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父親由来のミトコンドリアがたどる運命

Credit: Ron Boardman/The Image Bank/Getty

真核動物(動植物や真菌類など)のDNAは細胞内の2つの区画に格納されている。すなわち、核と、ミトコンドリアと呼ばれる細胞小器官である。ミトコンドリアは栄養素をエネルギーに変換し、そのおかげで細胞は正常に活動することができる。ヒトの核には遺伝子の大半が存在し、46本の染色体に高密度で格納されている。これらの染色体の半数は母親の卵に由来し、半数は父親の精子に由来する。それに対して、ミトコンドリアのDNA(mtDNA)は、母親の卵細胞のみに由来し、父親の寄与はないと考えられていた1。しかし、シンシナティ小児病院医療センター(米国オハイオ州)および広西チワン族自治区婦幼保健院(中国)のShiyu Luoらは今回、ヒトのmtDNAが母親のみから継承するというこの定説に疑問を呈している。彼らはProceedings of the National Academy of Sciences 2018年12月18日号2で、稀に父親がmtDNAを子に伝える可能性もあることを示す有力な証拠を提出したのだ。

ヒトの卵には10万コピー以上のmtDNAが含まれるが、精子には100コピーほどしか含まれていない3。初期の仮説では、受精卵の中にある父親由来のmtDNA分子は数の上で母親由来のmtDNA分子と比べて非常に少なく、大幅に希釈されてしまうと考えられた。しかし、こうした仮説は、単細胞藻類のコナミドリムシ4や魚類のメダカ5など多様な生物で、受精後に父親のmtDNAが迅速に排除されることを示す証拠が得られたため、退けられた。健康な生物個体が片方の親のみから細胞のエネルギー生成器官を受け継ぐ理由や、このやり方でミトコンドリア遺伝子を受け継ぐことによって生じ得る進化上の有利さについて、研究者らは数十年にわたっていろいろと推測してきた。

健康な個人のmtDNA分子はほぼ同一である。しかし、mtDNAの変異で起こる疾患の患者では通常、1個の細胞内に正常なmtDNA分子と変異したmtDNA分子が共存する「ヘテロプラスミー」という状態になっている6。疾患の重症度は細胞内の変異mtDNAの量と関連している場合が多く、この変異mtDNAの量は、患者の母親がまだ胎児だった時期に起こった出来事によって決まる7。母親が胎児だった時期にその体内で発達した卵は、最初にmtDNAのコピー数が減少し、その後10万コピー以上まで増幅する「mtDNAボトルネック」という現象を経験する8,9。その結果、1人の女性の成熟した卵には、正常なmtDNAと変異したmtDNAがさまざまな量存在することになり、従って、この女性の子孫の細胞でも同様となる。この現象は、mtDNAの変異によって起こる疾患の重症度に影響を及ぼし、また、同一家系内で症状に大きな個人差が生じることにもつながっている可能性がある7

Luoらは、母性遺伝では説明がつかないmtDNAヘテロプラスミーのある3つの家系を見つけた。発端は、ミトコンドリアの異常で起こるミトコンドリア病が疑われた少年だった。Luoらは高分解能のmtDNA塩基配列解析を行ったが、病因となるmtDNA 変異は見つからなかった。ところが解析から、異常に高レベルのmtDNAヘテロプラスミーが明らかになった。興味深いことに、この異常なmtDNA変動パターンは、少年の母親や健康な姉妹2人で見られるパターンと同じだった(図1)。

図1 父親からのミトコンドリアDNA(mtDNA)の継承を示す家系図
Luoら2は、家族の多くが高レベルのmtDNAヘテロプラスミー(同一細胞内に異なる型のmtDNAが共存する状態)である家系のうち、何人かのmtDNAの塩基配列を調べた。このmtDNA変動は、ヒト形を2色に塗ることで表してある。ヘテロプラスミーである家族の何人かは、父母の両方からmtDNAを受け継いでおり、母親のみからmtDNAを受け継ぐという通常のパターンが崩れていることが、解析から分かった。Luoらは、父親由来のmtDNAを継承する能力は遺伝形質の1つではないかと考えている。

この不可思議なmtDNAパターンの起源を探るため、Luoらは調査対象を上の世代まで拡大した。少年の母方の祖父母のmtDNA塩基配列を調べたところ、意外な関与が明らかになった。少年の異常なmtDNAパターンは、母方の祖父母の両方に由来するmtDNAが作り出したものと思われたのだ。Luoらは、父母の両方からミトコンドリアの継承があった別個の家系をさらに2つ見つけた。同様の事例として、父親から変異mtDNAを受け継いだミトコンドリア病患者1人がすでに報告されている10。総合すると、これらの報告は、ヒトにおける父母両方からのミトコンドリア継承を示す証拠となる。

ヒト疾患の原因となるmtDNA変異は1988年に初めて報告され6,11、それ以降、こうした変異が200以上発見された(go.nature.com/2fucdqt参照)。それらの大半はヘテロプラスミーの状況で見られる7。さらに、母系mtDNAの変異の推定頻度は、祖先や進化の研究ばかりか、法医学鑑定12においても有用でよく利用されるツールとなっている。ヒトのmtDNAは考古学でも役に立っている。サイズが小さく(1万6569塩基対)環状なので、核DNA(約30億塩基対)よりも劣化しにくいからだ13

このように長くて多面的な研究の歴史がありながら、父親由来のmtDNAはなぜこれまで検出されずにきたのだろうか。Luoらはその理由として、mtDNAヘテロプラスミーであっても病因変異を含まない場合は、診断で見落とされることが多いからではないかと考えている。この見方はある程度当たっているかもしれないが、今の時代は高精度のDNA塩基配列解析が可能となっており、そうした説明では不十分だ。それでも、Luoらの今回の知見をきっかけに、非定型ヘテロプラスミーのさらなる事例を見つけ出そうとする研究者らが、入手できる広範な包括的mtDNA塩基配列解析データを見直すことだろう。もし、mtDNAへの父親の寄与がこれまで考えられていたよりも広く存在していれば、ヒトの進化の推定年代が一部変更される可能性も出てくる。なぜなら、この種の年代は多くの場合、mtDNAが母親のみから継承するという前提の下で、mtDNA塩基配列の変化の予測に基づいて算出されているからだ。

Luoらが調べた人々の一部では、両親からのmtDNAの継承とヘテロプラスミーが疾患の症状と一致していたが、Luoらのデータは疾患との因果関係を実証するものではない。実際のところ我々は、この研究の調査対象者らがミトコンドリア病であると確信することはできない。なぜなら、この診断を確定するための特別な検査に関して何も記されていないからだ。父親からmtDNAが継承されている可能性のある事例をさらに見つけ出し、この種のヘテロプラスミーの機能的な影響を見極めるには、さらなる研究調査が必要である。注目すべきは、この情報が、ミトコンドリア置換法(「3人の親を持つ赤ちゃん」が誕生するミトコンドリア病の治療手法)に関係してくることだ。これは、病因となるmtDNAが子に継承されないようにするための治療手法14だが、2つの型のmtDNA、つまり母親由来のmtDNAとドナー由来のmtDNAを持つ個体を生み出してしまう可能性がある(2015年5月号「「3人の親による体外受精」にゴーサイン」参照)。

母親由来の変異mtDNAが存在する場合に、その有害な影響を低減させるため、受精卵もしくは発生中の胚に含まれる父親由来のmtDNAの量を意図的に増やすことが可能なのではないか。これは興味深い選択肢だが、まだ実現には程遠い。父親由来のmtDNA分子が、排除を逃れるだけでなく、意味のある比率に達するためには、複製の点で母親由来のmtDNA分子よりもかなり優位に立つ必要があるだろう。

今回のLuoらの知見は、病因となるmtDNA変異を持っていて子どもが欲しいと考えている人のカウンセリングに影響してくるだろうか。この疑問には、それほど影響はないと答えておこう。ヒトでは、父親からのミトコンドリア継承が非常に稀だと見られるからだ。現段階では、今回の発見は興味深い概念上のブレークスルーであって、臨床診療に直接影響を及ぼすことはないだろう。

これまでの研究15で、父親由来のミトコンドリアの選択的な排除には、細胞が自身のミトコンドリアを「食べる」マイトファジーという過程が関わっていることが明らかになっている。現在急速に拡大している哺乳類生体内でのマイトファジーに関する情報16を考慮すると、今回報告された父親由来mtDNAの継承という希少な事例は、ミトコンドリアの代謝回転の異常に起因する可能性が考えられる。Luoらの研究に見られる父親由来mtDNAの継承パターンは、常染色体の1つに存在する未同定の遺伝子が、父親由来ミトコンドリアの排除に関与していることを示唆している。父親由来mtDNAの継承が見られる家系は、父親由来ミトコンドリアの排除を調節して父母両方からのミトコンドリア継承を防ぐようなシグナル伝達経路を解明するための絶好の機会を提供してくれる。

翻訳:船田晶子

Nature ダイジェスト Vol. 16 No. 4

DOI: 10.1038/ndigest.2019.190430

原文

Mitochondrial DNA can be inherited from fathers, not just mothers
  • Nature (2019-01-17) | DOI: 10.1038/d41586-019-00093-1
  • Thomas G. McWilliams & Anu Suomalainen
  • Thomas G. McWilliams & Anu Suomalainenは、ヘルシンキ大学(フィンランド)に所属。

参考文献

  1. Hutchison, C. A. III, Newbold, J. E., Potter, S. S. & Edgell, M. H. Nature 251, 536–538 (1974).
  2. Luo, S. et al. Proc. Natl Acad. Sci. USA 115, 13039–13044 (2018).
  3. Hecht, N. B., Liem, H., Kleene, K. C., Distel, R. J. & Ho, S. Dev. Biol. 102, 452–461 (1984).
  4. Sager, R. & Lane, D. Proc. Natl Acad. Sci. USA 69, 2410–2413 (1972).
  5. Nishimura, Y. et al. Proc. Natl Acad. Sci. USA 103, 1382–1387 (2006).
  6. Holt, I. J., Harding, A. E. & Morgan-Hughes, J. A. Nature 331, 717–719 (1988).
  7. Gorman, G. S. et al. Nature Rev. Dis. Primers 2, 16080 (2016).
  8. Hauswirth, W. W. & Laipis, P. J. Proc. Natl Acad. Sci. USA 79, 4686–4690 (1982).
  9. Shoubridge, E. A. Hum. Reprod. 15 (Suppl. 2), 229–234 (2000).
  10. Schwartz, M. & Vissing, J. N. Engl. J. Med. 347, 576–580 (2002).
  11. Wallace, D. C. et al. Science 242, 1427–1430 (1988).
  12. Huber, N., Parson, W. & Dür, A. Forens. Sci. Int. Genet. 37, 204–214 (2018).
  13. Von Haeseler, A., Sajantila, A. & Pääbo, S. Nature Genet. 14, 135–140 (1996).
  14. Craven, L. et al. Nature 465, 82–85 (2010).
  15. Rojansky, R., Cha, M.-Y. & Chan, D. C. eLife 5, e17896 (2016).
  16. McWilliams, T. G. et al. Cell Metab. 27, 439–449 (2018).