティブ社は検査を大量に実施するために1月に設立された企業で、米国国防総省にも検査を提供している。検査結果は2〜3日で出る。一部の教員は大型のプラスチック製のついたての後ろで授業を行う。

医学部進学課程のCameron Royは状況を楽観視していない。「個人的には、全てのレベルの学校が今年(2020年)はオンライン授業を行うべきだと思っています」と彼は言う。「そうすることで数千人の命を救うことができるでしょう」。彼自身はキャンパスに戻る予定だが、「事態の推移を見ながら」リスク評価を続けるつもりだとしている。

パンデミック対策として、テキサスA&M大学のアメリカンフットボールの試合の観客数は半分に減らされる。 Credit: DANIEL DUNN/ICON SPORTSWIRE VIA GETTY

対照的にジョンズホプキンス大学は、ボルティモアでの症例数が依然として多いことから、全ての対面授業を中止している。同大学のブルームバーグ公衆衛生大学院健康安全保障センターの所長Tom Inglesbyは、同大学の健康諮問委員会の教員メンバーの1人である。彼は対面授業の中止を残念に思っているが、正しい判断だと考えている。彼はまた、米国疾病管理予防センター(CDC;ジョージア州アトランタ)は大して助けにならないので、各大学は独自に判断していると言う。「大学が前に進むべきかどうか、指針となるものは多くありません。最終的な意思決定は各大学に委ねられています」と彼は言う。

コーネル大学(ニューヨーク州イサカ)の学長Martha Pollackは、キャンパスを再開した方が感染者数が少なくなることが数理モデルによって示唆されたとして、大学の再開を発表した。ある調査から、キャンパスの閉鎖を続けた場合も、多くの学生が自宅には戻らずイサカとその周辺で共同生活をすると見られることが判明している。こうした学生から約7200人が感染するアウトブレイクが引き起こされ得ることが、オペレーションズ・リサーチ(運営研究または作戦研究とも呼ばれる)研究者であるPeter Frazierらが作成したモデルで示されたのだ。一方、学生をキャンパスに戻して定期的に検査を受けさせれば、感染者数は1200人に抑えられると予想されるという。

しかし他の人々は、コーネル大学の説明を疑問視している。Inglesbyは、大学は地域の外から来ている学生の希望に合わせて計画を立案するのではなく、自宅に戻るように指示するべきだと指摘し、「意思決定の順番が間違っています」と言う。また、コーネル大学の社会学者Kim Weedenはツイッター上で、根拠とされている調査は感染者数が減少していた春の終わりに実施されたものである上、学生の保護者が調査対象に入っていないと指摘している。「誰が金銭的な負担をするかによって、この問題の捉え方は全く違ってくるかもしれません」とWeeden。

これに対してモデル作成者のFrazierは、学生の多くは既に賃貸借契約を結んでおり、彼らに自宅に戻るように促すのは実効性がないと反論する。また、この秋にキャンパスに来る学生の数は5月の調査結果よりも少ないかもしれないが、彼のモデルは、やはり検査が必要とされるキャンパス内に学生をとどめるのが最も安全であることを示唆しているという。「キャンパスに戻ってくる学生の数が増減しても、オンライン授業を受けさせるより寮生活をさせた方が安全だという結論は揺るがないのです」と彼は言う。

またFrazierは、コーネル大学は学生と教職員の検査を頻繁に行う予定だと説明する。コストを抑えるため、検査はプール方式で行う(2020年10月号「プール方式で新型コロナ検査を迅速・安価に」参照)。「私たちの獣医学研究室は乳牛の伝染病に備えているため、大きな検査能力があるのです」。検査の頻度は曝露状況によって異なる。例えば、食堂サービスに従事する職員は、造園チームの職員よりも頻繁に検査を受けることになるだろう。コーネル大学は学期中にトンプキンス郡内のホテルの客室を1200室押さえており、陽性と判定された人はそのいずれかに宿泊することになる。濃厚接触者の追跡は郡の保健局が行う。

2020年5月、マサチューセッツ州独立大学協会(Association of Independent Colleges & Universities in Massachusetts)の会合に参加した人々がチームを組んで、キャンパスでのCOVID-19の拡散のモデルを作成した。その分析結果は、検査で全ての感染者を検出することはできなくても、学生が2日ごとに検査を受ければ、80日間に短縮した学期の間、アウトブレイクを防げることを示唆していた(A. D. Paltiel et al. J. Am. Med. Assoc. Netw. Open 3, e2016818; 2020)。費用は学生1人当たり約470ドル(約5万円)だ。これを受けて、ハーバード大学(マサチューセッツ州ケンブリッジ)やエール大学(コネチカット州ニューヘイブン)を含む多くの大学が、寮に住む学生を週に複数回検査することを計画している。また、陽性になった学生を隔離し、濃厚接触者を追跡することも計画している。

大学に助言をしている研究者たちは、このモデルは不完全だが、大学再開の決定の指針となる数少ない科学的ツールの1つだと言う。マサチューセッツ総合病院(ボストン)の感染症部門長で、キャンパス内でのCOVID-19の潜在的な広がりを分析する論文の共著者であるRochelle Walenskyは、「臨床試験の予定はありません。モデルを作るしかないのです」と言う。彼女はハーバード大学の再開委員会のメンバーでもあり、「多くの大学の再開委員会に話をしてきました」と言う。

イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校は、5万人の学生と2800人の教員と8200人の職員の全員に対して、週に2回、独自の唾液PCR検査(D. R. E. Ranoa et al. Preprint at bioRxiv https://doi.org/d62z; 2020)を行うことができる。費用は1人当たり10ドル(約1100円)である。学生は「Safer in Illinois」アプリに通知が来たらキャンパス内にある50カ所の検査所の1つに向かう。検査の設計に協力した化学者のMartin Burkeは、「検査所に行って、カードを読み取らせ、試験管に唾液を入れ、ビニール袋に入れれば完了です。結果は3時間以内に携帯電話に通知されます」と言う。検査を受けなかった者はキャンパスの建物に入れない。「今は2020年です。(スペイン風邪のパンデミックが起きた)1918年ではありません。当時の方法論になど戻りたくはありません」とBurkeは言う。「現代科学の驚異的な力を活用するのです。私たちはコロナ禍に打ち勝つことができます」。

カリフォルニア大学バークレー校は、限定的な対面授業を計画している。同大学はこの夏、たまたま公衆衛生研究者のMaya Petersenがテストしていたアプリのおかげで、学部生の間のアウトブレイクを抑え込むことができた。彼女のアプリは、身体症状や新型コロナウイルスに対する不安について毎日質問するというものだが、アプリを通じて手軽に無料検査を申し込めるようになっている。申し込みの際に、事情を詮索されることはない。Petersenはアプリの設計に当たって、HIV感染の制御に関する自分の研究から学んだことを利用したという。その1つが、相手に恥ずかしい思いをさせてはならないということだ。COVID-19の場合なら、ソーシャルディスタンスを保っていなかった学生にそのことを指摘しないなどだ。中立性の高い彼女のアプリは学生の間でヒットし、口コミで広がっていった。そして、フラタニティー(学生社交クラブ)のパーティーを中心とするアウトブレイクの発見と封じ込めに役立った。「クラスターはありましたが、学生たちはお互いに話し合い、この研究について教え合いました。大勢の学生がそうしたのです。彼らは相談し合って病院に行きました」。

カリフォルニア大学アーバイン校では、国防高等研究計画局(DARPA)の助成金を受けて開発を進めていたシステムを使って、キャンパスの管理者が建物内の混雑具合を監視する。学生の携帯電話やノートパソコンが建物内のWi-Fi信号を検索すると、「探索イベント」が生成され、これを使って各エリアの人数を推定する。ダッシュボードは管理者に過密状態を警告し、管理者は看板を設置したり、備品を移動させたり、学生に注意したりして対処する。将来的には、COVID-19患者と同じ空間にいる学生に警告を出すようになるかもしれない。

このシステムはIPアドレスやその他の識別情報を削除するが、自分のデータを収集されることを好まない学生はオプトアウト(ユーザーの求めに応じて個人情報の提供を拒否すること)ができる。プロジェクトを率いるコンピューター科学者のSharad Mehrotraは、大学がCOVID-19の広がりを抑えるのに役立つだろうと期待している。「パンデミックが始まり、ロックダウンが行われたとき、状況に対処する責任は主として政府にありました」とMehrotraは言う。「世の中が再開に向けて動き出すと、責任はコミュニティーが負うことになります。そして個人や組織も責任を負うようになるのですが、組織にどのような役割が果たせるかは、まだはっきりしていません」。

一部の教員は再開計画に不満を持っていて、そのことを公表している。8月10日に対面授業を開始したUNCの30人のテニュア教員は、7月30日に地元の新聞に公開書簡を発表して、学生にキャンパスに来ないように求めていた。書簡には、「あなたは、自分自身や仲間の学生、教員、キャンパスで働く多くの職員、チャペルヒルやカーボロの住民、そしてあなたの家族や愛する人を守るために、自宅にとどまらなければなりません」と書かれていた。

前述の通り、UNCは対面授業の再開から1週間でオンライン授業への移行を発表した。オンライン授業に移行する前、UNCの寮の収容率は60%だったが、その後、多くの学生が退寮した。マスクの着用が義務付けられ、検査を受けられるようにはなっていたが、その対象がリスクの高い人々や症状のある人、感染者と接触した疑いのある人に限られていたことが、キャンパス内の感染拡大を抑えられなかった理由の1つとなった可能性がある。

多くの学生が対面授業を求める主な動機をなくすためか、学生をキャンパスに戻す計画のほとんど全てに①マスクの着用、②ソーシャルディスタンスの保持、③パーティーなどの集まりの禁止が明記されている。8月11日には、大学アメフトの主要なリーグであるBig TenとPac-12の2つが、この秋は試合をしないと発表した。多くの人がこの発表を、ほとんどの大学スポーツが少なくとも2021年春まで延期されることの前兆だと解釈した。

一部の研究者は、学生がどれだけアプリをダウンロードしたり、誓約書に署名したりしても、非公式の集まりやキャンパス外のパーティーを阻止するのは難しいと考えている。人生で最も社交的な時期にある若者に規則を遵守することを期待するのは果たして現実的なのか、多くの人が疑問に思っている。シンプソン・スカーバラ社が調査を行った学生のうち、「10人以上が参加するような交流イベントやパーティーは避ける」と回答した学生は60%未満だった。

McClureは、この秋がどのような事態になるのか、強い懸念を抱いている。「人々にこれだけ高いレベルのコンプライアンスが求められている状況を、私自身は経験したことがありません」。

翻訳:三枝小夜子

Nature ダイジェスト Vol. 17 No. 11

DOI: 10.1038/ndigest.2020.201116

原文

Millions of students are returning to US universities in a vast unplanned pandemic experiment
  • Nature (2020-08-27) | DOI: 10.1038/d41586-020-02419-w
  • Emma Marris
  • Emma Marrisは、米国オレゴン州クラマスフォールズ在住のフリーランスのライター。