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「ダイエット薬」は蚊にも有効

Nature ダイジェスト Vol. 16 No. 4 | doi : 10.1038/ndigest.2019.190404

原文:Nature (2019-02-07) | doi: 10.1038/d41586-019-00511-4 | ‘Diet drugs’ suppress mosquitoes’ thirst for blood

Matthew Warren

蚊にヒトのダイエット薬を与えたところ、吸血行動を抑制できた。だが、感染症対策とするには越えねばならない壁がいくつもある。

ダイエット薬で蚊の吸血行動を減らせるのだろうか。写真はヒトの皮膚に止まったネッタイシマカ。 | 拡大する

Smith Collection/Gado/Getty

血に飢えた蚊は、ひいき目に見ても不快な害虫であり、最悪の場合、命に関わる伝染病の媒介者でもある。今回、蚊の吸血を抑止する方法が見つかった。ヒトの「ダイエット薬」、すなわち食欲抑制剤を蚊に摂取させて偽の満腹感を感じさせるという方法だ。報告した研究チームは、いつの日かダイエット薬を使って伝染病の拡大を抑えられるようになる可能性を示唆している。この成果はCell 2019年2月7日号に掲載された1

「素晴らしい研究です」と、エッジヒル大学(英国オームスカーク)で蚊を研究する生物学者Clare Strodeは評価する。この方法を野生環境で使えるようになるまでの道のりは長いが、「今回の成果は原理の証明として非常に期待できるものです」と彼女は話す。

蚊のダイエット計画

ネッタイシマカ(Aedes aegypti)の雌は、蚊の他の種と同様、卵を成熟させるのに必要なタンパク質を吸血によって得ており、吸血の際にデング熱などの伝染病を伝播する。しかし、一度満腹になった雌の蚊は、数日後に産卵を終えるまで吸血しない。ロックフェラー大学(米国ニューヨーク)の神経生物学者Leslie Vosshallは、この満腹して吸血しなくなる過程を乗っ取って、蚊の食欲のスイッチを切ることができないだろうかと考えた。

これまでの研究で、蚊の食欲は神経ペプチドによって制御されていることが示唆されている2。神経ペプチドは、神経系のコミュニケーションのために使われる分子群だ。Vosshallらは、神経ペプチドY(NPY)の受容体が特に重要なのではないかと考えた。なぜなら、この受容体は、ヒトも含む多くの動物で餌探し行動に関与する分子経路の一部を形成しているからだ。

ヒトの食欲抑制剤の中にはNPY受容体を標的とするものがすでにあったため、Vosshallは、「まるで冗談のような」やり方でいくことにした。つまり、食欲抑制剤を蚊に摂取させ、どうなるかを見ることにしたのだ。なんと、この方法はうまくいった。ヒトNPY受容体を活性化する薬(作動薬)を含む溶液を摂取した蚊は、対照群の蚊と比べて、ヒトの匂いを付けた疑似餌に近付くことがはるかに少なくなり、こうした食欲の抑制は2日間続いた。

遺伝子編集による証拠

実験で使った食欲抑制剤は本来、ヒトのNPY受容体に働くよう設計されたものだ。蚊には、ヒトNPY受容体に似た神経ペプチド受容体が49種類あると考えられている。そのどれが作動薬に反応するかを調べるため、研究チームは49種類の受容体をそれぞれ培養細胞株に発現させて選別した。その結果、1種類が浮かび上がった。NPY様受容体7(NPYLR7)というタンパク質だ。

Vosshallらは次に、CRISPR系の遺伝子編集技術でNPYLR7遺伝子に変異を導入し、この受容体が機能しない蚊を作り出した。この蚊にNPY受容体作動薬を摂取させても食欲抑制効果は見られなかったことから、蚊の食欲の調節にNPYLR7遺伝子が重要な役割を果たしていることが示唆された。

Vosshallによると、当初は「一種の遊び」として始めた研究プロジェクトであったが、会議で発表した初期の研究成果に対して慈善団体ビル&メリンダ・ゲイツ財団(米国ワシントン州シアトル)の担当者が強い興味を示したため、その後本格的に研究を進めることにしたという(同財団はデング熱やマラリアなど蚊が媒介する伝染病の研究に資金を提供している)。「そのことが私の背中を押してくれました。世界の公衆衛生問題に資金を提供する大きな団体が、この研究を絵空事じゃないと感じてくれたのなら、続けていこうと思ったのです」と彼女は話す。

ただしゲイツ財団の担当者からは、野生環境で蚊を制御するための方法にヒト用の薬は使えないのではないかという指摘もあった。ヒトに好ましくない影響を与える可能性があるからだ。そこでVosshallのチームは、26万種類以上の小分子のスクリーニングに取り掛かり、蚊でNPY様受容体7を活性化するがヒトでは機能しない分子を見つけた。最終的には、蚊の食欲を抑えることのできる有望な化合物が6種類見つかった。

野生環境への導入

これらの分子は野生環境で使用できる可能性があるとVosshallは話す。「もしも今日、地球上の全ての蚊に我々の薬を飲ませることができたら、地球上の全ての蚊は2〜3日の間食欲をなくすでしょう」と彼女は言う。吸血が減れば伝染病の媒介も減るだろう。「それこそ夢のような話です」。

しかしVosshallは、この方法の実現はしばらく先のことだと認識している。研究チームが見つけた中で最も強力な化合物でさえ、蚊の行動に影響を及ぼすには非常に高濃度で投与する必要があるため、野外での実践には膨大な費用がかかるだろう。Vosshallは、使う薬の化学的特性を調整したり、もっと強力な分子を作り出したりするために、医薬品化学者と連携したいと考えている。

また、これらの化合物を摂取させるために蚊を誘引する一方で、他の昆虫は誘引しないような方法も考え出す必要があるだろう。この問題は、野生環境でこうした手法を使おうとする際に立ちはだかる大きな壁の1つだと、ロンドン大学衛生学熱帯医学大学院(英国)の疫学モデル研究者Oliver Bradyは話す。

ネッタイシマカをおびき寄せるには、例えばヒトと同じ匂いや同じ濃度の二酸化炭素を放出するなど、ヒトを模倣したおとりを設置する必要がある。「結局、非常に複雑でかなり費用のかかるトラップになります」とBradyは言う。

(翻訳:船田晶子)

参考文献

  1. Duvall, L. B., Ramos-Espiritu, L., Barsoum, K. E., Glickman, J. F. & Vosshall, L. B. et al. Cell 176, 687–701 (2019).
  2. Brown, M. R. et al. J. Insect Physiol. 40, 399–406 (1994).

キーワード

Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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