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世界初、月の裏側で調査する中国の探査機

月の裏側の月面に着陸した、中国の月探査機「嫦娥4号」着陸機。2019年1月、月面ローバーが撮影した。 Credit: China National Space Administration/China News Service/VCG via Getty Images

2019年初頭、中国の月探査機「嫦娥(じょうが)4号」は、これまで宇宙機が軟着陸したことがない、月の裏側(地球から遠い側)に着陸する。嫦娥4号は、2018年12月8日に四川省の西昌衛星発射センターから長征3号Bロケットで打ち上げられる予定だ(註:予定日に打ち上げられ、2019年1月3日に軟着陸に成功した1)。今回の計画の主な目的は、月の裏側を月面で調べること、中国の月探査計画「嫦娥計画」の次の段階に向けて技術を開発・蓄積することだ。

月は、地球の重力による潮汐力のために自転と公転が同期し、常に同じ側を地球に向けている。1959年に旧ソ連の探査機ルナ3号が画像を送ってくるまで、人類は月の裏側を見たことがなかった。裏側には小さなクレーターが多数ある一方、溶岩がクレーターを埋めてできた「海」と呼ばれる地形はほとんどないなど、地球から見える表側とは大きな違いがある。

嫦娥4号は、着陸機と月面ローバー(6輪で140kg)からなり、合計で1200kgある。月を周回する軌道に入った後、月面への制御された着陸を行う。着陸機は、月の裏側の月面からの電波天文学観測と、低重力の月面で植物が成長するかを調べる実験も行う。いずれも初の試みだ。

中国が月への探査機の軟着陸を行うのは、2013年の嫦娥3号に続いて2回目になる。嫦娥計画の最終目標は、月面基地を建設して宇宙飛行士を滞在させることだ。

ウェストファリア・ヴィルヘルム大学(ドイツ・ミュンスター)の惑星地質学者Carolyn van der Bogertは、「今回の計画は、月探査において間違いなく意義があり、その達成は重要です」と話す。

月自体が通信の障害になるため、中国国家航天局の飛行管制センターは月の裏側の着陸機と直接通信することはできない。中国は2018年5月、中継局として働く通信衛星「鵲橋(じゃっきょう)」(425kg)を打ち上げた。鵲橋は月の向こう側、月から約6万5000km離れた、地球・月系のラグランジュ点(天体からの重力と遠心力が釣り合う点)付近にある。

中国国家航天局は、着陸地点を含め、嫦娥4号計画の詳細の多くについては口を閉ざしたままだ。山東大学(中国威海)で惑星の形成と進化を研究しているZongcheng Ling(凌宗成)は、「着陸地点として最も可能性が高いのは、フォン・カルマン・クレーターと呼ばれる直径186kmのクレーターの内側です」と話す。凌は嫦娥計画の科学者チームの一員だ。

フォン・カルマン・クレーターは、直径約2500kmの巨大な南極エイトケン盆地の一部だ。南極エイトケン盆地は太陽系で最大級のクレーターの1つであり、月で最古の衝突盆地でもある。この巨大な盆地ができたとき、激しい衝突が、月の地殻やマントルを作る物質を露出させた可能性がある。

香港理工大学の地質情報科学者、Bo Wu(呉波)は、「この場所は、月の内部構造や月の熱的進化など、月の初期の歴史に関する重要な謎を解明するためにカギとなる地域です」と話す。呉は、この場所の地形図の作成作業に加わった。

また、この盆地を調べることで、太陽系の後期重爆撃期(約41億~38億年前、天体衝突が頻繁に起こったとされる時期)に関する情報も得られるはずだ。この盆地の調査は太陽系の研究者にとって非常に重要な課題だった。

嫦娥4号の月面ローバーは、着陸地点の周囲の地図を作成する。月面ローバーは、地中レーダーを使って地表下の層の厚さと形状も測定する。また、可視光・近赤外分光計で表面物質の組成も測定し、その結果は、月の初期の進化過程の解明に役立つ可能性がある。

嫦娥4号はいくつかのユニークな実験も行う。その1つは、密閉された気候制御環境(直径16cm、長さ18cmの円筒形)の中のジャガイモとシロイヌナズナの種が、月の低重力下でも発芽し、光合成を行うかを試すものだ。空気や水なども用意される。

フロリダ大学(米国ゲインズビル)の園芸科学者Anna-Lisa Paulは、「人間が月や火星に長期にわたって居住することを目指すなら、食料を得るための温室が必要であり、私たちは人工生態系のようなものの中で生きる必要があります」と話す。

ノースカロライナ大学グリーンズボロ校(米国)の宇宙生物学者John Kissは、「今回提案されている実験は、国際宇宙ステーションで行われた以前の研究結果を確かめるものになるでしょう」と話す。国際宇宙ステーションでの実験は、ジャガイモとシロイヌナズナは、地球上よりも重力の弱い制御された生態系でも正常に成長できるものの、月面ほど重力の弱い所では正常に成長できないことを見いだした。

一方、着陸機は鵲橋と協力して電波天文学観測を行う。中国科学院が製作し、着陸機に搭載された電波分光計は、0.1~40メガヘルツの電波を観測する。こうした低周波数の電波を地上や地球周回低軌道で観測することは、地球の電離圏(電離層)や、人間活動による電波の干渉などのために困難で、月の裏側が理想の観測場所だという。鵲橋を含めた嫦娥4号は、宇宙の低周波数電波放射の分布図を作り、銀河系(天の川銀河)の星間ガスなどを調べる。

ラドバウド大学(オランダ・ナイメーヘン)の電波天文学者Heino Falckeは、鵲橋に搭載された電波分光計を作ったオランダと中国の研究チームの一員だ。Falckeは、「私たちが知る宇宙の像は、低周波数では完全にぼやけています。鵲橋などによる観測データから、死にゆく星によって放出されたエネルギーがどのようにして星間ガスを加熱するかがより深く解明されるでしょう。星間ガスの加熱は、星が誕生する仕組みにも関係する可能性があります」と話す。

また、低周波数の電波は、宇宙の最初の数億年、銀河や星が生まれる以前の「宇宙の暗黒時代」を解明するためにも関心が持たれている。中性水素原子が出す波長21cmの電波は、この時代からは、宇宙膨張による赤方偏移により、低周波数の電波として届くはずだ。

今回の観測データは、その信号を隠している背景雑音を取り除くのに役立つ可能性がある。もしもこの信号が検出されれば、宇宙の通常物質と暗黒物質の分布に関する情報も分かるかもしれない。Falckeは、「月着陸機の助けがあっても、今回の実験がその信号を検出できるかは定かではありません。これは新たな天文学観測分野の最初の一歩なのです」と話す。中国の次の月探査計画はさらに野心的だ。嫦娥5号は2019年内に打ち上げが予定され、月からサンプルを地球に持ち帰ることを試みる。

翻訳:新庄直樹

Nature ダイジェスト Vol. 16 No. 3

DOI: 10.1038/ndigest.2019.190306

原文

China set to launch first-ever spacecraft to the far side of the Moon
  • Nature (2018-11-30) | DOI: 10.1038/d41586-018-07562-z
  • Andrew Silver
  • 新華社通信などによると、嫦娥4号は2018年12月8日(現地時間)に打ち上げられ、同12日に月を回る軌道に入った。2019年1月3日、フォン・カルマン・クレーター内への軟着陸に成功した。嫦娥4号は月の裏側の画像を撮影して送ってきた。着陸の12時間後、月面ローバーがスロープを使って月面に下り、活動を開始した1
    また、1月15日、綿などの種子が発芽したことが写真とともに発表された。しかし、昼夜の温度差の大きな月面で温度を保つことができず、実験は間もなく終了したという2

参考文献

  1. Castelvecchi, D. Nature 565, 146–147(2019).
  2. Castelvecchi, D., Tatalovic´, M. Nature https://doi.org/10.1038/d41586-019-00159-0 (2019)