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アドレナリンがサイトカインストームを促進する

最近開発された強力ながん治療法の多くは、腫瘍を標的とする免疫応答を利用している1。しかし、こうした免疫療法では、サイトカインストーム2,3と呼ばれる重篤な炎症応答が引き起こされるという問題がある。この応答では、サイトカインと呼ばれるタンパク質のレベルが異常に高くなり、その結果、発熱、低血圧、心臓の障害が引き起こされ、一部の症例では臓器不全や死亡につながる。従って、抗がん治療の効果を保ちつつサイトカインストームを防ぐ方法を開発するために、サイトカインストームを引き起こす機構を理解することに大きな関心が集まっている。このほどジョンズホプキンス大学(米国メリーランド州ボルティモア)のVerena Staedtkeらは、サイトカインストームを、心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP)と呼ばれるホルモンによって阻止できること、また、アドレナリン(別名エピネフリン)などのカテコールアミンと総称されるホルモンを作り出す免疫細胞にはカテコールアミンやサイトカインの自己増幅的な産生ループが存在していて、このカテコールアミン産生がサイトカインストームの開始や維持を助けていることをを明らかにし、Nature 2018年12月13日号273ページに報告した4

免疫細胞は、潜在的な脅威を示す分子を認識するとサイトカインを放出する。サイトカインは、炎症を促進して、宿主の防御を調整する5。クロストリジウム属のClostridium novyi-NTという腫瘍溶解性細菌を用いる抗腫瘍療法では、サイトカインストームが引き起こされやすい。C. novyi-NTは低酸素環境(さまざまな腫瘍で見られる)に集積する性質を持っていて、低酸素環境において胞子を放出して腫瘍細胞死を引き起こす6。ただし、C. novyi-NTの適切な投与量を決定することは困難である。また、マウスでは、大きな腫瘍を持っていて細菌の投与量が多い場合に致死的なサイトカインストームが起こることが多く、これはサイトカインの作用やその受容体を遮断する阻害剤分子を用いても防げない6

そこでStaedtkeらは、サイトカインストームを既知の抗炎症タンパク質で阻止できるかを明らかにしたいと考えた。そこで、抗炎症タンパク質を分泌するよう改変したC. novyi-NT株を複数作製し、こうした改変細菌株の中に、サイトカインレベルが高いことに起因する重篤な毒性を引き起こすことなく、腫瘍を効率的に治療できるものがあるかを調べた。その結果、ANPがサイトカインストームを低減することが突き止められた。ANPを発現しているC. novyi-NTを投与されたマウスは、ANPを発現していないC. novyi-NTを投与されたマウスと比べて、血流中のサイトカインなどの炎症性分子のレベルが低下しており、また、サイトカインストームに関連する骨髄系細胞と呼ばれる免疫細胞の臓器への浸潤レベルも低下していた。

Staedtkeらは、このモデル系でANPがサイトカインストームを抑制した仕組みを明らかにするため、ANPを発現しているC. novyi-NTを投与されたマウスとANPを発現していないC. novyi-NTを投与されたマウスの差異を評価した。その結果、ANPに関連する免疫応答の減弱には、マウス血流中のカテコールアミンレベルの低下が伴っていることが分かった。カテコールアミンは、特定のニューロンあるいは副腎から放出され、急性ストレスに対する「闘争・逃走」応答の一部に役割を果たしていることがよく知られている。カテコールアミンはサイトカインストームが原因で起こる低血圧の治療に日常的に使われているため、カテコールアミンにサイトカインストームを促進する作用があるかもしれないという考えは経験にそぐわないように感じられる。しかし、マクロファージや好中球などの免疫細胞は、さまざまな細菌感染の際に見られるリポ多糖(LPS)のような炎症刺激に応答してカテコールアミンを産生することが知られている7

Staedtkeらは、カテコールアミンが強力な炎症応答を引き起こすのに重要な役割を担っているかを調べるため、マウスにLPSを投与し、そのうちの一部に、LPSと共にアドレナリンを投与した。LPSと共にアドレナリンを投与されたマウスは、LPSのみを投与されたマウスと比べてサイトカインレベルが高く、死亡率も高かった。一方、カテコールアミンの産生に必要な酵素であるチロシンヒドロキシラーゼを欠損するよう改変したマクロファージを持つマウスにLPSを投与すると、チロシンヒドロキシラーゼが改変されていないマクロファージを持つLPS投与マウスと比べて、サイトカインやカテコールアミンのレベルが低下し、生存率が改善した。LPS投与マウスに対してカテコールアミン受容体であるα1アドレナリン受容体を遮断する薬剤を用いると、カテコールアミンシグナル伝達が干渉されることで、この薬剤を投与されていないLPS投与マウスと比べて炎症が低減した。

また、Staedtkeらは、敗血症性腹膜炎モデルという別の重症細菌感染症モデル系においても、細菌によって誘導されるサイトカインストームの開始にカテコールアミンが重要であることを実証した。いずれのモデル系でも、チロシンヒドロキシラーゼを阻害するメチロシンという薬剤を投与されたマウスは、この薬剤を投与されていないマウスよりもカテコールアミンやサイトカインのレベルが低下し、生存率が上昇した。

では、細菌感染を伴わない場合でも、カテコールアミンの放出は、免疫細胞活性化から生じるサイトカインストームにおいて役割を担っているのだろうか? 免疫応答を開始させるT細胞と呼ばれる免疫細胞も、カテコールアミンを産生できる8。ある種の免疫療法では、T細胞を活性化できる抗体を投与することによって、あるいは腫瘍細胞を標的とするよう設計された改変T細胞[キメラ抗原受容体(CAR)-T細胞と呼ばれる]を導入することによって、活性化T細胞を作り出す。こうした手法はサイトカインストームを引き起こすことがある9,10。Staedtkeらは、カテコールアミンが免疫活性化から生じるサイトカインストームに役割を担っているかどうかを検討するため、マウスにT細胞活性化抗体を投与し、その一部にはメチロシンも投与した。メチロシンを投与されたマウスは、メチロシンの投与を受けていないマウスと比べて、サイトカインレベルが低下し、生存率が改善した。

次に、Staedtkeらは、in vitroで血液がんの細胞と共に増殖させることで活性化したヒトCAR-T細胞について調べた。その結果、こうした細胞の培養液にはカテコールアミンやサイトカインが含まれていること、また、培養系にアドレナリンを添加すると、これらの分子のレベルが上昇することが分かった。このことから、これらの分子の産生は自己増幅的な応答により促進されるというモデルが裏付けられた。

さらにStaedtkeらは、担がんマウスにCAR-T細胞を投与した。一部のマウスには、CAR-T細胞を投与する前にANPあるいはメチロシンを投与した。ANPあるいはメチロシンを投与したマウスのサイトカインレベルは、CAR-T細胞のみを投与したマウスよりも低かった。しかし、この差異は、抗腫瘍療法の有効性に影響を及ぼさなかった。つまり、サイトカインによる毒性はこのCAR-T細胞の抗腫瘍効果とは独立した事象と考えられた。

今回Staedtkeらは、サイトカインストームの引き金を引くのは、免疫細胞による自己増幅的なカテコールアミン放出回路であるという説得力のある証拠を提示している(図1)。しかし、この回路の詳細を解明するにはさらなる研究が必要だ。例えば、免疫細胞活性化がカテコールアミンレベルの上昇を引き起こす仕組みや、カテコールアミンがサイトカイン産生を増強する仕組みは分かっておらず、これらは調査が必要だろう。それに、カテコールアミンがサイトカインに及ぼす仕組みにおいて重要なアドレナリン受容体がヒトではどれであるかも謎である。また、ANPには抗炎症作用があるが11、ANPがカテコールアミン産生を抑制する仕組みも分かっておらず、さらなる研究が必要だ。

図1 サイトカインストームと呼ばれる有害な炎症応答を促進する経路
免疫療法は、T細胞などの免疫細胞の抗腫瘍応答を増強することを目的としている。しかし、免疫療法によってサイトカインストーム(サイトカインと呼ばれる免疫シグナル伝達タンパク質のレベルが異常に高くなる)が引き起こされると、組織傷害などの毒性が生じることがある。Staedtkeらは4、マウスとヒト細胞を用いて、アドレナリンなどのカテコールアミンと総称されるホルモンがサイトカインストームの誘導に重要な役割を担っていることを報告した。T細胞は、その表面のT細胞受容体(TCR)にリガンド分子が結合することで活性化される。また、骨髄系細胞と呼ばれる免疫細胞は、TLR(Toll-like receptor)にリガンドが結合することで活性化される。これらの細胞の活性化はサイトカインおよびアドレナリンの産生と放出につながる。チロシンヒドロキシラーゼ(TH)という酵素は、アドレナリン産生に必要な第1段階を触媒する。Staedtkeらの研究から、アドレナリンとサイトカインが免疫細胞表面のそれぞれの受容体に結合すると、これらの分子の産生が自己増幅的なループを介して上昇し、サイトカインストームが引き起こされる、というモデルが裏付けられた。Staedtkeらはまた、メチロシンという薬剤によってチロシンヒドロキシラーゼを阻害すると、サイトカインストームを抑制できる可能性を示した(図示していない)。

Staedtkeらの知見は、免疫療法で起こるサイトカインストームに対処するための新しい戦略につながる可能性がある。CAR-T細胞免疫療法のモデルマウスからは、骨髄系細胞の活性化がサイトカインストームの誘導に重要な役割を担っていることが示されており、サイトカインストームは、特定のサイトカイン(IL-1やIL-6など)やその受容体の作用を抗体などを用いてあらかじめ遮断しておくことで効率的に防止できることが報告されている12,13。そして今回Staedtkeらが、サイトカインストームの発生ではカテコールアミン産生も中心的役割を担っていることを突き止め、また、他の適応で臨床で既に使用されているANPやメチロシンが、サイトカインストームの予防に有効である可能性を示した。一般に、サイトカインの産生や免疫細胞の活性化におけるサイトカインの役割は、抗腫瘍免疫応答の有効性に関与すると考えられている14。カテコールアミン合成を標的とした戦略でサイトカインストームを低減できるかどうかを臨床で検討する場合には、抗腫瘍効果が減弱されることがないよう、慎重に進める必要がある。

翻訳:三谷祐貴子

Nature ダイジェスト Vol. 16 No. 3

DOI: 10.1038/ndigest.2019.190333

原文

Adrenaline fuels a cytokine storm during immunotherapy
  • Nature (2018-12-13) | DOI: 10.1038/d41586-018-07581-w
  • Stanley R. Riddell
  • Stanley R. Riddellは、フレッド・ハッチンソンがん研究センター (米国ワシントン州シアトル)に所属。

参考文献

  1. Rosenberg, S. A. Nature 411, 380–384 (2001).
  2. Gangadhar, T. C. & Vonderheide, R. H. Nature Rev. Clin. Oncol. 11, 91–99 (2014).
  3. Hay, K. A. et al. Blood 130, 2295–2306 (2017).
  4. Staedtke, V. et al. Nature 564, 273–277 (2018).
  5. Medzhitov, R. Nature 454, 428–435 (2008).
  6. Roberts, N. J. et al. Sci. Transl. Med. 6, 249ra111 (2014).
  7. Flierl, M. A. et al. Nature 449, 721–725 (2007).
  8. Bergquist, J., Tarkowski, A., Ekman, R. & Ewing, A. Proc. Natl Acad. Sci. USA 91, 12912–12916 (1994).
  9. Chatenoud, L. et al. Transplantation 49, 697–702 (1990).
  10. Sadelain, M., Riviere, I. & Riddell, S. Nature 545, 423–431 (2017).
  11. Ladetzki-Baehs, K. et al. Endocrinology 148, 332–336 (2007).
  12. Norelli, M. et al. Nature Med. 24, 739–748 (2018).
  13. Giavridis, T. et al. Nature Med. 24, 731–738 (2018).
  14. Kammertoens, T. et al. Nature 545, 98–102 (2017).