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プール方式で新型コロナ検査を迅速・安価に

Nature ダイジェスト Vol. 17 No. 10 | doi : 10.1038/ndigest.2020.201014

原文:Nature (2020-07-10) | doi: 10.1038/d41586-020-02053-6 | The mathematical strategy that could transform coronavirus testing

Smriti Mallapaty

一部の国では、多くの人から採取した検体を混ぜて一度に検査する「プール方式」を採用することで、新型コロナウイルスの検査に要する時間とコストを削減している。

複数の人から採取した鼻咽頭拭い液は、混ぜて一度に検査することができる。 | 拡大する

NICOLAS ASFOURI/AFP/GETTY

科学者たちは、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のアウトブレイクを抑え込むには広く検査を実施する必要があるとしている。しかし多くの地域では、診断に必要な薬品が不足している。研究者たちは、より短時間で実施できる簡単な検査を開発しようと急いでいる(Nature 2020年7月23日号506ページ参照)。今、いくつかの国の保健当局が、第二次世界大戦中に初めて提案された「プール方式」という検査戦略を採用し始めている。研究者たちは、大勢の人から採取した検体を混ぜてまとめて検査を行うことで、時間や試薬やコストを削減できると言う。

テクニオン・イスラエル工科大学(ハイファ)のシステム生物学者Roy Kishonyは、「現在の流行状況では非常に多くの患者を検査する必要があるため、プール方式は魅力的な選択肢となっています」と言う。中国、インド、ドイツ、米国では既にプール方式での検査が行われている。

プール方式で検査を行う方法はたくさんあり、いくつかの国の科学者たちがパンデミック時の最善の検査方法を求めて実験を行っているところだ。彼らのアイデアは数学の1分野に由来している。その分野は、例えばクリスマスツリーの電飾の中から壊れたライトを探し出すことから、集団中のHIV感染率の推定まで、幅広い問題に適用されてきた。ノースカロライナ州立大学(米国ローリー)の情報科学者Dror Baronは、「この分野ではにわかに多くの技術革新が起きています」と言う。

始まりは梅毒:方法1と2

最も単純なプール方式の検査は1940年代に経済学者のRobert Dorfmanが兵士の梅毒検査のために提案した方法である。

この方法では、検査を受ける集団の検体(新型コロナウイルスの場合なら鼻咽頭拭い液)を同数ずつグループ分けし、グループごとに検体を混ぜて一度に検査を行う(「プール方式での検査」方法1参照)。陰性となったグループの検査はここで終了し、陽性となったグループについては、全ての検体を個別に再検査する。研究者は、検査を受ける集団内のウイルス感染率に基づいて、最も効率の良い(つまり検査回数が最も少なくなる)グループサイズを推定する。

プール方式での検査
多くの人から採取した検体を混ぜて一度に検査をすれば、時間とコストを削減することができる。研究者たちはプール方式でのさまざまな検査方法を試している。 | 拡大する

SOURCES: METHOD 1: R. DORFMAN ANN. MATH. STATIST. 14, 436–440 (1943); METHOD 3: L. MUTESA, ET AL. PREPRINT AT HTTPS://ARXIV.ORG/ABS/2004.14934 (2020); METHOD 4: MANOJ GOPALKRISHNAN

2020年5月、中国の武漢市当局は、市の人口の大部分を検査する取り組みの一環として方法1を使用し、2週間余りで約1000万人分の検査を実施した。そのうち約230万人分については最大5検体を1グループとするプール方式で検査が行われ、56人の感染者が特定された。

この方法は、感染率が低い場合に最も効率が良くなると研究者は言う。感染者が人口の1%程度なら、グループごとに検査を行ったときに陰性となる可能性が高く、多くの人を個別に検査する必要がないからだ。

テキサスA&M大学(米国カレッジステーション)の情報理論学者Krishna Narayananは、「おそらく、これが最も簡単な方法でしょう」と言う。しかし、第2段階で全ての検体を個別に検査するより効率の良い方法があると彼は言う。

より洗練されたバージョンでは、プール方式での検査を何段階か繰り返して検体の数を絞り込んでから個別の検査を実施する(「プール方式での検査」方法2参照)。

しかし、アフリカ数理科学研究所(ルワンダ・キガリ)の理論生物学者であるWilfred Ndifonは、この方法では各グループの検査結果が出るまでに何時間も待たなければならないと指摘する。「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、急激に進行し、急速に拡大する疾患です。この方法よりもっと早く結果を出せるようにする必要があります」と彼は言う。

多次元化:方法3

NdifonらはDorfmanの戦略を改良して最終的に必要となる検査数を減らす方法を考案し、ルワンダで試験を行うことを計画している。彼らの検査方法の第1段階はDorfmanらの検査方法と同じだが、陽性反応が出たグループの第2段階の検査については、重複したグループに検体を分けて検査を行うことを提案している。

3行3列の正方行列を想像してみてほしい。9つの成分のそれぞれが、1人から採取した検体を表している。各行と各列の検体をそれぞれ1つのグループとして(つまり個々の検体は2つのグループに含まれることになる)、合計6回の検査を行う。もし1つの検体に新型コロナウイルスのRNAが含まれていれば、その検体が含まれる2つのグループの両方が陽性となるため、感染者を容易に特定できる。研究者らは4月30日にarXivサーバーに投稿したプレプリントでこのアイデアについて詳述している(L. Mutesa et al. Preprint at arxiv.org/abs/2004.14934; 2020)。

エディンバラ大学(英国)の理論物理学者で、この論文の共著者であるNeil Turokは、行列の次元を増やせば(例えば正方形を立方体にすれば)、グループのサイズを大きくし、効率をさらに高めることができると言う。

ルワンダ政府のCOVID-19対策委員会のメンバーであるNdifonは、プール方式での検査は、感染者を迅速に特定して隔離するための政府の戦略の一部だと言う。彼らは、自分たちの方法を採用すれば、検査にかかるコストを1人当たり9ドル(約960円)から75セント(約80円)まで削減できると見積もっている。研究者たちは現在、現実的に何人分の検体までなら混ぜても陽性の結果を検出できるかを確認するため、実験室で試験を行っている。ルワンダ大学(キガリ)の遺伝学者で、同じく政府の対策委員会のメンバーである論文共著者のLeon Mutesaは、実験室では100個の検体プールの中から1個の陽性検体を特定できたとしている。

ザールラント大学医療センター(ドイツ・ホンブルク)の分子ウイルス学者であるSigrun Smolaは、プール方式で1グループ20検体までの検査を行っているが、十分な精度を確保するためには、30検体以上を1つのグループにするべきではないとしている。グループのサイズが大きくなるとウイルスの検出が困難になり、陽性を見落とす可能性が高くなるからだと彼女は言う。Smolaはまた、行列の次元を増やす方法も実用的ではないと見ている。「検査技師にこの方法でやってくれと言ったら、『これでは混乱してしまいます。シンプルな枠組みにしてください』と言い返されるでしょう」。

Ndifonのチームは、検体の設置を自動化するソフトウエアの開発を計画しているという。

全部を一度に:方法4

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Camilo Freedman/APHOTOGRAFIA/Getty Images

研究者の中には、新型コロナウイルスのように急激に拡大するウイルスを抑え込もうとするのなら、2段階の検査でさえ工程が多過ぎると言う人もいる。インド工科大学ボンベイ校(ムンバイ)のコンピューター科学者Manoj Gopalkrishnanは、検査技師は第1段階の検査の結果が出るのを待たなければならず、そのせいでプロセスが遅くなってしまうと指摘する。

そこでGopalkrishnanが提案するのが、検体を重複した多数のグループに分けて、1段階の検査で全てを調べてしまうという方法だ。この方法では検査数は多くなるが、時間は短縮できる。ただし、グループが増えると混ぜ合わせる検体数も増え、その分ピペット操作も増えるため、最初の準備には時間がかかる。

Gopalkrishnanのアプローチでは、「カークマンの女学生問題(註:15人の女学生が毎日3人ずつ5組に分かれて1週間散歩に出かけるときに、全員が他の全員と1回ずつ同じ組になるように組分けするにはどうすればよいかという問題)」の数え上げ方法を用いて、検体をグループに分けて混ぜ合わせる。1行が1つの検査、各列が1人の検体を表す1行行列を想像してほしい(「プール方式での検査」方法4参照)。一般的には、全ての検査には同数の検体が含まれ、各人の検体は同じ回数だけ検査を受けなければならないとされている。

しかしNarayananは、1段階の検査で多段階の検査と同等の精度を確保するためには、より多くの検査が必要になると言う。また、1段階の検査では一度に多数の検体を扱うことになるが、その扱いは容易ではないと指摘する。

このプロセスを簡略化するため、Gopalkrishnanらはユーザーに検体の混ぜ方を教えるスマートフォンアプリを開発した。Gopalkrishnanによると、インドのムンバイ、ベンガルール、タラセリーで行われた未発表の臨床試験では、わずか48回の検査で320人のうち5人の陽性検体を特定することができたという。

(翻訳:三枝小夜子)

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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