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量子揺らぎが巨視的物体の位置を変える

Nature ダイジェスト Vol. 17 No. 10 | doi : 10.1038/ndigest.2020.201043

原文:Nature (2020-07-02) | doi: 10.1038/d41586-020-01914-4 | Quantum fluctuations have been shown to affect macroscopic objects

Valeria Sequino & Mteusz Bawaj

重力波検出器による精密測定を本来の限界を超えて改善する方法が報告された。また、量子揺らぎは巨視的物体の位置を変えることができることが示された。

光は、非常に精密な測定のためのプローブとして使うことができる。しかし、光の量子的性質により、測定の精度には本質的な限界がある。マサチューセッツ工科大学(米国ケンブリッジ)のHaocun Yuらは、LIGO(レーザー干渉計重力波観測所;米国ルイジアナ州リビングストン)で行った実験で、この限界を超えることに成功したとNature 2020年7月2日号43ページで報告した1。さらにYuらは、巨視的な、40kgの質量の物体への量子揺らぎの効果を室温で測定したことを報告した。揺らぎは素粒子の大きさに匹敵するスケールで起こるので、これは驚くべき結果だ。

重力波は、宇宙の最も大規模なイベントの一部によって生じる。重力波が引き起こす小さな距離変化を測定するため、干渉計と呼ばれる、特別に敏感な検出器が使われている。LIGO干渉計の場合、長さ4kmの2本のキャビティ(アーム)の両端にキログラム質量の試験物体(鏡)がある。各対の鏡は、光キャビティ(光共振器)と呼ばれる構造を成している。試験質量は、外部からの雑音を減衰させるため、振り子からつり下げられていて、これは検出する重力波信号の周波数よりもずっと小さい周波数でのみ振動できる。レーザー光は2つのビームに分けられ、それぞれ別のアームに送られてキャビティ両端の鏡の間で反射される。ビームがキャビティを出ると、再び一緒になって干渉パターンを作り、その分析から重力波の証拠が得られる。

光は電磁放射であり、光の場の最低エネルギー量子状態は真空と呼ばれる。真空は完全な空っぽではない。真空は量子揺らぎを含んでいて、それが光波の振幅と位相の測定で不確定性を生む。これらの不確定性は、ハイゼンベルクの不確定性原理によって大きさが決まっている。

真空の揺らぎは、光を使う精密測定に雑音をもたらす。光の位相の測定における揺らぎはショット雑音を起こし、光の振幅の測定における揺らぎは輻射圧雑音を作る。この2つは合わせて量子雑音と呼ばれ、ごく小さな力と変位の測定の精度を制限する。自然に生じる量子状態を使って達成できる測定の最高精度は標準量子限界(SQL)と呼ばれる。

SQLは、物体の位置と運動量を同時に無限の精度では測定できないとするハイゼンベルクの不確定性原理の直接の結果だ。電磁場は2つの振動成分のセットとして数学的に記述できる。1つの成分は波の振幅に、もう1つは波の位相に関係し、両者の揺らぎもハイゼンベルクの不確定性原理に従う。しかし振幅と位相の測定精度は、2つの成分の不確定性の大きさが相関関係にあるなら大きく改善できる(図1)。そうした相関は、LIGOのような、つるされた干渉計の中を光が進むときには自発的に生じる。つるされた干渉計は光波の出力場の位相を測定し、この位相は入力真空場の振幅揺らぎと位相揺らぎの両方に影響される。この相関をポンデロモーティブ効果という2。装置の検出応答は周波数に依存し、振幅揺らぎの効果は検出帯域の低周波数領域で顕著で、位相揺らぎの効果は高周波数領域で顕著だ。

図1 重力波検出器の1つのアームにおけるポンデロモーティブ効果による光スクイージング
重力波検出器は、両端に鏡がある長さ4kmの光キャビティから成る。鏡は振り子からつるされている。光はスクイーズ(圧搾)されていない状態でキャビティに入り、光の位相と振幅に関する量子揺らぎは互いに相関していない。循環する光の輻射圧で鏡の振動運動が生じ、キャビティ内の光の位相のずれを起こし、振幅と位相の量子的相関を作る(ポンデロモーティブ効果)。このため、キャビティを出る光はスクイーズされている。この例では、位相の不確定性は減り、振幅の不確定性は増えた。Yuらは、この効果で重力波検出器の測定精度を上げ、標準量子限界を超えることができることを示し、さらに輻射圧雑音(光が鏡に及ぼす力の微小な変化)が鏡の運動に寄与することを示した1。 | 拡大する

振幅と位相の不確定性の相関がある光は、スクイーズされている(スクイーズド)という。ハイゼンベルクの不確定性原理は、スクイーズド光状態でも成り立つが、不確定性の1つが減少すると、もう1つは増える。スクイーズド光を実験で使い、相関したパラメーターの1つの不確定性を減らすことができる。スクイーズド真空というスクイーズド光の特別なケースは光の平均振幅がゼロのときに生じる。

位相の不確定性がスクイーズされている位相スクイーズド光が、LIGO3とVirgo4(イタリアのカーシナにある重力波検出器)でショット雑音を減らすために使われてきた。ポンデロモーティブ効果は、実験室でピコグラムからマイクログラムスケールの鏡の力学的運動を使って実証されてきた5,6。Yuらは今回、ポンデロモーティブ効果がLIGO干渉計の光キャビティで起こることを確かめた。さらに、ポンデロモーティブ効果をスクイーズド真空状態とともに使い、キャビティの鏡の位置の測定において量子雑音をSQL以下に減らすことができるかを調べた。

Yuらは、2つの条件でLIGO干渉計の中の雑音を測定した。一方は干渉計の出力ポートにスクイーズド真空状態を注入し、もう一方は注入しなかった。そしてデータの感度曲線をプロットした。感度曲線は検出器内の雑音レベルを表し、検出できる最小の重力波信号を信号の周波数の関数として示す。これにより、古典(非量子)雑音をデータから差し引けば、レーザービームの位相の不確定性と鏡の位置の不確定性は、SQLを下回る、結合した量子雑音を作ることが明らかになった。だからYuらは、2つの基本的な点を実証した。光の量子揺らぎは巨視的な物体(40kgの鏡)に測定可能な力を及ぼすことと、こうした擾乱に対応する量子雑音はSQL以下にまで減らすことができることだ。

測定の主な障害の1つは熱揺らぎだ。熱揺らぎは鏡の運動を引き起こして重力波検出器の主たる雑音源の1つになる。このため、これまでの実験の一部では、量子雑音をSQLを超えて減らすために低温条件が必要だった7,8。今回、Yuらの測定が室温でなされたことは見事だ。

Yuらは、量子非破壊技術(量子系をかき乱さずに量子系の測定を繰り返し行う方法9)が、重力波検出器で使えることを初めて実験的に示した。現在、重力波検出器は、雑音の低減に位相スクイーズド真空状態を使っているが、干渉計の鏡がもたらす相関は考慮していない。この方法は、100Hz以上で検出帯域上限までの周波数の重力波信号でのみ、感度を改善する6。これに対してYuらの技術は、広帯域の検出性能を改善する可能性がある。

より高い感度が達成されたら、現在検出可能な重力波よりも多くの重力波が検出される可能性がある。雑音抑制の今後の研究によって、重力波検出器がSQL以下の性能を備えるエキサイティングな時代がやって来るだろう。

(翻訳:新庄直樹)

Valeria Sequino & Mteusz Bawajは、Valeria Sequinoは、フェデリコ2世ナポリ大学と国立核物理学研究所ナポリ支所(ともにイタリア)に所属、Mateusz Bawajは、ペルージャ大学と国立核物理学研究所ペルージャ支所(ともにイタリア)に所属。

参考文献

  1. Yu, H. et al. Nature 583, 43–47 (2020).
  2. Corbitt, T. et al. Phys. Rev. A 73, 023801 (2006).
  3. Tse, M. et al. Phys. Rev. Lett. 123, 231107 (2019).
  4. Acernese, F. et al. Phys. Rev. Lett. 123, 231108 (2019).
  5. Kronwald, A., Marquardt, F. & Clerk, A. A. N. J. Phys. 16, 063058 (2014).
  6. Di Pace, S. et al. Proc. Gravitational-wave Sci. Technol. Symp. 2019. http://dx.doi.org/10.5281/zenodo.3569196 (2020).
  7. Møller, C. B. et al. Nature 547, 191–195 (2017).
  8. Teufel, J. D., Lecocq, F. & Simmonds, R. W. Phys. Rev. Lett. 116, 013602 (2016).
  9. Braginsky, V. B., Vorontsov, Y. I. & Thorne, K. P. Science 209, 547–557 (1980).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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