News

南極の氷底湖から微小な動物の死骸を発見

Nature ダイジェスト Vol. 16 No. 4 | doi : 10.1038/ndigest.2019.190410

原文:Nature (2019-01-18) | doi: 10.1038/d41586-019-00106-z | Tiny animal carcasses found in buried Antarctic lake

Douglas Fox

南極大陸の厚さ1kmの氷を掘削し、その下に埋もれた氷底湖に到達するという希少なミッションから、驚くべき発見があった。

研究者チームは熱水ドリルを用いて厚さ1kmの氷を掘削し、氷底湖への直径60cmの入り口を作った。 | 拡大する

BILLY COLLINS/SALSA SCIENCE TEAM

南極点から600kmの地点にある氷底湖を目指して掘削を行っていた科学者たちが、大昔の生物の驚くべき痕跡を見つけた。厚さ1kmの氷の下に、芥子粒よりも小さい甲殻類と緩歩動物(いわゆる「クマムシ」)の死骸が保存されていたのだ。

外界から何千年も隔離されてきた「マーサー氷底湖」を人類が見るためには、従来、氷を透過するレーダーやその他の遠隔測定技術などの間接的な方法に頼るしかなかった。しかし、2018年12月26日、そんな状況が一変した。全米科学財団(NSF)から資金を受けた研究者たちが熱水ドリルで厚い氷を掘削し、氷の下に埋もれた湖に到達したのだ。

南極氷底湖科学調査団(Subglacial Antarctic Lakes Scientific Access:SALSA)のメンバーとして氷底湖の探査を行ったネブラスカ大学リンカーン校(米国)の古生物学者David Harwoodは、動物が見つかることは「全く予想していませんでした」と言う。

生物学者がマーサー湖の動物の少なくとも一部が陸生動物であることに気付くと、当惑はさらに深まった。8本脚の緩歩動物は、じめじめした土壌にすむ種に似ていた。また、蠕虫のように見えたものの正体は、陸生の植物の巻きひげ、または菌糸だった。これらの甲殻類が海にすんでいた可能性は否定できないものの、氷に覆われた小さな湖にすんでいた可能性も同程度ある。

研究チームは現時点では、今回発見された生物が、南極大陸が短期間だけ温暖化して氷河が後退した時代(1万年前から現在にかけて、または12万年前)に、マーサー湖から約50kmの地点にある南極横断山地の池や小川に生息していたものではないかと考えている。その後、気候が寒冷化して動物たちのオアシスは氷に包まれた。甲殻類や緩歩動物がどのようにしてマーサー湖にたどり着いたかを巡っては、まだ議論があるが、SALSAチームの今後の解析により答えが得られる可能性もある。生物の歴史を丹念につなぎ合わせていくことで、数千年前の南極大陸の氷河が、いつ、どこまで後退したかが明らかになるだろう。

カリフォルニア大学サンタクルーズ校(米国)の氷河学者Slawek Tulaczykは、SALSAのチームには参加していないが、「実に素晴らしい発見です。本当に驚きました」と言う。彼は1990年代から氷河の氷の下から採取した堆積物を調べてきたが、氷床の下からこのようなものが見つかったことはないという。Tulaczykは、2013年に1度だけ実施された南極大陸の氷底湖の掘削探査で遠征チームの共同リーダーを務めている。今回の調査はそれ以来であった。研究チームは当時、マーサー湖から50km離れた地点にあるウィランズ湖に多くの微生物が生息していることを発見したが、高等な生物の痕跡は全く見られなかった(2014年11月号「南極大陸の秘密の湖」参照)。

マーサー湖の場合、氷の下を流れる川が、動物の死骸や菌類を山から湖へと運んだのだろうとTulaczykは言う。あるいは、氷河の底で凍った動物が、氷河と共に山を流れ下ってきたのかもしれない。つまり、南極横断山地の歴史の大昔の部分を理解するためのカギは、ウィランズ湖の底に埋もれている可能性もある。

この長い物語の始まりは2018年12月30日にさかのぼる。この日、SALSAの科学者たちがマーサー湖の水温を測定し、湖の底から灰褐色の泥をかき取った装置を引き上げた。この泥を顕微鏡で観察したHarwoodは、期待通りのものを見つけた。珪藻(光合成をする藻類)の殻だ。珪藻は、今から何百万年も前、南極大陸がもっと温暖で、現在のマーサー湖に当たる地域が氷のない海だった時代に生き、死んでいったものである(「氷の下の湖」参照)。けれども彼は、珪藻のガラス質の断片の中に場違いなものも見つけた。それは小エビに似た甲殻類の殻で、まだ脚が付いていた。その甲皮には「地面に落ちて1シーズン経過した落ち葉のような」斑点や変色が見られたとHarwoodは言う。

氷の下の湖
科学者たちは近年、南極大陸の氷の下に埋もれた氷底湖のネットワークの研究を開始した。2013年の掘削ではウィランズ湖に到達し、2018年12月にはマーサー湖に到達した。 | 拡大する

SOURCES: SALSA; M. R. SIEGFRIED & H. A. FRICKER ANN. GLACIOL. 59, 42–55 (2017)

別の甲殻類の甲皮の断片もすぐに見つかった。これは健康的な琥珀色をしていて、繊細な毛がまだ密生していた。「とても新鮮なものに見えました」と彼は言う。

外界から隔絶された暗い水の中で生きた動物が行き交っていた可能性は、十分あり得るとも、あり得ないとも思われた。湖の水の試料には、1ml当たり1万個以上の細菌細胞と、水生動物が生きるのに十分な濃度の酸素が含まれていた。Harwoodは、海から湖にやって来た小さな動物が細菌を食べながら生き延びることはできただろうかと考えた。

海の動物がマーサー湖に入った可能性を考える理由は他にもあった。今から1万~5000年前に氷床が一時的に薄くなり、氷と海底の間に入り込んだ海水が、現在のマーサー湖に当たる場所までやって来たことがあったからだ。その後、氷床が厚くなり、海底の上に再び蓋をした時、海水と一緒に湖に入ってきていた動物は水のポケットに閉じ込められてしまったのだろう。

南極大陸の他の場所でも、マーサー湖ほど極端ではないもののこれに似た事象があったことが分かっている。南極大陸が徐々に隆起したため、浅い湾が孤立した湖へと変化したのだ。海の小さな甲殻類は、こうしてできた湖の、厚さ数メートルの万年氷の下に閉じ込められても、数千年は生き延びることができたようだ。

氷に覆われたこれらの湖には、わずかながらも日光が届くため、甲殻類の餌となる藻類が繁殖できる。けれども、マーサー湖などの氷底湖の環境は、もっと過酷だ。日光は厚い氷冠を透過することができないため、細菌は、鉱物や、数百万年前に湖底が海の一部だった時代に生息していたプランクトンや珪藻に由来する有機物を食べて命をつないでいた。けれどもほとんどの生物学者は、これらの湖の細菌が、ごく小さなものであったとしても水生動物に餌を供給できるほど速く成長できたとは考えていない。

マーサー湖で動物の死骸が見つかってから数日後の2019年1月3日に、Nature は衛星電話でモンタナ州立大学(米国ボーズマン)の湖沼生態学者でSALSAプロジェクトのリーダーであるJohn Priscuと話をすることができた。慎重さこそ失っていなかったものの、彼はこの発見に興奮していた。当時Priscuは、自分たちが氷底湖で発見した動物の死骸が、汚れた装置が持ち込んだコンタミ由来である可能性を心配していた。

その可能性を除外するため、彼のチームは装置を再び洗浄して、より多くの泥を採取した。Harwoodは今回も新しい泥の中に甲殻類の殻と蠕虫に似た生物を発見した。しかし、彼をはじめSALSAのキャンプには動物研究の専門家は1人もいなかった。より確実な解釈には、専門家の意見を待つ必要があった。

過去からの便り

1月8日、SALSAチームに参加していないブリガムヤング大学(米国ユタ州プロボ)の動物生態学者Byron Adamsは、マーサー湖から900km北西にあるNSFのマクマード基地で湖の泥の試料を受け取った。

マクマード湾で採取された珪藻の標本 | 拡大する

Media for Medical/Universal Images Group/Getty

顕微鏡で泥を観察したAdamsは、蠕虫のように見えるものが、実際には糸状の植物か菌類であることに気付いた。彼は、同じ南極大陸のマクマードドライバレーという氷のない地域で、この蠕虫のようなものだけでなく、甲殻類や緩歩動物も(生きているものも死んだものも)見たことがあった。いくつかの動物は南極横断山地でも見たことがあった。

Adamsは、SALSAプロジェクトの研究チームがマーサー湖から採取した生物は何千年も前に死んでいたと確信した。彼は、これらの生物は南極横断山地に生息していたもので、死後に、数千年前から数万年前までのどこかの時点でマーサー湖へと運ばれて来たと考えている。

これらの動物の死骸は、マーサー湖で数百万年前に生きていたと思われる珪藻などの死骸に比べて新しかった。生物学者は、マーサー湖の生物たちが生きた時代や、彼らが必要とした環境などを特定することで、南極大陸が温暖な時期と寒冷な時期を繰り返していた時代の様子を知ることができる。

SALSAの研究チームは1月5日にマーサー湖での調査を終えて掘削孔を閉じた。現在の予定では、放射性炭素年代測定によって動物の死骸の年代を特定したり、死骸や泥、湖の水からDNAの断片を回収して塩基配列を決定したりすることになっている。

Adamsは、一部の動物が氷の下で生きていた、もしくは、今でも生きている可能性を完全に捨てたわけではない。マーサー湖の泥を調べた時、彼は生物が見えることを期待していた。しかし観察できたのは、小さじ一杯分ほどの量の、ごくわずかな試料だった。もっと多くの泥を調べることができれば、「生きているものが見つかる可能性はあるはずです」とAdamsは言う。

(翻訳:三枝小夜子)

キーワード

Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

プライバシーマーク制度