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英国初の「死体農場」開設へ

Nature ダイジェスト Vol. 16 No. 8 | doi : 10.1038/ndigest.2019.190810

原文:Nature (2019-05-02) | doi: 10.1038/d41586-019-01436-8 | EXCLUSIVE: UK to open first ‘body farm’ for forensic research

David Adam

近年、人間の遺体が腐敗する過程を研究するための施設が世界各地で開設されている。

米国テキサス州サン・マルコスの死体農場は、米国に数カ所ある死体農場の1つだ。 | 拡大する

DAVID JPHILLIP/AP/SHUTTERSTOCK

英国の法科学者が英国軍と組んで、同国初の「死体農場(body farm)」の開設に向けて動いている。死体農場とは、人間の遺体が腐敗してゆく過程を研究者が調べるための施設である。詳細は未定であるものの、プロジェクトを率いる人々は年内の開設を希望している。

死体農場は、「法科学墓地」、あるいは、体の腐敗と化石化について研究するタフォノミー(taphonomy)という学問分野の名前を取って「タフォノミー施設」とも呼ばれる。米国には数十年前からあるものだが、近年、他の国々でも開設され始めた。施設では、制御された条件下での組織や骨の変質に関するデータを収集する他、死体の周囲の土壌、空気、水の化学的変化も調べて、科学捜査官の仕事に役立てている。研究者たちは、ヒトの代わりに動物を使った研究からは得られないような、犯罪捜査に必要不可欠な情報が得られると主張するが、死体の腐敗の研究などおぞましいものであり、法科学研究にとっての価値は証明されていないとする批判もある。

Nature が英国の情報自由法に基づいて入手した文書によると、すでに英国内で敷地が選定され、開設に向けた作業が始まっているようだ。この敷地の正確な場所は文書では明らかにされていないが、英国国防省が所有する土地で施設の整備が進んでいることが示唆されている。

死体農場では寄贈された遺体を受け取り、埋葬するか、地面に放置して腐敗させる。研究者はまた、死体を水中に沈めたり、農場の車に入れたりするなど、具体的な状況を設定した上で腐敗状況を調べることもできる。米国では、1981年にテネシー州ノックスビルに世界初の死体農場が設置されたのを皮切りに、少なくとも6カ所の死体農場が設置されている。近年ではオーストラリアとオランダで研究者が死体農場を開設しており、カナダでも2019年内に開設が予定されている。

英国の多くの法科学者が待ち望んできた今回の死体農場プロジェクトを率いるのは、ハダーズフィールド大学(英国)の法医人類学者Anna Williamsだ。彼女は、英国の法科学や関連分野の研究が世界から取り残されないようにすることが大切だと言う。2019年5月上旬に英国上院の科学委員会が提出した報告書は、英国の法科学の現状を嘆き、研究への投資と戦略的なアプローチを要求するものだった。

Williamsは、プロジェクトは現在微妙な段階にあるとして、この計画についてコメントすることはなかった。しかし、ウルバーハンプトン大学(英国)の法科学者Chris Rogersは、「ここ英国に、施設が必須であることは確かです。私たちは世界の他の国々に後れを取っているのです」と言う。

Rogersは、ヒトの死体を研究に利用できないことが自身の研究の妨げとなっており、自分の研究が法廷でどのように利用されるかにも影響を及ぼしていると主張する。彼は、計画の詳細については知らないと前置きした上で、「私自身は、この施設を利用することに大いに関心があります」と言う。

何年もの間、英国の専門家たちはタフォノミー施設の設立を試みては断念してきた。10年前には葬儀会社が設立を提案したが、学術研究者の支持を受けることができずに破棄された。高名な医学研究者も、そうした施設にマスコミの注目が集まると、自分の遺体を解剖学教育などのために無償で提供する献体をやめる人が出るかもしれないという懸念を表明した。

しかし、レクサム・グリンドゥール大学(英国)の法科学者で、隠匿されたヒトの遺体を探し出す方法を研究しているAmy Rattenburyは、「私の元にはほぼ毎週のように、自分の遺体を寄贈できるかと尋ねる電話やメールが届きます」と言う。

今回の文書では、英国の死体農場が設置される場所は明らかにされていないが、英国国防省の最も有名な科学研究所は英国南部のポートンダウンにある。この研究所では化学兵器の分析を行っているが、ヒトの死体を見つける「死体探知犬」の訓練の研究も行っており、開設予定の死体農場でもこの研究が行われる予定である。国防省は、建設中の死体農場の場所がポートンダウンであるのかという質問に対して、コメントを拒否した。

情報自由法に基づいて公開された文書からは、2019年内の開設に先立ち、この施設にどのようにして許可を与えるべきか、当局が苦心していることが分かる。英国の法律は、研究のために国民が自分の遺体を寄贈することを許可している。しかし、英国人体組織管理局(Human Tissue Authority:HTA)は、寄贈された遺体がいわゆる「予定された目的(scheduled purpose)」にのみ利用されることに対して許可を出し、利用状況を監視している。ヒトのタフォノミーは、現時点では「予定された目的」には入っていないため、WilliamsはHTAにその点の変更を働き掛けている。HTAの報道官は、「英国内に、そうした施設の設立に関心を持つ人々がいることは把握しています。私たちは彼らと話し合いの場を持っており、必要な場合には助言や指導を行っています」とコメントした。

「不快な目的」

死体農場に反対する著名人の1人に、ランカスター大学(英国)の法医人類学者Sue Blackがいる。今回の記事の執筆に当たり彼女にコメントを求めたが、回答はなかった。しかし、2018年の彼女の著書『All that Remains(遺るものはこれだけ)』には、「死体農場の概念は、私にはおぞましく不快に感じられる」と書かれている。彼女は、死体農場での研究はサンプル数が小さく、結果のばらつきが大きいと指摘し、研究の価値を疑問視している。

一方Rogersは、自分は腐敗の研究にヒトの死体を使えないためブタなどの動物を使っているが、動物での研究から得られた知見は、法廷で証拠として認められにくいと言う。「私は、ヒトでも同じプロセスが起こると思うと言わなければなりませんが、実際は分かっていないのです」。

(翻訳:三枝小夜子)

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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