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主要学術出版社はプランSをどう見ているか

Credit: Joerg Koch/Getty

欧州の研究資金配分機関が中心的な役割を果たしている国際コンソーシアム「コアリションS(cOAlition S)」は、2018年9月の発足と同時に、オープンアクセスの実現計画「プランS(Plan S)」を策定した。コアリションSは、2020年以降、公的研究資金を受けた研究者に対して、誰でも無料でアクセスできる形で論文を出版することを義務付けようとしている(2018年12月号「ペイウォールをなくすための過激な計画」参照)。これに対して、NatureScience などの学術誌を発行している各出版社は、プランSの規定が変更されない限り従うことはできないと反発している。

出版社の訴えは、コアリションSが2018年11月にプランSの実施の手引きを発表し、これに対する意見を公募したことを受けて寄せられた。世界の主要な学術出版社などが、2019年2月までに約600件の意見を寄せた。

プランSにはこれまでに18の研究資金配分機関が署名している。一方で多くの出版社は、プランSの目標の概略には賛成だが、詳細については同意できず、完全オープンアクセスへの移行期間も短過ぎると言っている。

プランSの実施の手引きによると、2020年以降、コアリションSの資金配分機関から研究資金を受ける研究者は、研究成果を発表する際、オープンアクセス誌で出版するか、さもなければ完成版に近い原稿を、承認されたリポジトリで即時公開しなければならないとしている。研究者がハイブリッド型学術誌に論文を発表する場合には、コアリションSの資金配分機関は論文掲載料を負担しないという(ハイブリッド型学術誌では、論文著者は、課金の壁の向こうで出版するペイウォール方式か、論文掲載料を支払って誰でも無料で閲覧可能な形で出版するオープンアクセス方式かを選択する)。コアリションSはさらに、「適正」な論文掲載料を決定して、出版のためのコストに潜在的な上限を設けようとしている。

これに対して学術出版社(中でも、掲載する論文を厳しく選別している出版社)は、学術出版の内部コストは高く、完全オープンアクセス誌ではそのコストを十分回収することができず、無理にコストを削減しようとすると学術誌の品質が低下する恐れがあると主張してきた。また、コアリションSに対し、ハイブリッド型学術誌に関する方針の再考を求める出版社もあった。

しかし、欧州委員会のオープンアクセス担当特使で、プランSの策定者であるRobert-Jan Smitsは、出版社のこうした主張をはねつけてきた。

SmitsはNature のニュースチームに、権威ある学術誌は新しいビジネスモデルを考え出さなければならないと語る。「音楽業界や映画業界に起きたのと同じことが、学術出版業界にも起きているのです」と彼は言う。

コスト高の理由

Scienceなどを出版する米国科学振興協会(AAAS)と、Nature およびNature関連誌などを出版するシュプリンガー・ネイチャーは、自分たちの学術誌のコストが高いことについて、専任の編集者が社内にいて、実際に出版する論文よりはるかに多くの論文を評価し、最終的には不受理としている他、ニュース記事や論説記事など、研究論文以外のコンテンツも制作しているからだと説明する。

シュプリンガー・ネイチャーは、Nature およびNature関連誌で論文を1本出版するためには平均1万~3万ユーロ(約125万~375万円)のコストがかかっていると見積もっており、そのコストは、掲載する論文の選別がさほど厳しくない専門性のより高い学術誌に比べるとはるかに高く、研究者や資金配分機関が「適正」と考える程度の論文掲載料では、それだけのコストを回収するのは困難だろうと言う。

AAASは論文1本当たりのコストは明らかにしなかったが、掲載する論文を厳しく選ぶ学術誌は、幅広い分野の研究者から「品質と価値の高い論文を選別するフィルター」として評価されていると述べる。また、資金配分機関が負担する出版のためのコストに上限が設けられることになれば、「出版された科学コンテンツの正確な記録を維持することへの脅威になる」と指摘した。

シュプリンガー・ネイチャーは、論文を厳しく選別する学術誌がプランSに従うためには、他の学術誌とは異なるアプローチが必要だと言う。同社は、オープンアクセスへの移行方法として、出版社の従来の購読型学術誌をハイブリッド型学術誌に転換させるために「政策と資金配分(policies and funding)」を利用する方法や、特定の購読型学術誌についてオープンアクセス版を創刊し、購読型学術誌から徐々に独立させていく方法を提案する。学術誌が論文の投稿料と掲載料の両方を請求できるようにする方法もあるという。なお、シュプリンガー・ネイチャーの多くのジャーナルでは、完成版に近い原稿を出版から半年後に共有できる(学術誌に掲載された最終版の論文へのアクセスは、購読または無料閲読版へのリンクを通じてのみ可能)と同社は付け加える。ただし、これらの提案は全て、現時点のプランSの要請に反している。

他の学術出版社や科学団体は、自分たちの学術誌は完全オープンアクセスモデルに移行できるかもしれないが、出版事業を続けるためには、高額な論文掲載料を請求するか、掲載論文数を増やす必要があり、学術誌の質の低下を招く恐れがあると主張する。

米国科学アカデミー(NAS;ワシントンD.C.)が出版する米国科学アカデミー紀要(PNAS)は、コアリションSへの返答として、PNAS は掲載する論文を厳しく選別しているため、論文をオープンアクセス形式で出版するには論文1本当たり6000ドル程度(約66万円)の掲載料を著者に請求する必要があると述べた。また、このコストを前提とした場合、完全オープンアクセス誌への転換にはさらに数百万ドル(数億円)が必要になるという。

NASの会長であるMarcia McNuttはコアリションSに対して、「NASをはじめとする科学団体や学会の中で、完全オープンアクセス誌への移行に必要な資金を保有しているところはあまり知りません」と指摘し、この文書はPNAS の論説として公開された1

「購読と出版」契約

近年、出版社と研究機関の間では、オープンアクセスモデルへの移行を見据えた「購読と出版(read and publish)」契約が結ばれるようになっている。これは、ペイウォールの向こうにある論文へのアクセスについては図書館コンソーシアムが購読料を支払い、研究者は論文をオープンアクセス形式で出版できるとする契約で、欧州の研究者の間で需要が高まっている。けれどもプランSは、2024年までに「購読と出版」契約を終了させ、全てのハイブリッド型学術誌を、自分たちが求めるオープンアクセス形式に転換しなければならないと規定している。欧州の出版社の多くは、プランSが「購読と出版」契約の許容に期限を設けていることに反発している。

9カ国の機関グループとの間で「購読と出版」契約を結んでいるシュプリンガー・ネイチャーは、こうした契約は継続を許されるべきだと主張する。同社によると、この契約は研究者に歓迎されている上、多くの研究者は自分の論文を即時に無料で利用できるようにしているため、ハイブリッド型学術誌を完全オープンアクセス誌に転換する必要はないという。

シュプリンガー・ネイチャーと英国物理学会出版局は、論文著者が少ない少数の国々では、契約を根拠に、全ての学術誌で論文をオープンアクセス形式で出版することはできないと言う。AAASを含む出版社は、ハイブリッド型学術誌を除外することは、研究者が好きな場所で論文を出版する自由に反しているとも主張する。

交渉へ

意見を寄せた出版社の中に、The LancetCell を含め2960誌を発行しているオランダの巨大出版社エルゼビアの名前はない。エルゼビアは単独での意見は提出せず、自身がメンバーになっている国際STM出版社協会が提出した意見をまとめるのに協力したという。

国際STM出版社協会は、オープンアクセスへの画一的なアプローチというものはなく、プランSが提案するスケジュールは「性急に過ぎる」と指摘する。

シュプリンガー・ネイチャーはコアリションSに対し、出版社との間で個別に内密の話し合いを持ち、「互恵的な解決策」を探ってはどうかと提案する。

Smitsは、大手出版社とコアリションSの資金配分機関の代表からなる作業部会を組織して主要な原則に合意することで、個々の取り決めを交わしやすくしたいと考えている。

ユニバーシティー・カレッジ・ロンドン(英国)の図書館長Paul Ayrisは、オープンアクセス化の要求に従うよう、出版社は自分たちのビジネスモデルを変更すべきだと言う。「商業出版社は古い慣習にしがみつくのをやめて、現実に目を向けなければなりません」。

翻訳:三枝小夜子

Nature ダイジェスト Vol. 16 No. 5

DOI: 10.1038/ndigest.2019.190505

原文

High-profile subscription journals critique Plan S
  • Nature (2019-02-26) | DOI: 10.1038/d41586-019-00596-x
  • Holly Else

参考文献

  1. McNutt, M. Proc. Natl Acad. Sci. USA 116, 2400–2403 (2019).