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培養肉への投資が過熱

Nature ダイジェスト Vol. 16 No. 5 | doi : 10.1038/ndigest.2019.190512

原文:Nature (2019-02-06) | doi: 10.1038/d41586-019-00373-w | Sizzling interest in lab-grown meat belies lack of basic research

Elie Dolgin

近年、培養肉の開発に取り組むスタートアップ企業が数千万ドルの資金調達に成功しているが、学術研究は後れを取っている。

ベーコンチーズバーガーを 培養肉で作ろうとすると、 多額の費用がかかり、技術的にも難しい。 | 拡大する

PHONG PHAM/ALAMY

近年、培養肉への民間投資が急増している。いわゆる「クリーンミート」のスタートアップ企業は、動物の体ではなく試験管の中で培養された肉で、味の良いナゲットやステーキ、ハンバーガーを無限に提供するための研究に取り組んでいる。これらの企業はこの2年間で、ビル・ゲイツやリチャード・ブランソンなどの億万長者およびカーギルやタイソンなどの巨大食品会社から数千万ドル(数十億円)の資金を調達した。

しかし、培養肉の学術研究への助成は後れを取っており、一部の研究者は現状では全く足りていないと言っている。環境に優しく倫理的な問題を回避できる培養肉の開発に対する商業的関心は急激に膨らんでいるが、産業界には培養肉を大衆に届けるために必要な科学的・工学的専門知識が大きく不足しているという批判の声も上がっている。さらに困ったことに、民間企業が成し遂げた進歩は、しばしば企業秘密として囲い込まれてしまう。

ニワトリとシチメンチョウの培養肉の研究をしているノースカロライナ州立大学(米国ローリー)の筋肉生物学者Paul Mozdziakは、「乗り越えなければならない技術的ハードルは山ほどあります」と言う。技術的ハードルとしては、より適した細胞株の確立と、こうした細胞に栄養を与える培地を開発することの他に、培養細胞による組織の形成を補助する足場材料や、食肉を大量生産するためのバイオリアクタープラットフォームを開発することなどがある。

2019年2月6日、この分野のオープンソース研究は強力な後押しを得た。従来の肉に代わる食品の普及活動を展開しているグッドフード研究所(Good Food Institute;GFI;米国ワシントンD.C.)というシンクタンクが、その最初の助成金プログラムの獲得者を発表したのだ。総額300万ドル(約3億3000万円)の助成金は14のプロジェクトチームに分割される。内訳は、培養肉の開発プロジェクトが6つと、植物由来タンパク質に注目したプロジェクトが8つである。各チームには2年間に最大25万ドル(約2800万円)が与えられる。

クリーンミート研究に取り組む学者に対して、この10年間に100万ドル(約1億1000万円)近い助成金を提供してきた非営利組織ニュー・ハーベスト(New Harvest;米国ニューヨーク)の研究担当ディレクターKate Kruegerは、「細胞農業研究に対する助成金としては過去最高額ではないかと思います」と言う。

培養肉の今後

この助成金によって変化がもたらされそうな領域の1つは、ウシやブタ、魚などの食用動物の筋肉に由来する、誰でも利用できる細胞株の開発だ。このような細胞株がないと、研究者は食肉処理場から組織を入手するか、マウス細胞で実験を進めなければならない。ノルウェー幹細胞研究センター(オスロ)は、GFIからの助成金を、農業関連の細胞株のリポジトリ「フローズン・ファームヤード(Frozen Farmyard)」の構築に役立てたいとしている。

数十年にわたる再生医療研究から学んだことを応用したいと考える研究者もいる。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(米国)の生物物理学者Amy Rowatは、普段はがん細胞のバイオメカニクスを研究しているが、今は、異なる種類のウシ細胞を組み合わせて培養できる足場を設計し、肉の組織に細かく脂肪が入り込んだ霜降り培養肉を作ろうと試みている。

ニュー・ハーベストの特別研究員であるタフツ大学(米国マサチューセッツ州メドフォード)のAndrew Stoutは、「組織工学の基本原則は同じです」と言う。「ただし、食品や持続可能性の観点から、デザインにどのような制約が課させるかを考え始める必要があります」。

一方、クリーンミート業界の起業家たちは、この分野にもっと多くの科学者を呼び込みたいと言う。メンフィス・ミーツ(Memphis Meats;米国カリフォルニア州バークレー)の主任科学者Nicholas Genoveseは、クリーンミート業界は「高収率の培養肉製造に向けた革新的なアプローチ」を必要としていると言う。「市場への道を急ぐ上で、学術研究は常に重要な役割を担っています」。

培養肉の研究は何十年も前から行われていた。1990年代には、オランダの研究者で起業家であるWillem van Eelenが複数の個人投資家から資金を調達し、クリーンミートの最初の特許を取得した。彼はその後オランダ政府に、培養肉研究に興味を持つ科学者たちのコンソーシアムに200万ユーロ(約2億5000万円)を提供させることにも成功した。その成果が、マーストリヒト大学(オランダ)の血管生物学者Mark Postが2013年に発表した世界初の培養肉ハンバーガーである。製作にかかった費用は25万ユーロ(約3100万円)だった。

しかし、オランダの国会議員が、より安価な植物由来タンパク質源(豆粉やエンドウマメタンパク質など)の研究を優先するようになると、培養肉プロジェクトへの公的資金はなくなってしまったとPostは言う。彼はその後、食品技術会社モーサ・ミート(Mosa Meat;オランダ・マーストリヒト)を設立した。NASAが1990年代後半に人工魚肉の開発に出していた助成金など、少数の実験的な助成金を除き、培養肉研究に多額の助成金を出す政府機関はほとんどない。主な理由は、培養肉研究はリスクが大きく、複雑で、複数の研究分野にまたがっているからだと専門家は言う。

米国では、国立衛生研究所(NIH)がほとんどの組織工学研究を助成しているが、これらは医用生体工学の応用に集中している。米国農務省は食品科学研究の大半を助成しているが、培養肉への助成はほとんどない。リンゴの果肉から細胞を除去して作った足場を用いて鶏肉を培養する研究を進めているテルアビブ大学(イスラエル)の生体工学者Amit Gefenは、「私の研究はどの分類にも当てはまりません」と言う。

一部の国では、助成の機会が徐々に増えてきている。イスラエル・イノベーション庁(Israel Innovation Authority;IIA)は、テクニオン・イスラエル工科大学(ハイファ)の医用生体工学者Shulamit Levenbergの研究に基づいて培養肉ステーキを開発しているスタートアップ企業、アレフ・ファームズ(Aleph Farms)に資金を提供している。IIAは現在、8年間に1億シェケル(約30億円)以上を投じて食品技術インキュベーターを設立し、学術研究からの副産物への支援件数を増やそうとしている。

クリーンミートへの民間投資により、すでに製造原価は下がっている。Postは、140gの培養肉ハンバーガーを500ユーロ(約6万3000円)で作れるとしている。Levenbergは、自分の会社なら薄い培養肉ステーキを約50ドル(約5500円)で培養できると言う。

さらなる価格低下が期待できるようになった今、一部の科学者は、「食肉培養の基礎研究が不足している」という批判は当たらないと考えている。

ヘブライ大学(イスラエル・エルサレム)の医用生体工学者でイスラエルのスタートアップ企業フューチャー・ミート・テクノロジーズ(Future Meat Technologies)の最高責任者であるYaakov Nahmiasは、「私たちは今、ヒトやマウスでうまくいっているものを、ウシ細胞に持ち込もうとしています」と言う。「私たちがやっていることは、もう基礎科学ではないのでしょうか? そんなことはないと思うのですが」。

しかし、どんな第一世代の製品にも言えるように、今の培養肉には改良の余地がある、とスーパーミート(SuperMeat;イスラエル・レホボト)の最高責任者であるIdo Savirは言う。彼は、最初の培養肉は、高級料理ではなくファストフードの肉に似たものになると考えている。最初に生産される培養肉は「新しい産業の基礎を作る」だろうが、必要なのは「ここで実際に新しい科学分野を作り出すこと」だとSavirは言う。

(翻訳:三枝小夜子)

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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