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細菌の敵はヒトの味方ではない

黄色ブドウ球菌の抗生物質耐性問題は深刻化し続けている。 Credit: DR KARI LOUNATMAA/SCIENCE PHOTO LIBRARY/Science Photo Library/Getty

ヒトの体表には、大量の微生物が生息している。存在する微生物種は、ただランダムに集まっているわけではなく、温度や水分、利用可能な栄養素、宿主の防御などの局所的な条件にとりわけよく適応した生物の群集となっている1。黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)は、極めてよく見られるヒト常在菌の1種であり、鼻腔、呼吸器、生殖器の組織に生息していて通常は疾患を引き起こすことはないが、他の多くの常在菌とは異なり、死に至る可能性のある感染症を引き起こす起因菌となることがある2

過去50年の間2、黄色ブドウ球菌の抗生物質耐性という問題は深刻化し続けており、メチシリンなどのペニシリン系抗生物質による治療に対して耐性を有する「メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)」という系統の細菌は、世界各地で院内感染と院外感染を引き起こしている。このたび、チュービンゲン大学(ドイツ)のDavid Gerlachらは、MRSAが免疫系に認識されるかどうかに、ファージがこれまでに知られていなかった機構で影響を及ぼしていることを突き止め、Nature 2018年11月29日号の705ページで報告した3。MRSAがヒトに対して無害か病原性を示すかの分岐点で状況を変化させ得る過程が解き明かされたのだ。

黄色ブドウ球菌はグラム陽性細菌の1種で、ヒトの常在菌と病原菌との中間に位置付けられている4。この細菌は、宿主が弱っている(疾患によって免疫防御力の低下が生じているなど)兆候を探る能力を持っているらしい。黄色ブドウ球菌が宿主で検出されると、宿主の死につながるレベルまで個体数が増加することがあるのだ5。宿主–微生物相互作用を調節する要因は複雑であり、そうした相互作用には、宿主の防御だけでなく、他の細菌の有無が影響することもある6。Gerlachらは今回、MRSAの感染では、ファージ(細菌を宿主とするウイルス)も宿主–微生物相互作用に影響することを明らかにした。

グラム陽性細菌の細胞壁には、細胞壁テイコ酸(WTA)という高分子が含まれている。WTAは、リビトールリン酸分子、あるいはグリセロールリン酸分子からなり、細胞壁質量の半分を占めることもある6。多孔質で比較的不溶性の網状構造を形成する別の主要な細胞壁成分「ペプチドグリカン」とは異なり、WTAは水和性の高いゲル状物質を形成し、それがペプチドグリカン鎖の隙間の大部分を埋めている。細菌の細胞膜へ到達する全ての物質は、WTAが作る可溶性の基質を通り抜けるため、WTAは、細菌が、イオンや栄養素、タンパク質、抗生物質と接触する際に影響を与える7。黄色ブドウ球菌のWTAはd-リビトールリン酸を単位として構成され、ペプチドグリカンと架橋している(図1)。WTAの機能は、アミノ酸のd-アラニン、およびN-アセチルグルコサミン(GlcNAc)7分子の、リビトールリン酸ポリマーへの付着によって調節されている。

図1 細菌がファージに感染することで、その細菌に対する宿主の免疫応答が変化する場合がある
a 黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)はヒトの常在菌である。その外表面は、高分子ペプチドグリカンの層で覆われており、これがリビトールリン酸分子のポリマーからなる細胞壁テイコ酸(WTA)と架橋している。WTAを修飾する細菌酵素TarSは、GlcNAc分子をリビトールのC4位の炭素原子に付加させる。黄色ブドウ球菌に対するヒトの抗体にはWTAを標的とするものが多い。
b Gerlachら3は、難治性感染症と関連する系統の抗生物質耐性黄色ブドウ球菌の中に、ファージに感染しているものがあることを明らかにした。そのファージのDNAはTarPという酵素をコードしており、TarPはGlcNAcを、WTAの通常のリビトールのC4位ではなくC3位の炭素原子に付加させる。マウスとヒト細胞での研究で、このTarPによって修飾されたWTAによって引き起こされる免疫応答は、TarSによって修飾されたWTAと比べて弱いことが明らかにされた。

Gerlachらは、MRSA株が疾患の発症に十分な数まで増殖できる理由の1つとして、MRSA株が免疫系による防御を回避しているのかもしれないと考えた。そこで、この仮説が正しいかどうかを調べることにした。まず、MRSA株のゲノム塩基配列を調べ、WTAを修飾する酵素の遺伝子を明らかにした。すると、一部のMRSA株には、TarPという酵素の遺伝子がコードされていることが分かった。TarPは、d-リビトールリン酸の特定の炭素原子(リビトールのC3)へのGlcNAcの付加を触媒する。通常、GlcNAcが付加されるのはC4炭素という別の部位であり、これはTarSという類似の酵素の作用による。

意外なことに、TarPをコードする塩基配列はファージ由来であり、TarPが黄色ブドウ球菌に見られるのはファージ感染の結果であることが分かった。そしてTarPは、細菌が本来持つTarSに対して優性(顕性)である。すなわち、TarPとTarSが同時に存在する場合、GlcNAcはリビトールのC4炭素ではなくリビトールのC3炭素に付加されるのだ。免疫系は黄色ブドウ球菌を検出できるため、黄色ブドウ球菌は通常、免疫系の監視下にある。しかし今回Gerlachらは、TarPの作用によってリビトールのC3炭素にGlcNAcが付加したWTAは、TarSによってリビトールのC4炭素にGlcNAcが付加したWTAと比べて免疫応答を引き起こしにくいことを、マウスで明らかにした。

ファージによって黄色ブドウ球菌の細胞壁が変化するという事実は、2つの理由から重要だ。1つは、宿主と常在菌との間の不安定な停戦状態が、利害関係を持つ第三者の介入によって影響され得るという事実が明らかになったことだ。もう1つは、抗生物質耐性菌が増加する一方で臨床で使用できる新しい抗生物質の開発がなかなか進まない「ポスト抗生物質時代」の始まりとも呼ばれる時代にあって8、感染症を管理する新たな方策の開発が早急に求められているためだ。

現在我々は、この新たな臨床時代の幕開けにあり、その目標は、ヒトと微生物との相互作用を的確に管理することで、健康を増進して疾患を抑制するということとなろう。今後、糞便移植などの技術による個々のヒトの腸内微生物の置換や、ファージを利用した技術による望ましくない微生物の排除など、他の手法が重要になってくるのは間違いないが、抗生物質はこれからも重要な役割を担い続けるはずだ。新たな診断ツールの開発や、ヒトと微生物との相互作用の性質に関して理解が進めば、最善の手法を決定するための手助けとなるだろう。将来、ワクチンに基づく手法をとるか、ファージ治療を使った手法をとるかを決める場合に考慮すべき重要な条件としては、ある細菌がファージ感染により感受性をどのように変化させるかを理解することや、細菌ゲノム中のファージDNAの存在がヒトの細胞および体内に定着している微生物の間の動態に影響しているかどうかを見極めることなどが挙げられるだろう。

GerlachらはWTAの修飾がファージによって変わることを明らかにしたが、これが体内の細菌の生息場所や数に影響するかどうかはまだ分かっていない。さらに、黄色ブドウ球菌のWTAに対する抗体は、大多数のヒトが有しているが、これが黄色ブドウ球菌の存在によって強いられている「無差別攻撃のための兵器」なのかどうかもよく分からない(この抗体は、免疫不全状態の個体では黄色ブドウ球菌感染に対する防御作用を欠くようである)。免疫系は、こうした無差別攻撃を行うために抗体を産生するが、効果的に働けない血流などに懸命に送り続けさせられるばかりで、微生物は根絶されないのかもしれない。あるいは、それほど活発ではないこうした免疫の闘いは、宿主とその常在菌との膠着状態を意味しているのかもしれない。

黄色ブドウ球菌に対する免疫応答性が、ファージのコードするTarPによって変化することは明らかである。Gerlachらは、in vitroで増殖させたヒト免疫細胞のモデル系において、TarPをコードする黄色ブドウ球菌株は、TarPを持たない株よりも系から排除されにくいことを明らかにしている。病原性のグラム陰性細菌であるShigella flexneri(フレクスナー赤痢菌)でも、ファージを介して起こる細菌細胞表面における変化が、抗体による微生物の認識を同様に変化させることが報告されている9

Gerlachらの研究は、この研究領域の他の研究と共に、宿主と微生物とのバランスが動的なものであることを示している。ファージが黄色ブドウ球菌の定着と感染との微妙なバランスを変化させる役割を担うことがあるという発見は、今後、MRSA感染症の治療法選択に影響を与えるかもしれない。

翻訳:小林盛方

Nature ダイジェスト Vol. 16 No. 2

DOI: 10.1038/ndigest.2019.190237

原文

A bacterium’s enemy isn’t your friend
  • Nature (2018-11-29) | DOI: 10.1038/d41586-018-07414-w
  • Michael S. Gilmore & Ona K. Miller
  • Michael S. Gilmore & Ona K. Millerは、ハーバード大学医学系大学院(米国)に所属。

参考文献

  1. Proctor, D. M. & Relman, D. A. Cell Host Microbe 21, 421–432 (2017).
  2. Lee, A. S. et al. Nature Rev. Dis. Primers 4, 18033 (2018).
  3. Gerlach, D. et al. Nature 563, 705–709 (2018).
  4. Camargo, I. L. B. C. & Gilmore, M. S. J. Bacteriol. 190, 2253–2256 (2008).
  5. Guerra, F. E., Borgogna, T. R., Patel, D. M., Sward, E. W. & Voyich, J. M. Front. Cell Infect. Microbiol. 7, 286 (2017).
  6. Boldock, E. et al. Nature Microbiol. 3, 881–890 (2018).
  7. Neuhaus, F. C. & Badilly, J. Microbiol. Mol. Biol. Rev. 67, 686–723 (2003).
  8. Zucca, M. & Savoia, D. Int. J. Biomed. Sci. 6, 77–86 (2010).
  9. Mavris, M., Manning, P. A. & Morona, R. Mol. Microbiol. 26, 939–950 (1997).