News

超深海にすむ動物のゲノムを初めて解読

Nature ダイジェスト Vol. 16 No. 6 | doi : 10.1038/ndigest.2019.190603

原文:Nature (2019-04-15) | doi: 10.1038/d41586-019-01158-x | Snailfish is first animal from extreme ocean depths to get genome sequenced

Erin I. Garcia de Jesus

マリアナ海溝に生息する魚類のゲノム塩基配列から、超高圧下で生物が生きる仕組みの手掛かりが得られた。

2014年にマリアナ海溝で捕獲され、引き上げられた直後の マリアナスネイルフィッシュ(Pseudoliparis swirei)。 | 拡大する

SOI/HADES/University of Aberdeen/Dr. Alan Jamieson

マリアナ海溝の超深海にすむマリアナスネイルフィッシュ(Pseudoliparis swirei)は、体がぶよぶよで半透明のクサウオ科魚類だ。今回そのゲノムが、超深海の動物のものとして初めて解読された。この遺伝学研究の目的は、海洋で最も深いマリアナ海溝などの極限環境で暮らす動物が、どのような適応を遂げてそこに生息できるようになったのかを明らかにすることだ。

深海生物は、低温で暗く超高圧の環境に対処する必要がある(2014年3月号「軟骨魚類に骨がない理由」参照)。しかしこれまでは、水深6000mを超える深海(「超深海」と呼ばれる)にすむ動物のゲノム情報がなく、超深海の動物がどのようにして生存に必要な適応を果たしたかはよく分かっていなかった。今回Nature Ecology & Evolution で2019年4月15日に報告されたゲノム解読の結果は、マリアナスネイルフィッシュが骨格や細胞の変化によって超深海の過酷な条件に耐えられるようになったことを示している1

この研究成果は他に類を見ないものだと、ホイットマン・カレッジ(米国ワシントン州ワラワラ)の海洋生物学者Paul Yanceyは話す。「とても刺激に満ちた成果です」。

超高圧下に生きる

研究チームは、太平洋西部海域にあるマリアナ海溝の水深約7000mでマリアナスネイルフィッシュを捕獲した。そして、そのゲノムを解読し、軟骨でできた骨格や超高圧下で機能を保つ細胞膜といった、この魚類が持っている形質を説明できそうな手掛かりを探した。マリアナ海溝のこの深さの水圧は、エッフェル塔の全重量がヒトの足の親指にかかった場合の圧力と同じくらい大きい。

さらに研究チームは、マリアナスネイルフィッシュのDNAを、潮だまりに生息する近縁種、クサウオ(Liparis tanakae)のDNAと比較した。この2種は、約2000万年前に共通祖先から分かれたものだ。

マリアナスネイルフィッシュのゲノムには、深海への急速な適応と関連する遺伝的変化がいくつか見られると、この研究の共同代表著者である中国科学院(武漢)の魚類学者、何舜平(Shunping He)は話す。

マリアナ海溝の高水圧下では、通常の骨だと押しつぶされてしまうだろう。しかし、マリアナスネイルフィッシュでは骨を硬化させるのに必要な遺伝子が不活性化していた。このことは、軟骨でできた骨格の方が高い水圧に耐えられるという説と符合すると論文著者らは述べている。

マリアナスネイルフィッシュは、光受容に関与する遺伝子もいくつか失っている。ただし、まだ活性のある光受容体遺伝子が5個見つかったことから、この魚類には視覚能力が残っている可能性もある。

マリアナスネイルフィッシュでは、いくつかの遺伝子群が拡張しており、その多くは脂肪酸代謝に関係している。特定の脂肪酸の存在は、深海で細胞膜が流動性を保つのに役立つのだと、論文著者らは述べている。そうした脂肪酸がないと、細胞膜は高水圧下で流動性が低下し、透過性がなくなってしまう可能性がある。その他に、超高圧下でタンパク質が不適切な折りたたみ方をしないように働く遺伝子もある。

独自の戦略か?

マリアナスネイルフィッシュのゲノム塩基配列を調べるのも、脊椎動物が超深海に適応する方法について考えるのも、どちらも胸がワクワクすることだと、リーハイ大学(米国ペンシルベニア州ベスレヘム)の分子生態学者Santiago Herreraは話す。「この種の生物がこうした極限環境で生存できる仕組みを解明するのは、本当に画期的なことです」。

今回の研究は、極限環境で生き抜くために魚類がどのような進化を遂げてきたかを今後調べる土台にもなると、スクリプス海洋研究所(米国カリフォルニア州ラホヤ)の海洋学者Natalya Galloは言う。さらに彼女は、実験室でCRISPRなどのツールを使って遺伝子を編集し、その遺伝子がどんな形質に関わっているかを調べることも現在は可能だと話す。

マリアナスネイルフィッシュの適応を支えている遺伝的特性が深海動物に典型的なものなのか、それとも、この極限環境を生き抜くためにそれぞれの種が独自の遺伝的戦略を組み立ててきたのか、その点が今後の関心事となるだろうとHerreraは言う。

(翻訳:船田晶子)

参考文献

  1. Wang, K. et al. Nature Ecol. Evol. https://doi.org/10.1038/s41559-019-0864-8 (2019).

キーワード

Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

プライバシーマーク制度