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ミトコンドリアDNAを初めて正確に編集

Nature ダイジェスト Vol. 17 No. 10 | doi : 10.1038/ndigest.2020.201004

原文:Nature (2020-07-08) | doi: 10.1038/d41586-020-02054-5 | Scientists make precise gene edits to mitochondrial DNA for first time

Heidi Ledford

奇妙な酵素のおかげで、致死的な疾患の研究と治療に新たな道が開かれた。

ミトコンドリアは、細胞のエネルギー産生器官である。 | 拡大する

JOSE LUIS CALVO MARTIN & JOSE ENRIQUE GARCIA-MAURIÑO MUZQUIZiStock/Getty

ゲノム編集ツールとして名高いCRISPR–Cas9系でもうまくできなかったことを、細菌の奇妙な酵素が可能にしてくれた。細胞の重要なエネルギー産生装置であるミトコンドリアのゲノムを、狙って変化させることができたのだ。

この手法は、「塩基編集(base editing)」と呼ばれる極めて精度の高い遺伝子編集技術を土台にしている。この手法により、ミトコンドリアゲノムの変異で起こる疾患を研究する方法の開発が可能となり、おそらく治療法の開発も可能になるだろう。この種の疾患はほとんどの場合、母親経由で継承され、細胞のエネルギー産生能力が損なわれる。ミトコンドリアゲノムにある遺伝子の数は核ゲノムに比べてかなり少ないが、それらの遺伝子の変異は、特に神経系や、心筋などの筋肉に害を及ぼし、受け継いだ人々にとって致命的となる場合もある。

しかし、この種の疾患を調べるのは今まで難しかった。疾患原因と同じ変異をミトコンドリアゲノムに有する動物モデルを作製する手立てがなかったからだ。今回報告された手法は、ミトコンドリアゲノムを標的対象として初めて変異を作り出したわけである。「これは実に画期的な進展です」と、マイアミ大学(米国フロリダ州)のミトコンドリア遺伝学者Carlos Moraesは話す。「ミトコンドリアDNAを改変できるようになったことで、これまで取り組めなかった疑問に取り組めるようになるでしょう」。今回の研究成果はNature 2020年7月23日号で発表された(B. Y. Mok et al. Nature http://doi.org/d3gd;2020)。

a 研究チームは、バークホルデリア・セノセパシア(Burkholderia cenocepacia)で見いだした毒素DddAを用いて、ミトコンドリアゲノムを編集するツールDdCBEを開発した。DddAはシチジンデアミナーゼという酵素の一種で、二本鎖DNAを標的とする。DdCBEでは最終的に、シトシンとグアニンの塩基対(C–G)を、チミンとアデニンの塩基対(T–A)に変換する。研究チームはまず、DddAのシチジンデアミナーゼ活性を示す部位DddAtoxを2つに分割して不活化。それぞれに、ウラシルグリコシラーゼ阻害剤(UGI)と、ミトコンドリアマトリックスにあるDNAの特定配列にUGIを誘導するためのTALEタンパク質、ミトコンドリアマトリックスにこのツールを送り込むためのシグナルペプチド(Mitochondrial targeting sequence;MTS)を付加した。
b DdCBEがミトコンドリアに取り込まれるとMTSは失われる。ミトコンドリアマトリックスに到達したTALEタンパク質は、ミトコンドリアDNA上の特定配列に隣接して結合する。すると、2つに分割されていたDddAtoxは互いに結合する。活性を取り戻したDddAtoxは、標的であるシトシン(C)をウラシル(U)に変換する。通常、UはDNAから除去されるが、UGIタンパク質により、編集された塩基はDNA複製が起こるまで保護される。DNA複製が行われると、Uはチミン(T)に置換され、アデニン(A)と対を形成する。 | 拡大する

MAGOMET AUSHEV & MARY HERBERT NATURE 583, 521–522 (2020).

ツールボックスの拡充

CRISPR–Cas9系の登場で、研究者はさまざまな生物でゲノムを好きなように調整できるようになった。ただしCRISPR–Cas9系では、編集したいDNA領域にCas9酵素を向かわせるためにガイド役のRNA鎖を使う。そのため、CRISPR–Cas9系は細胞の核内にあるDNAにはうまく機能するが、膜で包まれたミトコンドリアにそうしたガイドRNAを送り込むことはできない。

2018年後半、ブロード研究所(米国マサチューセッツ州ケンブリッジ)の化学生物学者David Liuは、大陸の反対側、西海岸から1通の電子メールを受け取った。シアトルにあるワシントン大学の微生物学者Joseph Mougousが率いるチームが、奇妙な酵素を発見したというのだ。その酵素は、細菌バークホルデリア・セノセパシア(Burkholderia cenocepacia)が作る毒素で、DNAの塩基シトシン(C)に出合うと、それをウラシル(U)に変換する。Uは通常はDNAに存在しないが、チミン(T)のように振る舞うので、細胞のDNAを複製する酵素群はUをTとしてコピーする。このため、ゲノム塩基配列中のCは高効率でTに変換されることになる。

Liuは以前、塩基編集で同様の酵素を使ったことがあった(2018年1月号「4種の塩基置換に対応した『一塩基エディター』」参照)。塩基編集では、CRISPR–Cas9系の成分を使って1個のDNA塩基を別の塩基に変えることができる。しかし、シチジンデアミナーゼと呼ばれるそれらの酵素は、通常は一本鎖DNAにしか作用しない。ヒト細胞のDNAは、互いに巻きついた二本鎖となっている。そのため、Liuがそれらの酵素を作用させるには、ヒト細胞DNAを切断して、二重らせんをほどいた一本鎖状態のDNA領域を作り出す必要があり、Cas9酵素に依存せねばならなかった。Cas9酵素の働きは、Cas9をガイドするRNA鎖に依存するので、この手法でミトコンドリアゲノムに到達するのは不可能だと考えられた。

Mougousのチームが新たに見つけたDddAと呼ばれる酵素も、シチジンデアミナーゼの仲間ではあるが、二本鎖DNAを切断するためのCas9酵素に頼ることなく、二本鎖DNAに直接作用することができた。このため、DddAはミトコンドリアゲノムに到達させるのに適しているだろうと、LiuとMougousは判断した。

ただし、DddAをゲノム編集ツールとして使うために、Liuはまず、「この野獣を飼いならす」必要があった。二本鎖DNAを改変する能力によって、この酵素は致命的な作用も及ぼすからだ。もしこれが解き放たれると、遭遇した全てのCを変化させてしまうだろう。そうなるのを防ぐため、チームはこの酵素を二分割し、正しい向きで一緒になった場合にだけDNAを変異させられるようにした。チームは次に、DddAがどのDNA塩基配列を変化させるかを制御するため、二分割したDddAのそれぞれに、ゲノム内の特異的部位に結合するよう改変したタンパク質を連結した。

疾患を探る

今回の研究成果が臨床に応用されるまでの道のりは、まだまだ長いとLiuは釘を刺す。彼のチームの当初の研究では、CRISPR–Cas9系の遺伝子編集でよく見られるようなオフターゲット作用によるDNA変化が、DddAによる編集だとほとんど見られなかった。しかし、今後さまざまな細胞種で研究を重ねる必要があるとLiuは話す(Nature 2020年7月16日号332ページ参照)。

DddAを使うこの手法で、最終的に、ミトコンドリア病の予防や治療に使われている既存の手法を補完できるかもしれない。既に一部の国では、卵または胚の核を、健康なミトコンドリアを含むドナーの卵もしくは胚に移植する、ミトコンドリア置換と呼ばれる方法が使えるようになっている(2016年8月号「ミトコンドリア置換に治療効果がない可能性も?」参照)。

細胞にはミトコンドリアゲノムが数千コピー含まれる場合もあり、それらのゲノムの一部には疾患に関連する変異が含まれないことも多い。この事実を利用して、ミトコンドリア変異の修正を試みる研究も行われている(2015年7月号「欠陥ミトコンドリアを破壊し、疾患を防ぐことに成功」参照)。Moraesや他の研究者らは、ミトコンドリア内に進入して有害変異部位のDNAを切断する酵素を開発中である。ミトコンドリアは多くの場合、切断された部位を修復せず、損傷したDNAを単に分解するだけなので、DNA切断によって結果的にミトコンドリアゲノムの変異コピーが大きく減り、最終的には正常コピーがミトコンドリア内で再び増えることになるだろう。

ミトコンドリアに該当遺伝子の正常コピーが十分に存在しなくても、今回報告された新しい手法によって有害な変異を修正することができるだろうと、ケンブリッジ大学(英国)のミトコンドリア遺伝学者Michal Minczukは話す。「これは素晴らしい前進です」。

(翻訳:船田晶子)

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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