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エニオンの実験的証拠を観測

Nature ダイジェスト Vol. 17 No. 10 | doi : 10.1038/ndigest.2020.201002

原文:Nature (2020-07-03) | doi: 10.1038/d41586-020-01988-0 | Welcome anyons! Physicists find best evidence yet for long-sought 2D structures

Davide Castelvecchi

エニオンと呼ばれる奇妙な準粒子の存在が実験的に確認された。この成果は、エラーを起こしにくい量子コンピューターの実現につながる可能性がある。

素子に加える磁場(横軸)とゲート電圧(縦軸)の変化に対し、コンダクタンスの変化(青色~赤色)を示したグラフ。この干渉パターンは「パジャマストライプ」と呼ばれ、その不連続なジャンプ(斜めの点線)がエニオンの存在を示している。 | 拡大する

JAMES NAKAMURA & MICHAEL MANFRA

エニオン(anyon)と呼ばれる新奇な粒子の存在を示す、初めての確実な実験的証拠と考えられる研究結果が報告された。エニオンはフェルミ粒子でもボース粒子でもない奇妙な粒子で、40年以上前に予言された。今回のエニオンの確認は二次元の固体素子を使ってなされ、エラーを起こしにくい量子コンピューターの開発につながる可能性がある。

全ての素粒子は、電子などのフェルミ粒子と光子などのボース粒子に分類される。フェルミ粒子の定義となる性質はフェルミ統計という性質だ。2つの同種のフェルミ粒子が位置を交換したとき、その量子力学的な波(波動関数)の位相は180°ずれる。ボース粒子がその位置を交換した場合は波動関数は変化しない。この性質が、同じ状態に入れるか否かという両者の統計的性質の違いにつながる。

エニオンは、フェルミ粒子でもボース粒子でもない。2つのエニオンが位置を交換すると、波動関数の位相は0°でも180°でもないある角度だけずれる。この性質は分数統計と呼ばれ、三次元空間では起こらないが、二次元空間では起こり得ることが予測されていた。分数統計は、エニオンを決定付ける性質だ。

パデュー大学(米国インディアナ州ウェストラファイエット)の実験物理学者Michael Manfraらは今回、この分数統計を示す実験結果を初めて決定的に測定した。彼らの結果は2020年6月にプレプリントサーバーarXivに投稿され1同年9月にNature Physics にオンライン掲載された

今回確認されたエニオンは、準粒子と呼ばれる現象の1つだ。準粒子は素粒子ではなく、固体素子などの多粒子系の励起状態であり、1つ1つは粒子のように振る舞う。既知の準粒子はさまざまなエキゾチックな振る舞いを示す。例えば、マヨラナ準粒子はそれ自身の反粒子だ。

分数統計の証拠

Manfraらのチームは、ヒ化ガリウムとヒ化アルミニウムガリウムの薄い層からなる素子(縦、横約1µm)を作った。この構造は、二次元の中を動くように電子を制限する。Manfraらは、この素子を20ミリケルビンに冷却し、強い磁場をかけた。

このとき、素子では、分数量子ホール効果と呼ばれる現象が起こる。分数量子ホール効果では、電子の3分の1の電荷を持つ準粒子が存在し得る。以前から、この準粒子はエニオンだと考えられてきた。

素子は一種の干渉計だ。エニオンとみられる準粒子は素子の端に沿って流れることができ、その一部は分かれ、素子の端を回るループ状の経路になっている(図b)。ループ内の磁場の効果のために波動関数の位相はずれる。干渉の結果、コンダクタンス(伝導率)を測定すると、素子にかけた磁場と電圧の変化に応じて「パジャマストライプ」と呼ばれる縞模様を描いた(画像)。

一方、波動関数の位相をずらす効果はもう1つある。エニオンが素子の端を回るとき、素子の内部にあるエニオンの周囲を回ることになる。1つのエニオンがもう1つのエニオンの周囲を一周すると、2つのエニオンが位置を2回交換することに相当し(図a)、分数統計により、波動関数の位相はある決まった角度だけずれる。

a 二次元では、2つのエニオン(オレンジ色の円)が位置を2回交換すると、トポロジー的には1つのエニオンの周囲をもう1つのエニオンが一周することに相当する。
b Manfraらの素子(干渉計)の概念図。灰色の部分はヒ化ガリウムで二次元電子系が存在する。紫色は電圧をかける金属ゲート。紙面に垂直な方向に強い磁場がかけられている。エニオン(1)は、オレンジ色の点線の経路(素子の端)に沿って流れる。ループ状の経路の内部にもエニオン(2)が存在する。 | 拡大する

Du R. Nature Physics 16, 899–900(2020).

磁場や電圧の変化によって素子内部のエニオンの個数が変化すると、位相のずれが不連続に変化する。測定されたパジャマストライプには不連続な部分があり(画像)、これは素子の内部でエニオンが出現したり、消失したりしたことを示していると考えられた2。分析から、エニオンによる位相のジャンプはほぼ120°であり、理論的予測と一致することが分かった。

英国のオックスフォード大学の理論物理学者Steven Simonは、「私が知る限りでは、今回の結果は、エニオンの非常に信頼できる観測です。エニオンの決定的な性質を直接に観測しています。つまり、1つのエニオンがもう1つのエニオンの周囲を回るとき、エニオンは分数の位相を蓄積するのです」と話す。

分数統計の証拠が報告されたのは今回が最初ではない。ベル研究所(米国ニュージャージー州マレーヒル)の物理学者Robert Willettは、彼の研究チームは2013年に分数統計の「強い証拠」を得た、と話す3

量子コンピューターに応用

理論物理学者の一部は、これまでの実験での証拠は目覚ましいものだったが決定的ではなかったと話す。ドイツのライプチヒ大学の物性理論研究者Bernd Rosenowは、「多くの場合、1つの実験結果を複数の方法で説明できます。しかし、Manfraのチームが報告した証拠は、確認されれば明白なものです。この実験の説明で、分数統計と関係なく、妥当なものを私は思い付きません」と話す。

今回の研究結果は、エニオンの応用への基礎にもなるかもしれない。Simonらは、量子コンピューターのプラットフォームとしてエニオンを使う方法の精緻な理論を作った。エニオンの対が互いの周囲を回った記憶に情報を符号化できる可能性がある。この記憶は、1つのエニオンがもう1つのエニオンの周囲を回った回数に依存し、その経路の小さな変化に依存しないため、トポロジカル(位相幾何学的)であり、小さな摂動に影響されない。このロバスト(頑健)性のため、トポロジカル量子コンピューターは、エラーを起こしやすい現在の量子コンピューター技術よりも規模拡大が容易かもしれない。

トポロジカル量子コンピューターの実現には、Manfraらが実証したよりももっと高度なエニオンが必要だ。彼のチームは今、素子を再設計している。それでも、エニオンを応用できるまでは遠いと研究者らは警告する。「今回の新たな結果を考えても、(分数量子ホール系の)エニオンを量子コンピューターの強力な候補と考えることは非常に難しい」とSimonは話す。

しかし、エニオンのユニークな物理学は研究する価値がある。「物性理論研究者の私にとっては、エニオンは少なくともヒッグス粒子と同じくらい魅力的でエキゾチックです」とRosenowは話す。

(翻訳:新庄直樹)

参考文献

  1. Nakamura, J., Liang, S., Gardner, G. C. & Manfra, M. J. https://arxiv.org/abs/2006.14115 (2020).
  2. Rosenow, B. & Stern, A. Phys. Rev. Lett. 124, 106805 (2020).
  3. Willett, R. L. et al. Phys. Rev. Lett. 111, 186401 (2013).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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