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1つの抗体で全ての型のインフルエンザと闘う

世界で最も多くの犠牲者を出した戦争の1つである第一次世界大戦では約2000万人の命が奪われた。しかし、第一次世界大戦が終結した1918年、世界はさらなる災禍に見舞われた。インフルエンザウイルスのパンデミック(世界的大流行)により、推定で5000万~1億の人々が犠牲になったのである1。たった1種類の単純な構造のウイルスがわずか数カ月で、4年にわたった残酷な戦争よりも多くの人命を奪った。

現在、インフルエンザワクチンは、数え切れないほどの命を守り、インフルエンザのパンデミックを防ぐのに役立っていることは疑いの余地がない。しかし、ワクチンはそのシーズンに流行が予想されるウイルス株に合わせて、毎年違うものを製造する必要がある。また、ワクチンの防御効果は通常、子どもや高齢者の方がそれ以外の人たちよりも低い2。インフルエンザウイルスはヒトの健康への脅威であり続けており、異なるインフルエンザウイルス株を広く防御できる対応策の開発が早急に必要とされている。

このほどスクリプス研究所(米国カリフォルニア州ラホヤ)のNick S. Laursenらは、さまざまなインフルエンザウイルスからマウスを防御する改変抗体を作製したこと、またこの改変抗体がヒトに対して病原性を示す2つの主要なウイルスタイプ(A型およびB型のインフルエンザウイルス)に属するほとんどのウイルス株を防御することを示し、2018年11月2日にScienceで報告した3。A型インフルエンザウイルスとB型インフルエンザウイルスに属する株では、免疫の標的となる抗原の特徴が異なっているため、このような広範な防御を得ることはこれまで困難で、「普遍的な」防御策の開発は実現困難な目標だった。Laursenらの手法を、ヒトでも有効活用できる形に改良できるならば、世界中で新型インフルエンザウイルスを生じるなど、進化し続けるインフルエンザウイルスへの感染から人々を守ったり、感染を封じ込めたりするのに役立つ可能性がある。

1918年のパンデミックの際には、この病気がインフルエンザウイルスにより引き起こされることが分かっていなかった。ワクチンが利用できたなら、この世界的な疫病をもっと限定的なものにできただろう。しかし、インフルエンザウイルスは迅速に変異し得るので4、有効なインフルエンザワクチンの開発は容易ではない。ウイルスの変異レベルが高いと、2つの重要なタンパク質に常に変化が生じ続ける。1つはウイルスの表面に位置するヘマグルチニンで(図1)、ウイルスの接着と侵入の受容体となる宿主細胞上の分子を認識する。

図1 さまざまなインフルエンザウイルス株を標的とする改変抗体
Laursenらは3、マウスを用いた研究で、広範囲にわたるインフルエンザウイルス株を防御できる抗体を開発したと報告した。
a. Laursenらは、ラマ(Lama glama)の抗体を基盤として改変抗体を作製した。ラマ抗体は、ヒト抗体のように重鎖として知られる領域を含んでいるが、軽鎖と呼ばれる構造を持たず、ヒト抗体よりも小さい。
b. Laursenらは、インフルエンザウイルス表面のタンパク質であるヘマグルチニン(HA)を標的とするラマ抗体を評価した。彼らは in vitro解析によって、ウイルスに対する強力な防御を示す抗体を特定し、A型(緑の抗体)およびB型(紫の抗体)という2つの主要なインフルエンザウイルス群を標的とする抗体を単離した。構造解析から、抗体がHAの基部あるいは頭部に結合するかどうかが明らかになった。
c. Laursenらは、ラマ抗体の複数のHA認識ドメインをリンカーペプチド(黒)で連結させた改変抗体を作製した。さらに、免疫細胞との相互作用に役立つようFc領域と融合した改変抗体も作り出した。この抗体は、マウスで、調べたA型およびB型のインフルエンザウイルス株ほぼ全てに対して防御を示した。

ヘマグルチニンは、もう1つの重要なウイルスタンパク質、ノイラミニダーゼにも結合する。ヘマグルチニンには異なる18のサブタイプ、ノイラミニダーゼには異なる11のサブタイプがある。これらの2つのタンパク質は、インフルエンザウイルス株を命名する基礎になっている。例えば、H1N1インフルエンザウイルスとは、ヘマグルチニン(H)のサブタイプ1とノイラミニダーゼ(N)のサブタイプ1を持つウイルスであることを示している。

さまざまなインフルエンザウイルス株を防御する取り組みでは、広域中和抗体と呼ばれる抗体が見つかったことで突破口が開かれた。こうした広域中和抗体は、ヘマグルチニンの基部と呼ばれる領域の、進化的に高度に保存された不変の構造に結合することができる5,6。広域中和抗体は、ヘマグルチニンに結合して、ウイルスが細胞へ侵入する能力を抑制することでインフルエンザウイルスと闘う。また、こうした抗体は、例えば、ウイルスに感染した細胞の殺傷を促進する免疫細胞を誘導して抗ウイルス応答を高めることもできる。しかし、広域中和抗体は通常、全てのインフルエンザウイルスを認識するわけではない。A型インフルエンザウイルスは、そのヘマグルチニンのサブタイプによってグループ1とグループ2に大別されるが、例えばグループ1のヘマグルチニンを認識する広域中和抗体は、グループ2のヘマグルチニンには反応しないことが多く、B型インフルエンザウイルスも認識しない7

Laursenらは、A型とB型のインフルエンザウイルスを標的とするために、ヘマグルチニンの進化的に保存された領域(特にこのタンパク質の基部)に結合するさまざまな抗体の認識ドメインを「連結」することで抗体を改変するという考えを持っていた。彼らは、インフルエンザワクチンや組換えヘマグルチニンタンパク質をラマ(Lama glama)に接種して、生じた抗体についてin vitroで検討することで、さまざまなインフルエンザウイルスに対して最も有効で、広範囲にわたって中和できる抗体を見いだした。これらの抗体の特定の組み合わせによって、調べたインフルエンザウイルス株ほぼ全てを標的にできることが分かった。ラマ抗体は、ヒト抗体よりも小さく、単純な構造であり、2つ以上の抗体のタンパク質領域を連結することを目的とした工学的手法に適している。

ラマ抗体は、ヒト抗体よりも小さく、単純な構造を持つ。 Credit: Peter Giovannini/Getty

Laursenらは、いくつかのインフルエンザウイルス認識領域をタンパク質リンカーで連結することで、さまざまなインフルエンザウイルスを標的とする改変抗体を作り出すことに成功した。さらにこのようなウイルス認識構造を、抗体のFc領域と呼ばれる構造に融合すると、このキメラタンパク質は免疫細胞と相互作用して、免疫細胞を活性化できるようになった。

この改変抗体を投与されたマウス、あるいはこの抗体をコードする遺伝子をアデノ随伴ウイルス(AAV)により鼻腔細胞内に送達されたマウスは、通常は致死量のインフルエンザウイルスから防御された。この遺伝子送達手法によって数週間から数カ月にわたる抗体の産生が確保されたことから、経時的に複数回の抗体投与を行わなくても防御が維持されることが示された。

この手法が、ヒトでインフルエンザウイルスの防御に使用できるかどうかは分からない。インフルエンザウイルス株がマウス細胞に感染する際に用いる受容体であるシアル酸の型は、ヒト細胞内に侵入するのに必要なシアル酸の型とは異なっており、マウスはヒトのインフルエンザを調べるのに適したモデルではないからだ。さらに、マウスとヒトでは、組織への感染パターンや血流中でのウイルス動態が異なっていることが多い8。マウスのインフルエンザウイルスに対する防御では、免疫細胞上のFcγR-IIIと呼ばれる受容体タンパク質(標的に結合した抗体を認識する)が仲介する経路が関与している可能性があるが9、ヒトでこのタイプの免疫機構が関係しているかどうかは分かっていない。また、ヘマグルチニンの基部を標的とする抗体では、インフルエンザにすでに感染しているヒトの症状を軽減できない。また、こうした抗体がインフルエンザの感染を防げるかどうかについては、現在臨床試験が行われている10

ヒトでこの手法を用いることについては、非ヒト抗体に対する免疫応答が引き起こされるかもしれないという懸念がある。改変ラマ抗体は血液凝固障害の治療目的での臨床使用が承認されているが11、ヒトで抗インフルエンザマルチドメイン抗体に対する免疫応答が生じるかどうかは、臨床試験でしか明らかにならないだろう。ラマ抗体は「ヒト化」(抗原認識部位以外をヒト抗体の関連ドメインに極めて類似するように改変)できるが、そのような修飾の影響はヒトで評価する必要があると考えられる。

AAVを使うことについても懸念がある。このウイルスを遺伝子治療に用いる場合、十分かつ持続的な遺伝子発現レベルの達成には限界があるからだ12。AAVに関する他の安全性や規制上の懸念は、このウイルスを用いて遺伝子を持続的に発現させることに関連している。こうした持続的発現によって、時間の経過とともに、改変抗体にヒト抗体が結合して複合体が形成される可能性があるからだ。とはいえ、高齢者などの特定の人々はインフルエンザウイルスによる死亡率が高く、若齢成人よりも免疫応答が弱い傾向があるという事実から、改変抗体によって特に恩恵を受けるかもしれない。

こうした懸念はあるものの、改変抗体を遺伝子送達手法によって発現させる手法は、さまざまなタイプの感染症の予防や治療の方法になる可能性がある。さらに、そうした処置の結果は、抗ウイルス薬やワクチンの開発のための有用な標的を確かめるのに役立つかもしれない。例えば、ヘマグルチニンの基部を標的とする広域中和抗体が、in vivoでヒトにおいてインフルエンザウイルスの感染を防御できるなら、ワクチン接種の手法で広域中和抗体を生み出すような取り組みが促されるだろう。以前、構造を基盤とする手法を用いたワクチン設計によってヘマグルチニンの基部を標的とする抗体が作製されていて、動物モデルを用いた前臨床試験では有望であることが示されている13-15

2つ以上の部位を標的にできる抗体を作製するLaursenらの手法は、HIVウイルスの3つの独立した部位を標的とする複数の広域中和抗体から1つの抗体を開発したという以前の研究16を彷彿とさせる。その抗体は、血中循環しているHIV株の99%以上を中和でき、またこの3部位特異的抗体の1つの抗体成分のみでは効果が見られなかったウイルスによる感染を阻止した。

改変抗体を用いることで、標的に複数部位特異的に結合させる時代が始まった。これはヒトの健康を守る新しい防御手段につながる可能性がある。

翻訳:三谷祐貴子

Nature ダイジェスト Vol. 16 No. 4

DOI: 10.1038/ndigest.2019.190427

原文

All for one and one for all to fight flu
  • Nature (2019-01-03) | DOI: 10.1038/d41586-018-07654-w
  • Gary J. Nabel & John W. Shiver
  • Gary J. Nabelはサノフィ社(米国マサチューセッツ州ケンブリッジ)、John W. Shiverはサノフィ・パスツール社(米国ペンシルベニア州スウィフトウォーター)に所属。

参考文献

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  2. Paules, C. & Subbarao, K. Lancet 390, 697–708 (2017).
  3. Laursen, N. S. et al. Science 362, 598–602 (2018).
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