Editorial

欧州連合の優れた取り組みとは何か

Credit: FREDERICK FLORIN/AFP/Getty Images

欧州連合(EU)では、5年に1度の欧州議会選挙が2019年5月23~26日に実施され、研究者は固唾を飲んで選挙結果を見守った。英国がEUを離脱する予定は変わらず、多くの国々でポピュリズムや国家主義的な感情が高まっていることから、数十年にわたるEUの繁栄の基盤となっていた欧州の統合が衰退しつつあるのではないかという感覚が生まれている。欧州地球科学連合は4月のウィーンでの総会で特別会議を開き、「欧州の統合に対する脅威は科学研究に対する脅威」という宣言を発した。

これは正しい見方なのだが、EU統合が科学にもたらしている価値は十分な称賛を受けていない。第二次世界大戦後の欧州で、瓦礫の中から独自の経済的、政治的連合体がつくり出された。これが、大陸の平和と繁栄を増進させ、加盟国のみならず、その他の国々も参加したさまざまな貴重な共同研究を生み出した。これほどのスケールで共同研究が行われている国家群は、EU以外には存在しない。だからこそNature 2019年5月23日号は、英国のEU離脱後の欧州における研究の未来を展望する特別号として発行された(go.nature.com/europe参照)。

EU加盟国は、研究が経済的・社会的進歩の基盤だと確信し、その中心的な予算における科学研究費の比率を引き上げてきた。EUの研究と技術革新のためのフレームワークプログラム(FP)は、10年前に年間予算の4%だったものが現在では8%に増額され、2014~2020年の総額が748億ユーロ(約9兆3500億円)になった。FPによって創設された欧州研究会議(ERC)は助成金獲得の競争率が高く、FPに取り入れられた国境を越えた共同研究プロジェクトと研修フェローシップの制度は広く称賛されている。これは、EUという単一市場における制度調和の徹底によって実現したものであり、これらの研究プログラムは欧州統合の強い推進力となってきた。

EUは、貧困国における研究インフラの構築を支援するために440億ユーロ(約5兆5000億円)の追加資金を用意している。これは、2004年以降にEUに加盟した東欧の旧共産主義諸国にとって、とりわけ貴重な資金となっている。地理的多様性は、強靭な研究を生み出す。そして、EU加盟国は、各国がバラバラでいるよりも統合した方が強力な存在になれることを認識し、気候変動、化学物質規制、プラスチック汚染などの環境基準に関して世界をリードする政策を巧妙に策定した。また、データ保護とオープン・サイエンスのための新しい模範的な基準も制定している。

それでは、今後、何が待ち構えているのだろうか。全世界の科学と研究への支出に占める欧州の相対的なシェアは縮小傾向にあり、中国のシェアが拡大している。だが、欧州の研究論文は依然として被引用数が多く、影響力を保持している(前掲470ページ参照)。不安要素を挙げるとすれば、欧州の科学における国別格差の拡大が考えられる。2008年の世界金融危機以降、スペインなどの国々では研究費や科学者の数が以前の水準に戻っていない。また、EUの新規加盟国の中には、研究への大規模な国内投資に消極的な国もあるとみられ、このままでは、これらの国々がさらに後れを取る可能性がある。

EUは現在、新年度予算の策定とホライズン・ヨーロッパ(前掲472ページ参照)と呼ばれる大型のFP(2021~2027年に実施予定)の計画を練っており、新しい欧州議会と欧州委員会による策定作業が2019年後半まで続けられる(前掲479ページおよびNature ダイジェスト 2019年5月号「10億ユーロ規模の次期研究計画、最終6候補を選出」、同2019年8月号「欧州研究会議ブルギニョン議長来日!」参照)。新しい欧州議会に関して、研究に対する姿勢が弱まる可能性が懸念されているが、一部の欧州議会議員は、EU加盟国の科学担当大臣以上に欧州の科学を支援する任務に真剣に取り組んでおり、そうした懸念は緩和されると考えられる。ホライズン・ヨーロッパにおける技術革新と実用化への意欲の高まりは称賛に値する。ただし、まだスタートさせてはならない。基礎研究なくして技術革新はない。予算交渉の当事者はERCへの支出をもっと手厚く増やすべきである。

新しい欧州議会と国際的な研究の推進に関心を持つ人々がEUの歴史から何を教訓として学ぶべきかは明らかだ。綿密な研究を行うためには、共同研究と、長期的な計画と安定性が必要であり、こうした強みを固守して、ポピュリズムや国家主義などの欧州の統合を脅かすいかなる勢力とも対峙していく必要がある。今後の欧州議会は、この点を擁護すべきであり、それは個々の研究者にもできることだ。EUが自らの研究の基盤になっていることを語ればよいのだ。

翻訳:菊川要

Nature ダイジェスト Vol. 16 No. 8

DOI: 10.1038/ndigest.2019.190838

原文

What Europe is getting right about research
  • Nature (2019-05-23) | DOI: 10.1038/d41586-019-01561-4