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氷のノクターン

北海道大学の地球科学者のEvgeny A. Podolskiyが2017年10月に初めてヒマラヤを訪れた時に最も驚いたのは、エベレストの壮大な景色ではなかった。彼が衝撃を受けたのは、毎夜とどろく大きな反響音だった。

「氷が割れていたのです」と言う。Podolskiyはグリーンランドやアルプスなど世界中のいくつかの氷河環境で研究した経験があるが、「こんなことは初めてでした」。夜間にそうした氷河の破砕が発生した科学的な記録はない。

これら氷でできた水源に依存している10億人以上のアジアの人々にとって、この破砕は悪い知らせだ。「こうした損耗が毎日繰り返されると、氷河がもろくなり、融解しやすくなる可能性があります。やがては使える水の量が減ることになるでしょう」とPodolskiyは言う。

破砕の原因を突き止めるため、Podolskiyらはネパール東部にあるトラカルディン・トランバウ氷河系の全域に地震計を設置した。この結果、チームは興味深いパターンに気付いた。氷が割れる震動は瓦礫に覆われていない氷の表面から来ていた。また震動は、夜間に気温が大きく下がったときほど強かった。この結果は、2018年9月のGeophysical Research Letters に報告された。

対照的に、岩屑の層で覆われた氷はほとんど音を発することがなく、氷上の瓦礫が60cmを超える場合は完全に無音だった。「この瓦礫は実質的に、氷に周期的な膨張と収縮を引き起こす温度変化から氷河を守っているのです」とPodolskiyは言う。「気温が急低下した場合には、保護層のない氷が急激に収縮して割れてしまうわけです」。

だが、この保護には限度がある。ヒマラヤの氷河で表面が瓦礫に覆われているのは全体の5分の1に満たない。

16年以上ヒマラヤで研究を続けているユトレヒト大学(オランダ)の氷河水文学者Walter Immerzeelは、今回の研究は「氷河の安定性を脅かす可能性がある新しい道筋を指摘」しており、素晴らしいと評する。

Podolskiyのチームはヒマラヤでの今後の研究を計画中で、「差し迫った問題は、年間を通じて割れ目がどのように発達し、それが氷の内部の水流にどう影響するかです」と話す。「世界的に気候が変動する中、このアジアの給水塔の将来を的確に把握するためには、それが非常に重要です」。

翻訳:鐘田和彦

Nature ダイジェスト Vol. 16 No. 2

DOI: 10.1038/ndigest.2019.190206a