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新分野を拓いたNature 論文10選

Nature (2019-11-04) | Collection: 10 extraordinary Nature papers

DNAの構造

遺伝物質の正体がまだ議論の的となっていた1950年代初頭。ジェームズ・ワトソン(James Watson)とフランシス・クリック(Francis Crick)は、二本鎖DNAがらせん構造であること、またこの構造は、DNAが遺伝物質として複製機構を有する可能性を示唆していることをNature で報告した。彼らの発見により遺伝物質の正体は確定し、生物学は大変貌を遂げた。

DNAの二重らせん構造
ワトソンとクリックが1953年にNature で提案した、DNAの分子構造の図(クリックの妻オディールの作)。逆平行の2本の鎖(ポリヌクレオチド鎖)が、右巻きの二重らせん構造をとっている。 Credit: SCHOOL OF ANATOMICAL SCIENCES/WITS

アウストラロピテクスの化石が人類進化論にもたらした洞察

アフリカで発見された化石が「アウストラロピテクス」という未知の属のものであると報告する論文が1925年にNature に掲載された。この発見は、進化系統樹の上でヒトの祖先と類人猿が分岐した直後のヒトの進化についての考え方に革命を起こした。

1925年、「タウング・チャイルド」と呼ばれるアウストラロピテクス・アフリカヌスの化石を手にする、レイモンド・ダート(Raymond Dart)。

太陽に似た恒星の周りで 初めて見つかった系外惑星

1995年、天文学者であるミシェル・マイヨール(Michel Mayor)とディディエ・ケロー(Didier Queloz)は、主星からの距離が太陽から水星までの距離よりも短い、木星ほどの質量の灼熱の惑星「ペガスス座51番b」を発見し、Nature で報告した。この発見は惑星形成理論を修正し、系外惑星探査の新時代を切り拓いた。

太陽系とペガスス座51番星の惑星系
a 太陽系では、木星などの巨大ガス惑星は太陽から遠く離れた軌道を公転しているが、巨大ガス惑星「ペガスス座51番b」は、主星(ペガスス座51番星)との距離が水星から太陽までの距離よりはるかに近い。惑星の軌道長半径は天文単位(AU)で示す(1AUは地球から太陽までの平均距離)。
b 全ての天体をほぼ実際の比率で描いたもの。

神経科学研究に 不可欠な道具となった画期的方法

パッチクランプ法は、エルビン・ネーアー(Erwin Neher)とベルト・ザックマン(Bert Sakmann)により開発され、1976年に Nature で発表された。開発当初の目的は、細胞膜の中のチャネル・タンパク質を通して流れるイオン電流を記録することであったが、今では神経科学研究に不可欠な手法となっている。

異なるスケールで使用されるパッチクランプ法
a ネーアーとザックマンは、セルアタッチ・パッチクランプ法を開発した。電極(極細のガラス管)を細胞膜の「パッチ」に押し当てることにより、電極下のパッチの中にあるチャネル・タンパク質を通り抜けるイオン電流(赤点線の矢印)を記録できる。ホールセル・パッチクランプでは、パッチは破られ、ホールセルのマクロ電流(青点線の矢印)、つまり、その細胞全体からの電流の総和が記録できる。
b 1つのニューロンの異なった部分から同時に複数のホールセル記録を取ると、信号の伝達方向などを調べられる。
c 接続した複数のニューロンの小さいネットワークからホールセル記録を取ることができる。
d 課題を実行していたり、自由に歩き回ったりしている動物の脳でホールセル記録を取ることもできる。

炭素が引き起こしたナノ革命

1985年、ハロルド・クロトー(Harold Kroto)らはケージ状炭素分子C60を発見し、Nature で報告した。この発見は、グラフェンやカーボンナノチューブなどの物質の作製に道を開き、ナノテクノロジーという領域を開花させる画期的な出来事となった。

この35年間に発見された3つの主要なナノスケール炭素構造体
a 1985年、クロトーらがC60分子の発見を報告した。この分子は12個の五角形と20個の六角形からなるケージ状の構造を持つ。
b クロトーらの発見に続いて、1991年にカーボンナノチューブが初めて作製された。カーボンナノチューブは、2D六角形格子状の炭素原子シートを丸めて中空円筒にしたものと考えることができる。
c 2004年、グラフェンの単離が報告された。グラフェンは2D六角形格子状の単層炭素原子シートである。

モノクローナル抗体の登場と進歩

特異性が分かっている抗体を産生する上、分裂し続ける細胞の単一クローンを作り出すにはどうすればよいか。この問題は、ジョルジュ・ケーラー(Georges J. F. Köhler)とセーサル・ミルスタイン(César Milstein)が1975年にNature で発表した論文により解決された。生物学的に重要なこの発見は、臨床においても自己免疫疾患やがんの治療を成功に導いた。

モノクローナル抗体の産生
ケーラーとミルスタインは、寿命が有限な抗体産生脾臓細胞と、特異性が分からない抗体を分泌するが不死のがん性免疫細胞である骨髄腫細胞を融合させる、という考えを持っていた。そこで、まずマウスにヒツジの赤血球を注射し、それに対する抗体を産生する細胞を含んだ脾臓細胞を単離した。抗体の色分けは、異なる分子(抗原)に特異的な抗体であることを示しており、これらの抗体は異なる細胞によって産生される。抗原認識により活性化された脾臓細胞は、骨髄腫細胞と優先的に融合し、ハイブリドーマと呼ばれる雑種腫瘍細胞になる。ハイブリドーマ細胞は、融合していない細胞とは異なり、選択用寒天培地で増殖でき、単クローンからなるコロニーを形成する。ヒツジ赤血球に結合する特異的な抗体を分泌するハイブリドーマは、寒天にヒツジ赤血球を加えた場合に、この細胞を破壊する能力により溶血斑(プラーク)を形成するため選別できる。融合第一世代のハイブリドーマ細胞は、ヒツジ赤血球を認識する抗体と特異性が分からない抗体の2種類の抗体を作り出す。

鋳型ミセルを使って誕生した ナノ多孔性材料

1992年、ミセルを鋳型として使ってさまざまな多孔性材料を合成する単純な方法がNature で報告された。そうした多孔性材料は、生物医学から石油化学処理に至る多様な分野での応用が期待されている。

多孔性固体MCM-41の合成
1992年、チャールズ・クレスジ(Charles Kresge)らは、ミセルと呼ばれる棒状分子集合体を鋳型として用いる多孔性材料合成法を発見した。
a まず、六角形アレイ状に積み重ねた棒状ミセルの間にシリケート層を形成した。ミセル中の個々の分子を「しっぽ」(疎水基)の付いた青色の球(親水基)で示している。次に、加熱してミセルを分解・除去することによって、多孔性シリカMCM-41を得た。
b MCM-41の顕微鏡写真から、均一なハニカム型多孔性構造が見てとれる。クレスジらによるMCM-41合成以降、鋳型ミセルを使った合成戦略によって、直径2~50nmの細孔(メソ孔)が規則正しく並んださまざまな材料が合成できるようになった。スケールバーは100Å。

奇妙な粒子の検出

1947年、ジョージ・ロチェスター( George Rochester)とクリフォード・バトラー(Clifford Butler)は、それまで見たことのない粒子を発見したことをNature で報告した。この粒子は、現在はK中間子と呼ばれている。彼らの研究に続いてクォークとして知られる素粒子が発見され、やがて素粒子物理学の標準模型が確立した。

基礎物理学の理解を深めた素粒子の検出
a ロチェスターとバトラーは、霧箱(荷電粒子を検出する装置)の中の鉛板(写真中央の太い線)に高エネルギー宇宙線が衝突したときに生成する粒子を分析していた。彼らは、一部の写真の中で、それまで検出されたことのない、電気的に中性で飛跡が見えない1個の粒子が、崩壊して2個の荷電粒子になり、V字型の飛跡(矢印で示す)として見えているのを発見した。
b ロチェスターとバトラーの研究に続いて多くの新しい粒子が発見され、既知の中間子とバリオン(どちらも粒子の種類)の全てが、アップクォーク(u)、ダウンクォーク(d)、ストレンジクォーク(s)という素粒子と、その反粒子(各記号の上にバーを付ける)から構成されているとする模型が作られた。η中間子、η′中間子、π0中間子はクォークのペアの混合からなる。中間子とバリオンは、そのストレンジネス(ストレンジクォークの存在と関連した性質)と電荷によって並べてある。

細胞のアイデンティティーの 再プログラム化

1958年、ジョン・ガードン(John Gurdon)、トム・エルスデール(Tom Elsdale)およびマイケル・フィッシュバーグ(Michael Fischberg)の3氏は、細胞の分化が可逆的であることを発見し、Nature で報告した。この論文は、細胞のアイデンティティー決定の仕組みを説明した理論に疑問を投げ掛け、細胞のアイデンティティーを再プログラム化する現在の手法の基盤を築き、新しい再生療法に対する期待をもたらした。

分化した細胞の潜在能力を解明する上で節目となった重要な出来事
a 1892年にアウグスト・ワイスマンは、発生中の胚を構成する細胞は、分化する際に細胞種のアイデンティティー維持に必要な遺伝子のみを保持し、そのため分化は不可逆的な過程になっているという説を提案した。
b 1955年にロバート・ブリッグスとトーマス・キングは、ヒョウガエルを使った研究で、分化した細胞の核は、核を除去した卵細胞に移植した場合にその正常な発生を支えられず、ワイスマンの説と一致することを報告した。
c 1958年にガードン、エルスデールおよびフィッシュバーグは、発生は不可逆的だとする概念に挑み、アフリカツメガエルの分化した細胞に由来する核が正常な発生を支えられることをNature で報告した。
d 2006年に高橋和利と山中伸弥は、分化したマウス細胞を多能状態にリセットする、重要な1組の転写因子(4種類)を特定した。

南極大陸上空の オゾンホールの発見

ジョゼフ・ファーマン(Joseph C. Farman)らは1985年に、南極大陸のハリー基地とファラデー基地の上空の成層圏のオゾン濃度が、南半球の春の間にそれまでの定常値から大幅に低下したことをNature で報告した。この予想外の「穴」の発見は、科学に革命を起こし、20世紀で最も成功した国際環境政策の1つの制定を後押しした。

南極大陸上空のオゾン
a グラフは、ハリー基地上空のオゾン濃度の時系列データを2016年まで延長したもの。
b 人工衛星を使ったその後のモニタリングにより、オゾン層が破壊された領域(オゾンホール)は非常に広大であることが明らかになった。この地図は、オゾン層の破壊が最大に近かった時期に人工衛星を使って作成した2000年9月10日のオゾン地図。青で示すのはオゾン濃度が低い領域、赤は高い領域。図中にハリー基地の位置を示す。

翻訳:三枝小夜子 / 船田晶子 / 古川奈々子 / 藤野正美 / 三谷祐貴子 / 編集部

Nature ダイジェスト Vol. 17 No. 1

DOI: 10.1038/ndigest.2020.200117