イネ茎伸長のアクセルとブレーキを担う2遺伝子を発見し、伸長の仕組みを解明!
–– イネで茎伸長研究を続けてこられましたが、そもそも茎とはどのような器官なのでしょう?
芦苅: 高等植物の体は葉、茎、根の3大器官からなり、茎には「葉を作り出す」「葉を支える」「葉が光合成によって作り出した産物や根から吸収した水分や養分を輸送する」といった役割があります。茎の構造のうち、葉が出ている部分を節(せつ)、節と節の間を節間(せつかん)といいます。タケをイメージすると分かりやすいのですが、イネ科植物は節と節間を比較的、容易に区別できます。一方で、多くの植物は節がはっきりしていません。節は、茎から葉が出るたびに、必ず1つ作られます。つまり、「節、節間、葉」が単位となって多数積み重なったものが茎といえます。
イネ、タケ、サトウキビ、オオムギ、コムギなどのイネ科植物の茎は、節間に存在する介在分裂組織で細胞が分裂し、その後細胞が伸長することで茎が伸びます。ただし、イネは茎が長い(草丈が高い)と倒れやすくなって、収穫にも手間がかかるため、約8000年にわたる栽培化の過程で「草丈の低い個体」が選抜され、育種や研究も茎を伸びにくくする方向に進みました。茎伸長についてはジベレリンという植物ホルモンが制御していることが古くから知られており、近年、ジベレリンが細胞でどのように作られるのか、またジベレリンに端を発するシグナルがどのように伝わるのかなどの理解が進みました。ただし、ジベレリンが存在すると茎が伸びる理由については、具体的に分かっていませんでした。
–– 「浮きイネ」というユニークなイネを使われていますが、それが成果のカギだったのでしょうか?
芦苅: はい、そう考えています。浮きイネは、草丈を低くする選抜がかけられなかった例外的なイネで、東南アジアのデルタ地帯など頻繁に洪水が発生する地域でのみ栽培されています。浮きイネも、通常の水位では普通のイネより少し高い1m程度にしかならないのですが、洪水になると節間が1日に25cmも伸び、最大で7m近くにも達します。普通のイネは水没すると呼吸ができず枯れてしまうのですが、浮きイネは、水没し始めるや否や茎を伸ばし、水面より上に出した葉で呼吸します。私たちは、茎が伸びないように育種されてきた普通のイネに加えて、著しい茎伸長を行う浮きイネを使って研究すれば、茎伸長の分子メカニズムの理解がさらに進むのではないかと考えたのです。
2001年以降、浮きイネと普通のイネを対象に、量的形質遺伝子座(Quantitative Trait Loci;QTL)解析とポジショナル・クローニングという手法で研究を進め、今回見つけた2つの遺伝子を含め、茎伸長関連遺伝子をこれまでに5つ明らかにしました。手順はおおよそ、以下のようになります。
まず、親となる「普通のイネ」と「浮きイネ」を交配し、第1代の種子(F1)を得ます。その後、F1を栽培して種子(F2)を得て、F2を大量に栽培します。F1植物は両親から半分ずつ染色体を継承しますが、F2では染色体の組換えが起こるため、普通のイネと浮きイネ由来の遺伝子がランダムでモザイク状に組み合わさった染色体となります。よって、F2植物は1個体ごとに異なる染色体の組み合わせを持つわけですが、それぞれの個体の遺伝子(DNA多型)を調べれば、その染色体がどちらの親由来なのかを明らかにできます。
これらのF2植物を洪水環境で育てると、染色体の組み合わせの違いによって茎の長短がさまざまになります。こうした個体の表現型(茎の長短)とDNA多型(塩基配列の違い)の相関関係を統計解析すると、合計12本あるイネの染色体のどの辺りに茎伸長に関連する遺伝子がありそうかを推定できます。これがQTL解析です。その後、特定されたQTL領域内で組換えを起こした植物をさらに大量に選抜して表現型とDNA多型の相関を調べ、表現型が、染色体のどこの、どの配列によりもたらされているかを詳しく突き止めていきます。これがポジショナル・クローニングです。
永井: 私たちは2007年までにQTL解析を終え、染色体の1、3、12番の計3カ所に、浮きイネの茎伸長関連遺伝子があると推定しました1。その後、ポジショナル・クローニングを行って遺伝子を探し、今回は新たに2つの遺伝子を突き止め、機能まで明らかにできました。
初めに同定したのは、12番染色体にある、スノーケル1(SNORKEL1)とスノーケル2(SNORKEL2)という2つの遺伝子で、2009年のことです2。いずれも、水没した際に浮きイネ内で発生・蓄積するエチレンに反応して発現し、茎伸長を促進する役割を果たしていました。野生のイネで調べてみると、SNORKEL1もSNORKEL2も保持していたのですが、栽培化された普通のイネにはありませんでした。洪水が起こらない地域では不要だからか、あるいは、これらの遺伝子があると水没しなくても草丈が高めになるために、これらの遺伝子を持たないイネを人類が好んで栽培したのでしょう。2018年には、2つ目として1番染色体にあるSD1(SEMIDWARF1)遺伝子を同定し、SD1タンパク質がジベレリンの生合成酵素として働くことを見いだしました3。
–– 今回突き止めたのはどんなことで、どのようにして突き止めたのでしょう?
芦苅: まず、遺伝子が見つかっていなかった3番染色体QTL領域にある遺伝子としてACE1(ACCELERATOR OF INTERNODE ELONGATION1)を同定しました。また、QTL解析結果から12番染色体にはSNORKELに加えて別の遺伝子の存在が示されており、DEC1(DECELERATOR OF INTERNODE ELONGATION1)を新たに同定しました。どちらの遺伝子も、機能まで突き止めました4。
細かいことを言うと、ACE1については2013年に永井君が同定していたのですが、機能を解明するまで論文にせずに研究を進めてきました。今回明らかにできたことをまとめると、以下の通りです。
1.ACE1はジベレリンに反応して茎を伸長させる遺伝子で、DEC1は茎伸長を抑制する遺伝子だった。
2.普通のイネ(ジャポニカ種)を約560種調べたところ、全てでACE1に変異が入って機能していなかった。ただし、普通のイネではACE1に似たACE1-like1が機能しており、浮きイネとは全く異なるタイミングで発現していた。
3.DEC1は通常状態では茎の伸長を抑えるが、発現が減少するとDEC1による抑制が解除されて茎が伸びることが分かった。DEC1は、普通のイネ、浮きイネともに機能しているが、遺伝子発現の減少のタイミングは全く異なっていた。
永井: シロイヌナズのACE1に似た遺伝子は「花芽の形成を促す遺伝子」として既に知られていたのですが、この遺伝子をイネに導入しても茎伸長を促進しませんでした。高等植物ほどACE1の遺伝子重複が多く起きているので、コピーされた遺伝子の1つがイネでは茎伸長を促進し、シロイヌナズナでは花芽の促進に寄与(機能分化)したのではと考えています。今回、普通のイネでACE1-likeが5個見つかり、いずれもACE1に非常によく似た塩基配列でしたが、ACE1とACE1-like1以外の遺伝子の機能は分かっていません。
芦苅: 一連の結果から見えてくるのは、ACE1とACE1-like1をアクセル、DEC1をブレーキ、ジベレリンを燃料に例えることができる、普遍性のある制御システムです(図2)。
浮きイネは、イネが成長し始める時期(早期栄養成長期)にジベレリン(GA)に反応してACE1が発現し、DEC1の発現が抑制されています。こうすることでアクセルが踏まれる一方でブレーキが解除され、燃料を使って節間組織の細胞を一気に分裂させて茎が伸び始めるのです。ちなみにACE1-like1は浮きイネにもあり、花芽を形成する時期(生殖成長期)に発現して、さらなる茎伸長に寄与していました。
一方、普通のイネは、ACE1が変異していて働かないので、早期栄養成長期にジベレリンがあっても茎伸長が始まりません。また、理由は分かりませんが、この時期には浮きイネのようなDEC1の発現抑制も見られません。つまり、アクセルが踏まれず、ブレーキもかかったままなので、燃料があっても節間は伸長しないわけです。ところが生殖成長期に入ると、ACE1-like1の発現が上昇する一方でDEC1の発現量が徐々に減ります。つまり、ブレーキが外れ、アクセルが踏まれることで節間伸長がさらに促されることになります。
以上のことから、普通のイネと浮きイネでは「茎が伸びるタイミング」は異なるものの、それぞれが同じ機序からなるアクセルとブレーキを上手に使って、茎伸長のタイミングを調節していることが示されたといえます。
–– 非常に興味深い成果です。この分野への影響や応用についても聞かせてください。
芦苅: イネの茎は、ジベレリン量の増加があれば必ず伸長するわけではなく、ジベレリンの存在に加えACE1とDEC1という2因子の拮抗的なバランスによって制御されていることを示した点が大きかったと思います。具体的には、茎伸長には、茎がジベレリンに応答できる状態になり、分裂すべき組織が活性化することが必須で、それをACE1とDEC1が拮抗的に制御していると突き止めたことです。
今回の成果は、高い収量性を示す普通のイネに浮きイネの茎伸長能力を加えることで、洪水地域でも栽培可能な育種に応用できると思います。また、サトウキビやソルガムなどの茎を人工的に伸ばすことで、収量を増やす、エタノールの原料などになるバイオマスを増やす、といったことも可能なのではないかと考えています。
–– ご苦労された点は?
永井: ポジショナル・クローニングで遺伝子を突き止めることです。当初、大型タンクにイネを水没させて表現型を計測しており、大変な労力と時間を要しました。その後、水没した際の浮きイネの茎伸長にはジベレリンが関与しており、水没させずにジベレリンを投与することでもポジショナル・クローニングが可能であると思い付きました。この発想を得るまでが非常に苦しかったです。また、ACE1は私が同定してから未報告のまま月日が経っていたので、ライバルに先を越されてしまうかもという不安も常にありました。
芦苅: 一方で、私たちには、研究としては扱いにくい浮きイネを使っている、F2種子を大量に持っている、QTL解析が終わっているなどのアドバンテージがあるという信念もありました。ここまでこぎ着けたのは、永井君と共に覚悟を持って、地道に研究を進めたからだと思っています。
–– 最後に、今後の目標と予定についてお聞かせください。
芦苅: 今回は、茎が伸び始める仕組みの一端を解明したにすぎません。ACE1タンパク質やDEC1タンパク質と相互作用する因子なども探し、どのようにして茎が伸びるかをもっと詳細に解明していきたいと考えています。
–– ありがとうございました。
聞き手は西村尚子(サイエンスライター)。
Author Profile
芦苅 基行(あしかり・もとゆき)
名古屋大学生物機能開発利用研究センター 教授
1999年に九州大学大学院農学研究科博士課程修了。農業生物資源研究所博士研究員を経て、2000年より名古屋大学・生物分子応答研究センター助手。同大学生物機能開発利用研究センター助教授、准教授を経て、2007年より同センター教授。大学院時代から一貫して、イネの茎葉伸長や収量性に関する研究を行っている。
永井 啓祐(ながい・けいすけ)
名古屋大学生物機能開発利用研究センター 助教
2012年に名古屋大学大学院生命農学研究科を満期退学後、同年に名古屋大学博士号(農学)を取得。同大学生物機能開発利用研究センターの特任助教として着任。2019年より、同センター助教。植物の環境適応性に興味を持ち、主にイネの茎伸長による洪水耐性メカニズムの解明に取り組んでいる。
Nature ダイジェスト Vol. 17 No. 10
DOI: 10.1038/ndigest.2020.201028
参考文献
- Hattori Y., Miura K., Asano K. et al. Breeding Science 57, 305–314 (2007).
- Hattori Y., Nagai K., Furukawa S. et al. Nature 460, 1026–1030 (2009).
- Kuroha T., Nagai K., Gamuyao R. et al. Science 361, 181–186 (2018).
- Nagai K., Mori Y., Ishikawa S. et al. Nature 584, 109–114 (2020).