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マラリア原虫を蚊体内で死滅させる

Nature ダイジェスト Vol. 16 No. 6 | doi : 10.1038/ndigest.2019.190632

原文:Nature (2019-03-14) | doi: 10.1038/d41586-019-00648-2 | Battling disease by giving mosquitoes an antimalarial drug

Janet Hemingway

殺虫剤を使った蚊の駆除はマラリアとの闘いに貢献してきたが、殺虫剤耐性が深刻化している。このほど、宿主である蚊をマラリア原虫を標的とする薬剤に曝露させる方法が考案され、モデル研究でその有効性が示唆された。

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FRANK600/ISTOCK/GETTY IMAGES PLUS/GETTY

疾病制御のための長期計画は、それがただ1種類の介入に頼ったものであるかぎり、薬剤耐性が生じて失敗に終わる可能性が高い。マラリア原虫を媒介する雌の蚊を殺虫剤で駆除することでマラリアの伝播を抑制しようとする努力もその例外ではなく、殺虫剤に対する蚊の耐性が増加しつつある。そうした中、ハーバード大学(米国マサチューセッツ州ボストン)のDouglas G. Patonら1は、蚊が媒介するマラリアの伝播を殺虫剤とは別の介入により阻止する方法について、Nature 2019年3月14日号239ページで報告した。殺虫剤のみに依存するマラリア予防策から脱却するための手段となるかもしれない。

ピレスロイドと呼ばれる長期残効型の殺虫剤を含浸させた蚊帳の使用と殺虫剤の屋内散布による蚊の防除により、2000年から2015年までの間にマラリア患者は13億人減少し、マラリアによる死亡者は680万人減少したと推定されている2。だが、世界保健機関(WHO)による2018年の報告書3では、マラリアによる疾病負担を減少させるための世界的な対策の効果は、2015年から2017年までの間に頭打ちになったと述べられている。

同報告書は、予算不足のために蚊帳を必要とする地域にそれが行き渡らず、また抗マラリア薬や殺虫剤に対する耐性が増加していると指摘している。さらに、殺虫剤耐性に関するデータの不足にも触れ、ピレスロイドを用いた現行の介入の有効性にピレスロイド耐性が与える影響は、ほとんど解明されていないとしている。一方、耐性の増加が、ピレスロイド処理した蚊帳の使用に及ぼす潜在的な影響については過小評価していて、2000年以降に達成されたマラリア伝播の減少の約68%を担ってきた4蚊帳が、今後も有効であると述べている。しかし残念ながら、殺虫剤耐性の増加がマラリア伝播のレベルに実際に影響を及ぼしていることを考えれば、この楽観主義には根拠がないように思われる。

殺虫剤耐性がマラリアの伝播に影響を及ぼすことは、モデル研究ですでに予測されていた5。たとえ殺虫剤耐性が低レベルであったとしても、蚊帳の有効期間として設定された3年のうちに、蚊の死亡率が低下して地域集団に対する保護効果が全体として減少することにより、マラリアの罹患率は上昇する。ピレスロイドに加えてその効果を増強させるピペロニルブトキシド(PBO)という化合物を含浸させたPBO蚊帳は、ピレスロイドのみで処理した蚊帳よりも有効性がずっと高く、PBO蚊帳に切り替えることで、1人当たりのマラリア罹患を年間約0.5件予防できると推定されている5。また、殺虫剤耐性の蚊が発生している地域では、ピレスロイドのみで処理した蚊帳よりもPBO蚊帳の方がマラリアの伝播を減少させるのに有効であることが、試験で実証されている6

効果的な介入をより広範な地域に拡大することが喫緊の課題とされる中、Patonらの研究は、次世代の抗マラリア蚊帳の開発への道筋を示している。アフリカでマラリアの原因となっているのは、主に熱帯熱マラリア原虫である。そこでPatonらは、ヒトでマラリア感染の予防に使われている抗マラリア薬に蚊を曝露させることで、この原虫を死滅させることができるかどうかを調べた。こうした抗マラリア薬は、原虫のミトコンドリア(エネルギー産生に関わる細胞小器官)を標的として作用する。

その結果、マラリア原虫のミトコンドリアタンパク質であるシトクロムbを阻害する抗マラリア薬アトバコン(およびその他のシトクロムb阻害薬)により、蚊の体内の原虫を死滅させられることが分かった。その効果は、低用量の抗マラリア薬でコーティングしたガラス表面に、蚊を6分間接触させるだけで得られた。6分間という時間は、野性の蚊が蚊帳に止まって休息する時間よりも短い。この発見は重要である。というのも、1世紀以上にもわたる研究や、生物学的あるいは環境的な疾病制御に関する小規模プロジェクトの結果から、殺虫剤以外の手段を用いた介入には、マラリア伝播を減少させる効果がほとんどないことが明らかになっているからだ。

Patonらはまた、蚊帳に殺虫剤と抗マラリア薬処理の両方を施すことで、マラリア伝播を減らす有効な手段となる可能性を示唆している(図1)。彼らのモデル研究では、この蚊帳によりマラリアの蔓延が抑制されることが予測された。効果の大きさは、疾病の伝播のレベルや蚊帳を使う人々の数、殺虫剤耐性の程度による影響を受ける。彼らのモデルでは、効果が最も顕著に増大したのは、蚊帳の使用率が70~100%の場合であった。従って、蚊帳の処理に使われる化合物が将来変更されたとしても、蚊帳の使用率を上げる努力は依然として必要である。

図1 殺虫剤以外の手段による介入でマラリアの伝播を阻止する
Patonら1は、原虫を標的とする抗マラリア薬でコーティングしたガラス表面に、宿主である蚊を接触させることで、体内の原虫を死滅させられることを報告し、殺虫剤と抗マラリア薬の両者で処理した蚊帳がマラリア対策に役立つと提案している。さらに、マラリア原虫のミトコンドリア・シトクロムb阻害薬の効果を検討し、それらが蚊の中腸に寄生しているオーキネート(虫様体)期のマラリア原虫の発育を阻止することも示した。 | 拡大する

マラリアの持続的な制圧ないし根絶は、効果的な蚊の防除なしには不可能である。Patonらのアプローチは、WHOによる殺虫剤耐性対策のためのグローバルプラン7にもかなっている。ただし、新薬の市場投入コストの削減と、関連する研究開発・方針決定・実用化の各段階の合理化が求められる8

Patonらのアプローチは有望だが、資金提供者、国および地域社会に推奨され広く受け入れられる製品が完成し、疾病制御のための計画で使用されるまでには、いくつものハードルを乗り越えねばならない。医薬品開発を最適化し、長期残効型の製剤を製造するためには多大な労力が必要となるだろう。さらには、製薬プロセスの評価に加え、薬剤耐性の潜在的な可能性や、そのアプローチのコストおよび社会的受容可能性の評価も行われるべきだ。

WHOには事前認証と呼ばれる制度があり、健康問題対策用の製品が援助機関向け推奨リストに掲載されるには所定の要件を満たす必要がある。それに加えて各国にも推奨製品の審査制度が存在し、WHOによる推奨がその国での使用にも当てはまることの証明が求められる。全てをクリアするには時間がかかる。実際、最初のPBO蚊帳が市場対応製品としてWHO暫定勧告に載ってから、この蚊帳を使用すべき地域と時期に関する最初のWHOガイドライン2が発表されるまで10年かかった。開発から承認などの手続きまで含めると、新技術の市場投入から普及までに20年はかかる可能性がある。

(翻訳:藤山与一)

Janet Hemingwayは、リバプール大学熱帯医学校(英国)に所属。

参考文献

  1. Paton, D. G. et al. Nature 567, 239–243 (2019).
  2. Killeen, G. & Ranson, H. Lancet 391, 1551–1552 (2018).
  3. World Health Organization. World Malaria Report 2018 (WHO, 2018).
  4. Bhatt, S. et al. Nature 526, 207–211 (2015).
  5. Churcher, T. S., Lissenden, N., Griffin, J. T., Worrall, E. & Ranson, H. eLife 5, e16090 (2016).
  6. Protopopoff, N. & Rowland, M. Lancet 391, 2415–2416 (2018).
  7. World Health Organization. Global Plan for Insecticide Resistance Management in Malaria Vectors (WHO, 2012).
  8. Hemingway, J. et al. Lancet 387, 1785–1788 (2016).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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