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森林破壊と種の絶滅がパンデミック発生リスクを高める

Nature ダイジェスト Vol. 17 No. 10 | doi : 10.1038/ndigest.2020.201010

原文:Nature (2020-08-07) | doi: 10.1038/d41586-020-02341-1 | Why deforestation and extinctions make pandemics more likely

Jeff Tollefson

研究者たちは、生物多様性と新興感染症の関連性を理解し、その情報を活用して将来の集団発生を予測して食い止めようと努力を重ねている。

森林破壊を抑制することで、将来のパンデミック発生のリスクを減らすことができると専門家は言う(写真はコンゴ盆地の熱帯雨林)。 | 拡大する

Brent Stirton/Getty Images

人類がインフラ整備のために森林を伐採して生物多様性が減少すると、COVID-19のような感染症のパンデミックが発生するリスクが高まる。以前から多くの生態学者がそのように推測していたが、この仮説を裏付ける報告がNature 2020年8月20日号398ページに掲載された1。論文著者の1人であるロンドン大学ユニバーシティカレッジの生態系モデル研究者Kate Jonesは、「私たちは何十年も前から警告してきましたが、誰も注意を払いませんでした」と語る。

人類による開発と生物多様性の減少が感染症の集団発生につながることを示す報告が増えてきている。Jonesらによる6つの大陸における約6800の生態学的集団の分析も、その証拠を提示している。しかし、感染症の新しい集団発生がどこで起こるかを予測するには不十分だ。

Jonesは、土地利用や生物多様性と新興感染症との間の関連性を長年にわたり詳細に調べ上げてきた代表的研究者の1人である。これまで彼女たちの研究はほとんど注目されてこなかったが、世界中がCOVID-19パンデミックに喘いでいる今、世界各地において感染症の集団発生が起こるリスクを可視化し、どこで発生する可能性が最も高いかを予測する試みが脚光を浴びることになった。

2020年7月27〜31日、生物多様性および生態系サービスに関する政府間科学政策プラットフォーム(IPBES)の主催で、生物多様性の減少と新興感染症の関連性に関するオンラインワークショップが開催された。9月末に米国ニューヨークで開催が予定されている国連サミットでは、各国政府の間で生物多様性の保全に向けた新たな合意がなされるものと予想される。IPBESが目指しているのは、それに先立って、この関連性の根底にある科学的事実について専門家による判断を得ることだ。

より広範にわたる一連の行動を求める声もある。7月24日にはウイルス学者、経済学者、生態学者を含む学際的な科学者グループが、各国政府は森林破壊を抑制し、危険な病原体の宿主となり得る(しばしば希少な)野生動物の売買を伴う取引を規制することで、将来のパンデミック発生のリスクを減らすことができると主張する論文をScienceに発表した2

新しい感染症の蔓延を防ぐための取り組みの多くでは、ワクチンの開発、患者の早期診断と隔離が重視されがちだが、それは根本的な原因に対処せずに対症療法に終始しているようなものだと、IPBESワークショップの議長を務めた非政府組織EcoHealth Alliance(米国ニューヨーク)の動物学者Peter Daszakは言う。病原体の伝播における生物多様性の役割を研究する必要性が、COVID-19により明確になったとDaszakは話す。

Jonesの研究チームによる今回の論文は、行動することの正当性を裏付けるものだとDaszakは言う。「生物多様性を保全して健康リスクを低減させるために、行動を変えるための方策を私たちは模索しているところです」。

高まるリスク

重症急性呼吸器症候群(SARS)や鳥インフルエンザなど、動物からヒトへ伝播する感染症の集団発生が、この数十年増加傾向にあることがこれまでの研究で明らかになっている3,4。未開発の地域に人類が進出したことでヒトと野生動物や家畜との接触機会が増えたことが、この現象の直接の原因と考えられている。このような相互作用は、自然環境の変化のために動物と出会う機会が多くなる人類進出の最前線で、より頻繁に起きている。

しかし、過去10年間で生じた最も重要な問題は、未開発地域への人類の進出に伴う生物多様性の減少が、動物からヒトへ伝播する病原体の宿主動物を増加させているのではないかということだ。Jonesらの研究5は、生物多様性の減少は通常、少数の種(ヒトへ伝播する病原体の宿主であることが多い)が多数の種に取って代わる結果となるため、多くの場合、答えはイエスであることを示唆している。いくつかの種が絶滅に瀕しているとき、生き残って繁栄する傾向のある種(例えばネズミやコウモリ)は、ヒトにも感染する可能性のある潜在的に危険な病原体の宿主となりやすい。

このような野生動物の市場は多くの人々の生活を支えている(写真はインドネシア・バリ島の市場)。 | 拡大する

AMILIA ROSO/THE SYDNEY MORNING HERALD VIA GETTY

Jonesらのチームは今回の分析のために、原生林から農地、都市に至るまで、世界中で行われた数百件の生態学的研究から320万件以上もの記録を集めた。分析の結果、ヒトへ伝播する病原体の宿主となることが知られている種(コウモリ、齧歯類、各種の霊長類など、143種の哺乳動物を含む)の個体数は、自然環境が都市型に近づき生物多様性が減少するにつれて増加していることが分かった。

「生物多様性が脅かされている地域では感染症の集団発生が起こりやすい」という情報を伝える際には注意が必要だと警告する研究者もいる。「率直に言いますが、『この森林は次のパンデミックの発生源になるのでは』と思われて、伐採がますます進められてしまうことを懸念しています」と、持続可能な開発のための活動を行っている非営利団体Earth Innovation Institute(米国カリフォルニア州サンフランシスコ)の設立者である熱帯生態学者のDan Nepstadは言う。生物多様性の保全に向けた取り組みは、森林破壊を引き起こしている経済的・文化的要因や、農村部の貧しい人々が野生動物の狩猟や取引に依存しているという事実に対処することなしにはうまくいかないだろうと彼は話す。

スイスのジュネーブにある世界保健機関(WHO)で緊急事態対応の責任者を務める疫学者のIbrahima Socé Fallも、将来の感染症集団発生リスクを予測するためには、農村部の生態系のみならず、社会的・経済的な状況を理解することが不可欠であることに同意している。「持続可能な開発であることがとても重要です。もし現在のレベルで森林破壊や無秩序な採掘、無計画な開発が続けば、感染症の集団発生は今よりさらに増えることになるでしょう」。

協調的な取り組み

IPBESが近く公表する報告書に含まれると予想されるメッセージの1つは、科学者や政策立案者が農村部をより総合的に捉え、公衆衛生や環境、持続可能な開発に関する諸問題に対して協調的に取り組む必要がある、というものだ。COVID-19パンデミックを受けて、多くの科学者や自然保護活動家が野生動物の取引を規制するよう力説してきた。COVID-19の発生源となった中国では、野生動物の取引が年間200億ドル(約2.1兆円)と推定される市場規模を持つ産業となっているが、現在は一時的に取引を停止している。しかし、この産業は狩猟、畜産、土地利用、生態学などが絡む大きなジグソーパズルの1ピースでしかないと、Daszakは指摘する。

「生態学者は感染症研究者、公衆衛生従事者、医師と協力して、環境の変化を追跡し、病原体がヒトへ伝播するリスクを評価し、リスクを高めるような人間活動を制限させるべきです」と彼は言う。

Daszakも著者の1人として名を連ねるScienceの論文2では、森林伐採や野生動物取引の規制や、野生動物や家畜に由来する新興ウイルス感染症の集団発生の監視、予防、制御に政府が予算を投じることで、COVID-19のような将来のパンデミックのリスクを大幅に減らすことが可能だと論じている。こうした取り組みにかかる費用は年間約220億~330億ドル(約2.3兆〜3.5兆円)と見積もられるという。必要な総予算はCOVID-19パンデミック対策費として概算された5.6兆ドル(約590兆円)より2桁も少なくて済む。

Fallは、公衆衛生や動物衛生、環境、持続可能な開発に焦点を合わせた、政府と国際機関による取り組みの方向性を一致させることがカギだと話す。公衆衛生当局と動物衛生当局と環境当局の間で適切な連携がなされるならば、「早期警戒のための立派な仕組みを作り上げることができるでしょう」と彼は言う。

(翻訳:藤山与一)

参考文献

  1. Gibb, R. et al. Nature https://doi.org/10.1038/s41586-020-2562-8 (2020).
  2. Dobson, A. P. et al. Science 369, 379–381 (2020).
  3. Jones, K. E. et al. Nature 451, 990–993 (2008).
  4. Smith, K. F. et al. J. R. Soc. Interface 11, 20140950 (2014).
  5. Faust, C. L. et al. Ecol. Lett. 21, 471–483 (2018).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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