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フッ素化合物を追跡する

一部の泡消火剤は環境中にフッ素化合物を撒き散らしている。 Credit: STEFAN ROUSSEAU/AFP/GETTY

コロラド鉱山大学(米国ゴールデン)のChristopher Higginsの研究室は、毎年数回、速達郵便物を受け取っている。送られてきたアイスボックスの中には、数本のバイアルが入っている。中身は、米軍基地付近の試掘孔から採取された250mlほどの水だ。これらは何の変哲もない水に見えるが、フッ素化合物で汚染されている。フッ素化合物は、近年、世界中で懸念が広がっている合成物質で、環境や生体への影響が心配される濃度のフッ素化合物は、北は欧州から南はオーストラリアまで、さまざまな国の河川や土壌、人間の血流中で確認されている。フッ素化合物の中でも昔からあるものについては研究が行われ、使用が禁止されたものもあるが、フッ素を含む謎の化合物が新たに続々と出現している。現在、Higginsらをはじめとする複数の環境化学研究室は、米国国防総省から助成金を得て、こうした謎の化合物の化学構造解明に取り組んでいる。「これらは、環境汚染物質の中では特に複雑な構造を持っていると思います」とHiggins。

最初はごく単純な話だった。1930年代に、油と水の両方をはじく界面活性剤を作ろうと考えた化学企業が、炭素鎖の全体をフッ素原子で包んだ化合物を開発したのだ。それから30年もしないうちに、有機フッ素化合物は、焦げ付かない鍋、レインコート、食品用ラップフィルム、泡消火剤、防汚性コーティングなど、あらゆる場所で見られるようになった。科学者たちは後に、この種のフッ素化合物を「パーフルオロアルキル化合物およびポリフルオロアルキル化合物(PFAS)」と呼ぶようになった。PFASの炭素–フッ素結合は、自然界に存在する結合の中でも特に強いため、分子が自然に分解することはない。

21世紀までに、業界内の研究により、パーフルオロオクタン酸(PFOA)とパーフルオロオクタンスルホン酸(PFOS)という2種類の最も一般的な有機フッ素化合物について、それらの濃度の上昇と、がんの発症や妊娠中に起こる問題など多くの健康問題との結び付きが確認された。企業はこれらの物質の使用をやめることを宣言し、各国は2009年にPFOSを「残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約」(POPs条約)の制限対象リストに追加することに同意した。2019年にはPFOAが同条約の廃絶対象リストに追加される予定だ。しかし、有機フッ素化合物分子は自然には分解しないため、欧州や米国、オーストラリア、中国に住む数億人はいまだに、規制当局が健康に問題ないとする濃度以上の物質にさらされている。

2000年代から、いくつかの化学企業は、彼らが言うところの「より安全な化学構造」のフッ素化合物に切り替えているが、これらも炭素にフッ素を結合させた部分を含んでいる。そして化学企業は、企業秘密である商品の化学構造を常に明かしてくれるわけではない。そのため科学者たちは、PFOAとPFOS以外のPFASが問題を引き起こしていないかどうか、何の情報もないところから調べようとしている。残留性汚染物質の影響を研究しているハーバード大学公衆衛生大学院(米国マサチューセッツ州ボストン)の疫学者Philippe Grandjeanは、「1から調べ直すのです」と言う。

今、環境化学者や疫学者、毒物学者たちは、何種類のPFASがあるかを推理し、環境中にあるこれらの物質を追跡し、どのような被害を及ぼし得るかを評価しようとしている。研究者たちは2018年5月までに、出願された特許と化学物質データベースから実に4730件ものPFAS関連構造を発見した。これらはいずれも商品に使用されている可能性がある(go.nature.com/2bekua3参照)。研究チームを率いたスイス連邦工科大学チューリヒ校の環境科学者Zhanyun Wangは、リストはどんどん長くなっていると言う(比較のためにその他の有名な化学汚染物質の数字を挙げると、ダイオキシンはわずか75種類、PCBことポリ塩化ビフェニルでも209種類である)。Wangに研究を委託した経済協力開発機構(OECD;フランス・パリ)の環境健康安全プログラムの主任行政官Eeva Leinalaは、全てのPFASについて健康への影響が懸念されるというわけではないが、その多くは毒性情報が全くないと言う。PFASは長期にわたって環境に残留するため、このギャップは心配だ。「PFASは私たちが今日直面する化学物質の中で最も残留しやすいものなのです」とWangは言う。

ルクセンブルク大学(ベルボー)の分析化学者Emma Schymanskiは、研究者にとってPFAS汚染の追跡は緊急で魅力的な挑戦であると語る。「この化学物質は常に変化しています」と彼女は言う。「最悪のシナリオですが、最も興味深いシナリオでもあります」。

PFASの謎

世界の軍事基地周辺の水と土壌は、PFASの濃度が高い。訓練中に使用された泡消火剤のせいだ。消火剤の泡は複雑な化学構造になることが多く、数百種類のPFASが含まれていることもある。泡消火剤は燃料火災の消火用に1960年代に導入され、消火能力が非常に高かったため、米軍は基地や主要な空港の標準防火設備とした。Higginsと共同研究を行うオレゴン州立大学(米国コーバリス)の環境化学者Jennifer Fieldは、泡消火剤はフッ素化合物全体の生産量のごく一部を占めているにすぎないが、環境に直接放出されるため、汚染問題では大きな割合を占めていると説明する。

FieldとHigginsの研究チームは、質量分析計を使ってこの水を分析している。質量分析計は、試料中の分子を単離して質量を測定した後、化合物を破壊してイオン化し、個々の断片の質量を再び測定する。PFOSやPFOAなどの既知のPFASでは、特徴的な指紋(スポット)がすでに分かっているため、特定するのは容易である。しかし、質量が未知の断片については、その化学構造を推定し、さらに、元の化合物がどんなものだったかを推測しなければならない。米国環境保護庁の国立曝露研究所(ノースカロライナ州リサーチトライアングル)の分析化学者Mark Strynarは、「概略を明らかにする作業は、化学者の脳と紙と鉛筆を使うところから始まります」と言う。

化学構造を推定したら、どこかの企業が似たような分子を記録していないか、特許データベースやその他のレジストリに照会する。自分がどの物質を探しているかが明確でない状態で検索を始めるこの手法は「ノンターゲット分析」と呼ばれ、非常に時間がかかるとSchymanskiは言う。「試料の分析は20分でできるのに、ノンターゲット分析のデータ解釈には丸1年かかるのです」。

Higgins、Field、Strynarらは、この10年ほどの間に普及してきた高分解能質量分析計を使うことによって、これまで記録されたことのないPFASを環境中に500種類近く発見したと考えている1,2。「私たちは、化学企業が知らない化学現象を明らかにしているのではありません」とFieldは言う。「化学企業が以前から知っていて、ずっと前から環境中にある複雑な化合物の組成を、税金を使って明らかにしているのです」。

問題の物質が化学者の推定どおりのものであることを確認するためには、研究者が得た値を、標準試料(高純度で単一成分からなる試料)を質量分析計で調べた結果と比較するのが理想的だ。しかし、メーカーは必ずしも標準試料を持っているわけではなく、持っていたとしても、詳細な構造は企業秘密であるとして教えてくれないことが多いため、比較はめったにできない。そこで研究者は、PFASを発見した際には、Schymanskiが2014年に導入したスケール3に照らした信頼度のレベルを付記して告知している。

標準試料は、血液中のPFAS濃度を正確に定量し、健康への影響を調査するためにも必要だ。そのニーズに応えるため、ウェリントン研究所(カナダ・ゲルフ)の化学者Alan McAleesとNicole Riddellは、自分たちでPFASを合成している。彼らはすでに約100種類の化学構造を作った。そのうち3つは、FieldとHigginsのノンターゲット分析で発見されたことがきっかけで作られた。環境中にあると考えられる物質を確認するのに役立つはずだ。

新しい分子でも有害性は同じ?

化学企業によれば、新しいPFAS分子の化学構造には、PFOAやPFOSほどの問題はないという。PFOAは8個の炭素原子からなる鎖を持つが(そのため略して「C8」と呼ばれることもある)、化学企業はすでに炭素数が6個または4個の鎖を持つ分子に切り替えている(「いろいろなフッ素化合物」参照)。彼らによると、新しいPFASは従来のものに比べて溶解性が高く、血流から排出されやすいため、動物やヒトの体内に蓄積しにくいという。また、フッ化炭素鎖に酸素原子を挿入し、より早く分解するとされる構造を持つPFAS分子も作られている。

いろいろなフッ素化合物
PFASと総称される有機フッ素化合物は、衣類、カーペット、泡消火剤など、さまざまな商品に使用されている。この物質は環境中で分解しない。研究者たちは4500種類以上の化学構造のリストを作成した。

しかし、アリゾナ州立大学(米国テンピー)の環境工学者Rolf Haldenは、フッ化炭素鎖を持つ分子は化学企業の説明とは異なり容易には分解されない、と指摘する。Haldenの反論に対してコメントを求められたフッ素技術企業の業界団体フルオロカウンシル(FluoroCouncil;米国ワシントンD.C.)は、同団体が助成金を出し、2019年1月に出版された総説4,5を引き合いに出して、少なくとも一部のPFASは安全であることが分かっていると主張する。論文によると、より複雑な構造のPFASが自然に変化してできる炭素数6のパーフルオロヘキサン酸(PFHxA)には発がん性も生体内蓄積性もなく、ヒトへの曝露については「量が少なく、稀である」という。

エンジニアリング・コンサルティング企業アルカディス(Arcadis;オランダ・アムステルダム)でPFASに関するコンサルティングチームを率いるIan Rossは、フルオロカウンシルの主張は技術的には正しいと言う。しかし彼は、PFHxAは多くの種類のPFASの中の1種にすぎず、複雑な混合物は、環境中にあらゆる種類の謎の中間化合物を残す可能性があるとも指摘する。例えば、2019年1月に発表された研究6では、泡消火剤によく使われているある種のPFASが、9種類の中間体を経て、最終的にPFHxAになることを明らかにしている。イーストカロライナ大学(米国グリーンビル)の毒物学者Jamie DeWittは、PFHxAについて得られているデータの量は、PFOAやPFOSに比べて非常に少ないと付け加える。

これらの化合物の危険性に関する証拠の多くは、2001年に米国ウエストバージニア州のパーカーズバーグという小さな町で、米国の複合企業デュポン(DuPont)を相手取って起こされた最初の大規模PFAS集団訴訟をきっかけに結成された科学パネルによってもたらされた。この町では、C8を直接扱う仕事に就いていたデュポンの従業員が数人病気になっていた。告発の内容は、デュポンがC8を環境中に流出させ、これを含む水を飲んだ人々に健康被害を引き起こしたというものである。2004年に和解が成立し、デュポンは保健・教育基金に7000万ドル(約77億円)を支出し、C8と病気との関連の有無を調べる研究に資金を出すことに合意した。これを受けて約7万人を対象とする疫学調査が実施され、2012年までに、腎臓がんと精巣がん、妊娠高血圧症、潰瘍性大腸炎、高コレステロール血症などがC8と結び付けられた(go.nature.com/2wzex8e参照)(和解の条件として、デュポンはこの研究による知見に対して異議を唱えることはできない)。その後、これらの病気にかかって集団訴訟に参加した約3550人が、個人的にデュポンを訴えた。2017年2月、総額6億7100万ドル(約750億円)で全ての訴訟が和解に至ったが、どの訴訟でもデュポンの違法行為は認められなかった。

別の研究ではGrandjeanが、一部のPFASが子どもの発育にどのような影響を及ぼすかを調べている。彼はフェロー諸島(スコットランドとアイスランドの間にある北大西洋の島群で、デンマークの自治領)の500人の子どもを出生時から20年間追跡し、母親と子どもの血液に含まれる5種類のPFASの濃度を測定した(Grandjeanは、この島々が比較的孤立した場所にあることから、住民の血液中に数種類のPFASしか現れず、他の地域の集団よりも研究が行いやすいと考え研究対象に選んだ)。彼は2012年に、血液中のPFAS濃度が高い子どもはワクチンに対する抗体産生能が低いと報告した7

主としてこの報告がきっかけとなり、欧州食品安全機関(EFSA)は2018年3月に、10年前に定めたPFOSとPFOAへの曝露限界値を改定した。PFOSについては1週間に体重1kg当たり1050ng(1050ng kg-1)から13ng kg-1へ、PFOAについては10500ng kg-1から6ng kg-1へと引き下げた。同機関によれば、この改定により人口の「かなりの割合」が危険なレベルのPFASに曝露していることになるという。また同機関は、2019年12月までに、他の25種類のPFASについても曝露限界値を定めるかどうか、そして、これらのPFASを個別ではなく混合物として評価できるかどうかに関する決定を発表するとしている。一方、米国環境保護庁(EPA)がPFOSとPFOAへの曝露に関するガイドラインを設けたのは2016年であり、飲酒水に含まれる2種類の物質の合計が70ppt(70ng kg-1)を超えるべきではないとしている。2018年には米国保健福祉省(HHS)が、曝露限界値はもっと低く設定するべきであり、PFOSについては7ppt、PFOAについては11pptとすべきであるとする研究の草稿を発表した(go.nature.com/2crcs3c参照)。約1億1000万人の米国人が、この推奨値を超える濃度のPFASを含む水を飲み、うち600万人は、EPAのガイドラインより高濃度のPFASを含む水を飲んでいる。

見えない機序

毒物学者たちは20年間もPFOSとPFOAを研究してきたにもかかわらず、PFASが健康被害を引き起こす仕組みをまだ解明できていない。「具体的な機序の理解については、研究者の間で意見の一致を見ていません」とDeWitt。例えば、長期にわたってPFOAにさらされた齧歯類は、PPAR-αという受容体タンパク質が活性化し得ることが示されている8,9。PPAR-αは肝臓などの脂質代謝を調節しているので、活性化により肝腫瘍を引き起こす可能性がある。この受容体はヒトにもある。ただ、PFOAへの曝露により肝腫瘍が生じているようには見えない。これらの研究の知見は、PFASが持つと考えられている他の種類の毒性と関連している可能性があるが、まだ明確になっていないとDeWittは言う。

毒物学者や規制当局がPFOAとPFOSに注目している一方で、新しい化学構造が出現している。「その数はどんどん増えているようです」とDeWittは言う。最近のPFASには、二重結合を持つものや、通常はフッ素がある位置が塩素や水素原子に置き換わっているものもある。枝分かれしているものや、環状のものもある。PFASのように見えるが、PFASの定義に入らないような物質群もあるとWangは言う。「無秩序状態です」。

数千種類のPFASを記載したWangは、より包括的なカタログを作りたいと考えている。新しい情報は欧州から来るだろう。2006年に導入された化学物質規制法により、メーカーは2010年11月から、市場に出した化合物に関する情報を登録することが義務付けられた。ただし、1年間の生産量や輸入量が少ない(1~100t)化合物については、2018年5月まで登録が免除されていた。それに、これよりも少量の生産なら、メーカーに登録義務はない。Wangと共同研究を行っているストックホルム大学(スウェーデン)の環境化学者Ian Cousinsは、「あらゆる種類の奇妙な化学構造が続々と見つかっています」と言う。「最終的な数字が明らかになるのはもっと先のことでしょう」。

Wangの研究は、ノンターゲット分析の作業を加速するのに役立つ可能性がある。彼とSchymanskiは、現在、膨大な種類のPFASの化学構造を自動的に編集し、断片化して、質量によって断片を分類するソフトウエアツールを構築するために手を結んでいる。いつの日か、研究者たちは、このツールを使って、環境中の試料で見つかった未知の質量を同定できるようになるかもしれない。

追跡と破壊

2018年10月初旬、米国ロードアイランド州プロビデンスの州間高速道路95号線の合流ランプでタンクローリーが横転し、約4万8000Lのガソリンが流出した。流出したガソリンには念のため、炭素数6のPFASを含む泡消火剤がかけられた。事故現場はプロビデンス川の横で、この川は約10km先でナラガンセット湾に注いでいる。

この事故を知ったロードアイランド大学(米国キングスタウン)の修士学生Christine Gardinerは、すぐにロードアイランド州環境管理課の職員にメールを出した。同課の職員は、ナラガンセット湾の水質監視を夏に行うための観測ブイネットワークの維持管理を行っている。Gardinerは職員が次に湾を訪れるときに同行する許可を得て、それぞれの観測ブイの場所で海水を採取するための空のボトルと、PFASを採取するためのイオン粉末を詰めた手製の多孔質管を持っていった。これらの「パッシブサンプラー(受動的試料採取装置)」は、個々のブイのロープに取り付けられ、水中に約2週間置かれた。

Gardinerは既知の約20種類のPFASについて試料を分析し、この方法で捕集できるかどうか確認しようとしている。また、PFASがどのように湾内を渡ってきたかも解明したいと考えている。彼女は、指導教員のRainer LohmannとGrandjeanと共に、米国立環境衛生科学研究所(NIEHS)からの850万ドル(約9億5000万円)の助成金による5年間のプロジェクトに参加している。プロジェクトの共同研究者であるハーバード大学(米国マサチューセッツ州ケンブリッジ)のElsie Sunderlandは、約30種類のPFASを発生源から追跡し、最終的に環境中のどこに落ち着くかを調べている。Sunderlandは、血液中のPFAS濃度が高い人々の曝露源を追跡することで、彼らの役に立ちたいと考えている。曝露源は、人々が食べる魚や、飲料水、ハウスダストかもしれない。

PFASをどのように除去するかも問題だ。米国、欧州、オーストラリアでは30以上のPFAS除去プロジェクトが行われていて、それぞれに100万ドル(約1億1000万円)以上の費用が投じられている。こうしたプロジェクトでは、炭素数8以上の長鎖PFASを捕集できるフィルターを用いることが多い。しかし、炭素数が少ないPFASはフィルターで捕集しにくい。ノースカロライナ州立大学(米国ローリー)の環境工学者Detlef Knappeは、新しいPFASの中にはフィルターを完全にすり抜けてしまうものもあると言う。

2017年4月、オーストラリアのブリスベン空港で泡消火剤が流出して近くのボギー・クリークに約2万2000Lが流入した際、PFAS除去法の1つについて実証実験が行われた。当局はクリークをせき止めて水をくみ出し、数百個のタンクに詰めて、タールマックで舗装された近くの道路に保管した。アルカディス社の研究者らは、オゾンを使って有機物の多くを酸化した。Rossによると、この過程で微小な気泡が大量に発生し、汚染物質を閉じ込めるという。PFASが濃縮された泡は表面に上がってくるので、この部分をすくい取って除去することができる。

今度は、PFASが濃縮された泡や炭素フィルターをどうするかという問題になる。現時点では、その多くは埋め立てられている。けれども、それは問題を先送りしただけだとKnappeは言う。浸水対策をしていない埋め立て地では、PFASは雨などの液体とともにフィルターから抜け出して地中に染み込み、地下水を汚染する恐れがある。実際、多国籍メーカーの3M(スリーエム)は、「ミネソタの天然資源に損害を与える恐れが高いことを意図的に無視」してPFASで汚染された廃棄物を埋め立て、それを地下水に漏出させたとして、米国ミネソタ州で訴訟を起こされた。訴訟は2018年2月に8億5000万ドル(約950億円)で和解に至り、3Mは汚染についても損害についても法的責任を一切問われなかった。

しかしKnappeは、浸水対策が施された埋め立て地であっても、底に溜まった液体はPFASを除去する能力のない廃水処理場に送られることが多いため、PFASは結局は水路に行き着くことになると指摘する。2018年8月、EPAは埋め立て地のPFAS汚染水の問題を解決するための研究計画に600万ドル(約6億6000万円)を提示した。

理想的には、化学者が炭素鎖からフッ素原子を除去して安定で安全なフッ化物イオンを形成させる方法を見つければよい。ただし、言うのは簡単だが、実際に行うのは難しい。Rossによると、強固な炭素–フッ素結合も高温灰化により切断でき、ボギー・クリークの泡は最終的に1100℃以上の高温で灰化されたという。しかし、PFASを灰化すると何に変わるのかも、灰化産物が安全であるかどうかも、ほとんど分かっていない。「まだ研究が必要だと思います」とKnappeは言う。

Rossによると、アルカディス社の研究者たちは、超音波パルスを使ってPFASからフッ素原子を除去するというアイデアを改良し、スケールアップする研究に取り組んでいるという。超音波パルスにより微小な泡を作り、この泡が膨張し、収縮して、最後にはじける。その際、泡の表面の温度は炭素とフッ素を切り離すのに十分な高さになる。

本当に必要なのか?

Knappeは、現時点で最優先すべきことはPFAS汚染を防ぐことであり、それは、製造と処分の過程を責任を持って行うことを意味すると言う。けれども一部の人々はさらに踏み込み、必要のない場面でPFASを使用することを禁止していくべきだと提案する。

現在、問題のあるPFASの規制は、ストックホルム条約の対象リストに個別に追加するという形で行われている。PFOAが禁止された後、ストックホルム条約の委員会はパーフルオロヘキサンスルホン酸(PFHxS)の評価を行うことで合意した。けれどもCousins、Wang、Lohmannは、どうしても欠かせない機能を提供するもの以外は、あらゆるPFASの使用を基本的に制限するべきだと考えている。彼らは、この考え方に基づく規制の枠組みを執筆中で、2019年内の出版を予定している。

フルオロカウンシルの考えは違う。あるスポークスパーソンは、「これだけ幅広い物質について一概に結論を導き出そうとしたり、画一的な規制を課そうとしたりするのは適切ではありません」と言う。

とはいえ、泡消火剤にPFASを使用する必要性についての見方はすでに変化している。消火剤の泡が、酸素が火に触れるのを阻止する「安定な泡の毛布」としての役割しか担っていないなら、PFASが含まれていなくても同じ役割を果たすことができるとRossは言う。シドニー空港、ロンドンのヒースロー空港、シンガポールのチャンギー空港など、世界の多くの空港ではすでに、フッ素を使わない泡消火剤に切り替えている。2018年9月には米国の連邦航空局(FAA)が、国内の民間機専用空港に対して軍の標準規格の順守を免除し、フッ素を使わない泡消火剤に切り替えられるようにした。

Cousinsは現在、PFASの無数の用途を検証している。特に意外なものとしては化粧品があり、これといった理由もなくPFASを使っているようだという。また、一流のスキー選手は有機フッ素化合物入りのスキーワックスを使っている。禁止すれば自国のスキー選手が不利になるのだから、どの国もそんなことはしないだろうと話す。

おそらく最も厄介なのは、含フッ素ポリマーだ。この物質は便利で、多くの人が安全だと信じている。含フッ素ポリマーは、ほとんど全ての電子部品と太陽電池のコーティングに使われているだけでなく、医療機器や高分解能質量分析計のチューブにまで使われている(研究者は試料が汚染されるのを防ぐための用心をした上で使用している)。使用中にポリマーから脱落するPFAS分子はほとんどないが、多くのPFAS副産物が、含フッ素ポリマーの製造と関連付けられているとCousinsは言う。

PFASの代用となる物質が全くない場合もある。ストックホルム条約によるPFOAの使用禁止の適用が除外されている7用途の1つに、医療従事者や石油・ガス産業の作業員の防護服がある。こうした人々は水と油の両方から身を守る必要があり、材料にその性質を持たせられるのはPFASだけなのだ。

「皮肉なことに、フッ素化合物の化学はまるで魔法みたいです」とHaldenは言う。「これほど便利でなければ、手放すのは容易なのですが」。

翻訳:三枝小夜子

Nature ダイジェスト Vol. 16 No. 5

DOI: 10.1038/ndigest.2019.190520

原文

Tainted water: the scientists tracing thousands of fluorinated chemicals in our environment
  • Nature (2019-02-07) | DOI: 10.1038/d41586-019-00441-1
  • Xiaozhi Lim
  • Xiaozhi Limは、米国マサチューセッツ州ナティック在住のフリーランスライター。

参考文献

  1. Xiao, F. Water Res.124, 482–495(2017).

  2. Wang, Y. et al. Environ. Sci. Technol. 52, 11007–11016(2018).

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  9. Corton, J. C. et al. Crit. Rev. Toxicol. 44, 1–49 (2014).