Editorial

国際疾病分類に伝統医学を組み入れることへの懸念

Nature ダイジェスト Vol. 16 No. 9 | doi : 10.1038/ndigest.2019.190939

原文:Nature (2019-06-05) | doi: 10.1038/d41586-019-01726-1 | The World Health Organization’s decision about traditional Chinese medicine could backfire

世界保健機関(WHO)は、国際疾病分類の第11回改訂版(ICD-11)に伝統中国医学を組み入れる決定を下した。これが思わぬ事態を招くのではないかと危惧されている。

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VCG/Getty

伝統中国医学(TCM、中医学とも略される)で使用される薬に対する需要の高まりは、厄介な状況を引き起こしている。その原料となる動物の生息を脅かしており、中国では、ロバの個体数が激減し、トラやサイ、タツノオトシゴ、センザンコウなどの種が絶滅の危機に瀕している。

厄介な状況はそれだけではない。こうした動物由来の製剤が所定の効能をもたらすことを示す証拠がほとんど得られていないのだ。TCMは、経路と気という科学的に証明されていない理論に基づいており、欧米で教育を受けて経験を積んだ医師や医学研究者の多くは、TCMの医療行為を懐疑的に捉えている。ほとんどのTCMは、奏功するという確たる証拠がなく、いくつかのTCMが有害なことを示す証拠すら存在している。

また、中国政府からのTCMに関するメッセージは一貫していない。一方で、根拠に基づいた医療に対する信念を宣伝し、TCMの近代化と標準化のためのプログラムに数百万元を投資している。これは歓迎すべきことだが、これまでのところ、こうしたプログラムでTCMの治療法にうわべの正当性が備わっただけで、無作為化比較臨床試験による厳密な検証は実施されていない。他方で、TCMをビッグビジネスと位置付けて、強力に支援している。全世界でTCMの積極的なプロモーションが行われており、「一帯一路」構想と表裏一体になっていることが多い。おまけに国内ではTCMへの批判を抑圧している。

このように一貫性に欠けたメッセージを、世界保健機関(WHO)も発しており、懸念が生じている。WHOは、2019年5月25日に国際疾病分類(ICD)の第11回改訂版(ICD-11)を採択した。ICDは、病状・疾患を分類し、コードを付与した文書で、非常に大きな影響力を持っている。ICDは全世界で、医師が疾患を診断する方法を決める際や、保険会社が治療費を支払うかどうかを決定する際に使用されているのだ。最新版(ICD-11)に、TCMに関する章が初めて設けられた。これを積極的に推進したのが、マーガレット・チャン前WHO事務局長だった。TCMの医師は、この章がTCMの国際的普及にとって極めて重要だと称賛している。

ところが、WHOに他の分野から大量の批判が寄せられた。これに対して、WHOはその立場を弁明し、4月4日の声明で、TCMの章は特定の治療法を論じるのではなく、むしろ、医師にTCMと西洋医学の両方を用いて患者を診断する機会を与えることを意図したものだと強く主張した。声明には、これらの分類は、「いかなる形態の治療法に言及するものでも、支持するものでもない」と記されている。

伝統医学を否定すべきでないことは確かだ。世界の多くの地域で、伝統医学しか利用できない状況が生じているからだ。命を救う治療薬の一部は天然物でできており、そのような治療薬がもっと見つかるであろうことに疑いの余地はない。そうであっても、ICD-11の伝統医学に関する章は思わぬ事態を招く可能性が高い。この章は、広範囲にわたって詳細に記述されているため、科学的に証明されていない根本原理を正当化してしまうリスクがある。この章には、診断基準しか記述されていないのかもしれないが、TCMに関連付けられている疾患とひとたび診断されれば、TCMにおける治療薬が処方される可能性が非常に高い。

根拠に基づいた方法で医療を拡大させたいという願望には誰もが共感できる。TCMに関する証拠の収集を進めるには、持続的で綿密な基礎研究と臨床研究を行い、TCMによる医療行為の中から有害なもの、有望なもの、プラシーボ効果を持つだけのものを選り分ける必要がある。国際疾病分類が改訂された今、そのような研究を早急に行う必要がある。

(翻訳:菊川要)

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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