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代謝と遺伝子を結び付ける乳酸

Nature ダイジェスト Vol. 17 No. 1 | doi : 10.1038/ndigest.2020.200141

原文:Nature (2019-10-24) | doi: 10.1038/d41586-019-03122-1 | Histone lactylation links metabolism and gene regulation

Luke T. Izzo & Kathryn E. Wellen

細胞では、ヒストンタンパク質の化学的修飾により、遺伝子発現の一部が調節される。今回、乳酸分子に由来するラクチル化が発見され、細胞で遺伝子発現と栄養の代謝を結び付ける経路が明らかになった。

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HENNING DALHOFF/BONNIER PUBLICATIONS/SPL/GETTY

細胞の代謝では、栄養の取り込み、放出、生化学的相互変換など、エネルギー産生や複雑な分子の合成が起こる。そして代謝の中間体や最終生成物は、不可欠なシグナル伝達機能も持っていて、栄養源に応じて細胞のシグナル伝達や遺伝子発現を調節している1,2。これらの代謝物がシグナルを伝達する方法の1つは、ヒストンなどのタンパク質の化学修飾である。このほどシカゴ大学(米国イリノイ州)のDi Zhangら3は、細胞の代謝物である乳酸に由来するラクチル化というヒストン修飾を発見し、Nature 2019年10月24日号575ページで報告した。これは、これまで知られていなかったヒストン修飾である。

ヒストンは、ゲノムを構成および調節するDNA-タンパク質複合体であるクロマチンの中心的な構成要素である。ヒストンの修飾は、細胞の酵素によって、メチル基、アセチル基、リン酸基などの化学的なタグが付加されることで起こる。つまり、ゲノムへのこれらのエピジェネティックな修飾が、遺伝子発現、DNAの複製や修復などの過程に影響を及ぼすのだ。Zhangらは、ヒストンの修飾がラクチル基の付加によっても起こる可能性があると予測し、質量分析と呼ばれる技術を用いてラクチル化について調べ始めた。質量分析によって、過去数年間に多数のタンパク質修飾の特定が可能になっている4。Zhangらは、ヒストン尾部を構成するアミノ酸残基の質量の変化を探索することにより、ラクチル基の付加と一致する、修飾されたリシンアミノ酸残基が存在すると推測した。そしてこの考えを、ラクチル基の付加によって化学的に修飾された合成ペプチドと、細胞で特定された対応するペプチドとを比較することで検証した。

Zhangらは、炭素の安定同位体で標識された乳酸(13C3-乳酸)で代謝を追跡し、乳酸がヒストンのラクチル化に関与していることを実証した。さらに、乳酸の量を増やして細胞を処理すると、リシンのラクチル化レベルが上昇することが分かった。従って、ヒストンのラクチル化は乳酸に由来していて、乳酸レベル感受性である。

解糖とは生物の中心的な代謝過程で、細胞による消費としてグルコースを分解することでエネルギーが産生される。乳酸は、この解糖の際に豊富に生成される代謝物である。解糖の過程で、グルコースは2個のピルビン酸分子に変換される。その後ピルビン酸は、乳酸の生成に送り込まれるほか、エネルギー産生の細胞小器官(ミトコンドリア)に輸送されて中間体のアセチル補酵素A(アセチルCoA)を生成し、エネルギー産生のためのクエン酸回路に入ったりする。乳酸は、がん細胞や免疫細胞を含む、さまざまなタイプの細胞において解糖により生成される。乳酸の生成は、クエン酸回路へのピルビン酸の進入を抑制する低酸素(低酸素レベル)など、特定の条件下でも増強される。乳酸がヒストン修飾に使われるというZhangらの発見は興味深い。というのも、乳酸は豊富に生成されるし、また、乳酸の生成、取り込み、使用が全て動的な調節を受ける5からである。

Zhangらが取り組もうとした重要な疑問の1つは、リシンのラクチル化が細胞の代謝変化に応答するかどうかである。この考えは、過去の研究で、リシンのアセチル化(アセチルCoAに由来する)など、他の代謝物に由来するタンパク質修飾は代謝感受性であること2が示されていることに基づいている。Zhangらは、in vitroで増殖させた細胞では、利用可能なグルコースの量がヒストンのリシンのラクチル化を動的に調節することを見いだした。さらに、同位体で標識されたグルコース(13C6-グルコース)の追跡から、リシンのラクチル化は解糖に依存的であることが分かった。Zhangらは、いくつかの酵素の量や活性を撹乱させて、乳酸の生成を促進したり(低酸素状態やミトコンドリア代謝の阻害剤など)、抑制したり(ピルビン酸から乳酸への変換の阻害剤を用いる)した。蓄積されたデータから、リシンのラクチル化が解糖による乳酸の生成に非常に感受性であることが示された。

次にZhangらは、ラクチル化の生物学的機能を調べるために、モデルとしてマクロファージを選択した。マクロファージは、炎症性(M1と呼ばれる)あるいは抗炎症(M2)の特性を持ち得る免疫細胞で、それぞれの機能に対応して代謝が変化する6。例えば、細菌感染の合図に遭遇したマクロファージは、炎症遺伝子を活性化し、解糖を増強する6。Zhangらは、マクロファージを、細菌あるいは細菌の構成要素であるリポ多糖(LPS)で刺激して、M1特性を誘導した。すると、解糖が増強され、徐々に細胞内の乳酸レベルが上昇し、並行してヒストンのラクチル化が上昇することが分かった(図1a)。注目すべきは、M1の特性に関連する炎症遺伝子はLPSへの曝露によって迅速に発現が上昇したが、乳酸レベルやリシンのラクチル化はこの上昇と相関しなかった(図1b)。しかしながら、リシンのラクチル化は炎症遺伝子の発現よりゆっくり上昇し、恒常性遺伝子(生物学的な定常状態の維持に関与する遺伝子)の発現上昇と相関していた。

図1 ヒストンのラクチル化は新しいエピジェネティック修飾である
Zhangら3は、ヒストンタンパク質の尾部のアミノ酸残基リシンにラクチル(La)基を付加するラクチル化と呼ばれる化学修飾を見いだした。
a 免疫細胞のマクロファージをリポ多糖分子で刺激すると(細菌感染の模倣)、解糖を介してグルコースのエネルギーへの変換が増強される。すると、細胞内の乳酸分子レベルが上昇し、DNAのプロモーター配列でヒストンのラクチル化が起こる。しかし、Laが由来する中間体分子のラクチルCoAを生成する酵素も、ヒストンにラクチル基を付加する酵素(書き込み酵素)も、除去する酵素(消去酵素)も、認識したり解釈したりする酵素(読み取り酵素)も分かっていない。
b Zhangらは、マクロファージの刺激後、徐々にリシンのラクチル化が上昇していくと報告している。リシンのラクチル化の上昇は、生物学的な定常状態の維持に関与する恒常性遺伝子の発現の変化と相関するが、炎症遺伝子の発現の変化とは相関しない。そのためZhangらは、ラクチル化が、感染後に正常な組織機能を回復する「乳酸タイマー」を作り出していると仮定している。 | 拡大する

Zhangらは、M1ゲノムのどこでリシンのラクチル化が起こるのか、またこの修飾が遺伝子発現をどのように変化させるのかについて調べ、リシンのラクチル化が遺伝子のプロモーター領域(遺伝子の転写の開始点を示す)で高く、それらの遺伝子から作り出されるメッセンジャーRNAのレベルと正に関連することを見いだした。また、リシンのラクチル化とアセチル化を比較すると、アセチル化が見られない多くの遺伝子でラクチル化が見られたことから、この2つの修飾には異なる役割があると考えられた。その上、乳酸を産生できないマクロファージは、LPSによる刺激に応答して炎症遺伝子を発現上昇できるが、リシンをラクチル化できず、つまり関連する恒常性遺伝子の発現を上昇させられなかった。Zhangらは、これらの時間的な動態から、ヒストンのラクチル化が関与し、刺激から時間が経つと機能する「乳酸タイマー」が、感染などによる炎症の解消に関与する遺伝子の活性化を促して、組織の恒常性の再確立に役立っていると提案した(図1b)。

これらの知見から、ラクチル化の生化学的性質およびラクチル化の生理学的あるいは疾患における広範な役割について、疑問が浮かび上がった。Zhangらは、生化学的には、無細胞系でラクチルCoAが、リシンのラクチル化のためのラクチル基ドナーであることを示している。しかし、これまでのところ、細胞内で乳酸からラクチルCoAを生成する酵素、およびラクチルCoAの細胞内濃度は知られていない。また、別の疑問もある。リシンのラクチル化は、ラクチル基を付加したり、読み取ったり、除去したりする酵素によって、どのような調節を受けるのかということも解明されていないのだ。Zhangらの無細胞系では、p300として知られる酵素のアセチルトランスフェラーゼが、ラクチルCoAからヒストンへのラクチル基の転移を触媒できるが、このようなことが細胞で起こるのかどうかはまだ調べられていない。

ラクチル化のより広範な役割という点から見ると、まず乳酸は、運動中の骨格筋などの生理的環境と、がんなどの疾患における環境の両方で細胞によって産生される。さらに、乳酸は健康な組織や腫瘍の細胞に取り込まれて、クエン酸回路に供給される7。そのため、ラクチル化は、解糖を行っている細胞で起こる現象というだけでなく、細胞間のコミュニケーションにも関与する可能性がある。これに関しては、腫瘍周囲の環境で乳酸レベルが高いと免疫抑制が促進されることが知られており8、Zhangらも、ヒストンのリシンのラクチル化は、腫瘍関連マクロファージの方が、他の組織由来のマクロファージよりも上昇していることを見いだしている。総合すると、Zhangらが発見したヒストンのラクチル化は、細胞の代謝と遺伝子調節を結び付け、ヒトの健康に多くの影響を与える可能性がある。そしてこの研究成果は、ラクチル化の役割と調節について、さらなる詳細な調査の出発点となる。

(翻訳:三谷祐貴子)

Luke T. Izzo & Kathryn E. Wellenは、ペンシルベニア大学ペレルマン医学系大学院(米国フィラデルフィア)に所属。

参考文献

  1. Zhu, J. & Thompson, C. B. Nature Rev. Mol. Cell Biol. 20, 436–450 (2019).
  2. Campbell, S. L. & Wellen, K. E. Mol. Cell 71, 398–408 (2018).
  3. Zhang, D. et al. Nature 574, 575–580 (2019).
  4. Sabari, B. R. et al. Nature Rev. Mol. Cell Biol. 18, 90–101 (2017).
  5. Haas, R. et al. Trends Biochem. Sci. 41, 460–471 (2016).
  6. Galván-Peña, S. & O’Neill, L. A. J. Front. Immunol. 5, 420 (2014).
  7. Martínez-Reyes, I. & Chandel, N. S. Cell Metab. 26, 803–804 (2017).
  8. Ippolito, L. et al. Trends Biochem. Sci. 44, 153–166 (2019).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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