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KAGRAが開く重力波天文学の新時代

日本の大型低温重力波望遠鏡KAGRAは2019年内に本格観測に入り、世界の重力波観測網に加わることになる。 Credit: THE ASAHI SHIMBUN VIA GETTY

厚いビニールシートに覆われた家ほどの大きさの足場の中で、物理学者の都丸隆行はクリーンルーム用ウエアに身を包んでいる。高エネルギー加速器研究機構(KEK;茨城県つくば市)の准教授である都丸は、重力波望遠鏡の建設において最も繊細で重大な仕事の1つを担っている。この装置を構成する4基のサファイア鏡(テストマスと呼ばれる)のうちの1基の設置だ。人工サファイアの塊を研磨して製作した円筒形の鏡は、重さが23kgもある。これらの鏡は赤外線レーザー光を反射するためのもので、長さ3㎞の高真空のパイプ2本の各先端と根元に設置される。本格観測が始まると、重力波の通過を検知しようと待ち受けているパイプの中で、これらの鏡が赤外線レーザー光を行ったり来たりさせることになる。(「重力波望遠鏡KAGRA」参照)。

重力波望遠鏡 KAGRA
2019年内の稼働を予定する日本のKAGRAは、世界で4番目、アジアでは最初の大型重力波検出器である。重力波検出器が地下に建設されるのも、その鏡が20ケルビン前後の極低温まで冷やされるのも世界初で、いずれも背景雑音の中から「宇宙のさざ波」を分離するのに役に立つと期待されている。

164億円を投じて建設された日本の大型低温重力波望遠鏡KAGRA(Kamioka Gravitational Wave Detector)は、ワシントン州とルイジアナ州の2つの観測施設からなる米国のレーザー干渉計重力波観測装置[Laser Interferometer Gravitational-Wave Observatory;LIGO(ライゴ)]や、イタリアのVirgo干渉計(Virgo Interferometer)と同じ原理で重力波を捉える装置である。重力波は、2つのブラックホールの合体や2つの中性子星の衝突などの激しい天体現象によって発生する「時空のさざ波」であり、科学者たちは長らくその検出を試みてきた。LIGOとVirgoによって検出されるようになったのは、ごく最近のことである(2016年4月号「重力波を初めて直接検出」、2017年12月号「重力波源を光で観測」および「ノーベル物理学賞は重力波を検出した3氏に」参照)。

ここにKAGRAが加わって世界の重力波観測網が拡大すると、天体物理学者が宇宙からの微弱なシグナルの発生源を特定する精度は大幅に向上する。重力波の特性(重力波がやってきた方向など)を詳細に調べ、最終的には、これまでなかなかつかめなかった重力波源天体に関する情報も手にすることができるだろう。

KAGRAは既存の重力波検出器を踏襲する装置であるだけではなく、未来の重力波検出器のための重要な試験台となり得るものだ。LIGOの共同設立者として2017年にノーベル物理学賞を受賞したマサチューセッツ工科大学(MIT;米国ケンブリッジ)の物理学者Rainer Weissは、「KAGRAは未来の重力波天文学にとって欠かせないものとなり得る2つのコンセプトを試そうとしています」と言う。

第1のイノベーションは、それが地下に建設される最初の大規模干渉計であることだ。KAGRAの2本のアームは岐阜県北部の池ノ山の地下トンネル内に伸びている。KAGRAプロジェクト代表で、ニュートリノの研究により2015年にノーベル物理学賞を受賞した東京大学宇宙線研究所所長の梶田隆章は、「装置が地下にあることは有利に働くと考えています。地面は常に振動していますが、典型的には、地下ではこの振動が地表より2桁も小さくなるからです」と言う。

第2のイノベーションは、LIGOとVirgoの鏡が室温で使用されているのに対して、KAGRAの鏡は熱振動の影響を抑えるために20ケルビンという極低温に保たれることだ。

KAGRAが計画通りに稼働すれば、重力波観測にとって非常に重要なノウハウを提供することになる。LIGOのスポークスパーソンであるMITの物理学者David Shoemakerは、中でも極低温技術の利用は、今後、重力波検出器の感度を大幅に上げるために欠かせないものになるかもしれないと期待している。

困難な道のり

重力波が初めて直接観察されたのは数年前のことだが、重力波の存在自体はアルベルト・アインシュタインによって100年以上前に予言されていて、日本は早い段階から重力波の検出レースに参加していた。米国、英国、ドイツの物理学者による重力波研究に続いて、1990年代初頭には東京大学の研究者がプロトタイプの干渉計を建設し、1999年には国立天文台の基線長300mの重力波検出器TAMA300が観測を始めた。国立天文台でKAGRAの研究チームを数年間率いた物理学者のRaffaele Flaminioによると、TAMA300は、当時としては世界最大、最高感度のプロトタイプ干渉計であったという。しかし、TAMA300が重力波を検出することは期待されていなかった。重力波の観測では空間の伸び縮みを測定するため、距離が長いほど重力波の効果を検出しやすくなり、基線長が短い検出器は不利になるからだ。さらにこの検出器が人為的な振動だらけの東京(国立天文台三鷹キャンパス内)にあったことも成功の見込みを薄くしていたと梶田は言う。

1990年代に欧州と米国の研究者がLIGO(基線長4kmの干渉計2基)とVirgo(基線長3kmの干渉計1基)を建設するための資金を確保した一方で、日本の研究者は資金調達に苦戦していた。さらなる打撃は2001年に発生した。池ノ山の地下に建設中だった巨大なニュートリノ観測装置スーパーカミオカンデで重大な事故が発生して巨額の損失が出たことで、日本政府はビッグサイエンスプロジェクトへの出資を渋るようになったのだ。

それでも日本の研究者たちは干渉計の開発を続け、極低温の鏡を用いる方法を追究した。2006年には、KAGRAのプロトタイプである基線長100mの低温レーザー干渉計(Cryogenic Laser Interferometer Observatory;CLIO)が神岡のトンネル内で稼働し始めた。梶田によると、CLIOは世界で初めて極低温まで冷やされた鏡で、完成までに20年を要したという。時間がかかった主な理由は冷凍機の振動だ。「冷凍機は機械的な装置です」と梶田は言う。機械的な装置を稼働させると、どうしても振動してしまう。鏡の熱振動を低減するために冷凍機を使って極低温に冷やそうとすると、冷凍機の振動が鏡に伝わって重力波検出の妨げになってしまうのだ。研究者たちは、冷凍機を鏡の懸架系と物理的に接触させつつ、冷凍機の振動が鏡に伝わらないようにする方法を考案しなければならなかった。

2000年代の終わりにかけて、日本人が率いる大規模な重力波検出器の展望は突然明るくなった。スーパーカミオカンデの事故後の再建を主導し、ニュートリノ科学に大きなブレークスルーをもたらした実績を持つ梶田が、プロジェクトの守護者として加わったのだ。彼は、ビッグサイエンスプロジェクトのマネジメントに精通した研究者として、KAGRAに信用を付与した。TAMA300とCLIOに関わり、現在はKAGRAで主要な役割を担っている東京大学宇宙線研究所の准教授、三代木伸二は、梶田がKAGRAで果たした役割は、2017年にWeissと共にノーベル物理学賞を受賞したカリフォルニア工科大学(米国パサデナ)の物理学者Barry BarishがLIGOで果たした役割と同じだったと語る。

2010年には国会の承認によりプロジェクトに予算がつき、韓国や台湾なども資金面でパートナーとなった。三代木によると、「KAGRA(かぐら)」という愛称は公募に寄せられた600件以上の候補の中から選ばれたもので、「Kamioka(神岡)」、「Gravitational wave(重力波)」のイメージや、神に奉納する踊りである「神楽」との語呂合わせを意識しているという。

水との戦い

KAGRAの建設は2010年に始まり、6kmのトンネルの掘削は2012年から2年足らずで完了した。

完成直後のL字型トンネル(2014年7月撮影) Credit: THE ASAHI SHIMBUN VIA GETTY

しかし、この場所には問題もあった。池ノ山の岩石は多孔質で、大量の湧水に悩まされたのだ。東京大学宇宙線研究所の助教、苔山圭以子は、カリフォルニア工科大学でLIGOのプロジェクトに従事していた2014年にこの場所を訪れた時のことを振り返り、トンネルの中は「土砂降りの雨」で、床は泥だらけだったと語った。トンネルを乾燥した状態に保つためには、内側を覆う壁がもう1層必要だった。苔山は現在、KAGRAのレーザー光源の監督や、その他の役割を担っている。

春になって地上の雪が解けてくると、KAGRAのトンネルの排水系は毎時1000tもの排水を行わなければならない。そのため恐らく、毎年雪解けの頃にはKAGRAの運転を停止することになるだろうと梶田は言う。「こんな条件で運転するのは非現実的ですから」。

研究チームは2019年内には本格観測に入れるだろうと考えている。そうすれば、LIGOとVirgoが3月に開始する1年間の観測に参加することができる。KAGRAが観測を開始する時には、世界の重力波研究コミュニティーの目が向けられるだろう。LIGOが計画しているLIGOボイジャー(LIGO Voyager)というアップグレードでは鏡を低温化することになっているが、その温度はKAGRAほど低くない。また米国の研究コミュニティーは、コズミック・エクスプローラー(Cosmic Explorer)という基線長40kmの極低温重力波検出器を設計している。さらに欧州の研究者は、基線長10kmの干渉計を三角形に並べたアインシュタイン望遠鏡(Einstein Telescope)という極低温重力波検出器を地下に建設したいと考えている。「彼らはきっとKAGRAから学んでくれることでしょう」と梶田は言う。

「KAGRAのこれまでの歩みは非常に困難なものでしたが、私たちを勇気づけてくれました」とShoemakerは言う。「彼らは、私たちが未来の重力波検出器に必要だと思っていることのいくつかを追求してくれました。彼らの経験は私たちを大いに助けてくれるでしょう」。

翻訳:三枝小夜子

Nature ダイジェスト Vol. 16 No. 4

DOI: 10.1038/ndigest.2019.190407

原文

Japan’s pioneering detector set to join hunt for gravitational waves
  • Nature (2019-01-02) | DOI: 10.1038/d41586-018-07867-z
  • Davide Castelvecchi